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エリスが居る場所  作者: 改革開花
二章 心の置き処
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5 子供


「自分の愛用の武器を『相棒』だなんて言う奴がいるけどさ。私個人の意見として、私は武器は『相棒』では無く、『子供』であるべきだと思ってる」


 次の段すら見え辛い階段を降りながら、シャーロットは独り言のようにそう言った。

 工房内に隠された地下への階段を下り、エリスを何処へやら案内している最中の言葉である以上、その言葉はエリスに向けられた物に違いないのだろうが、しかしその言葉の調子は、自分へと幾度と行った確認を再度行っている様に聞こえた。


「人は親になる時、今までのそいつから生まれ変わる。ただの男が、ただの女が、子供を得る事で親になるんだ」

「生まれ変わる……」

「子供は確かに弱い存在さ。生まれたばっかは尚更な。でもな。そんな弱い筈の子供から、親は数えきれない程色々な事を教えられる」


 階段の行く先は未だ暗闇のままだ。シャーロットの手にある蝋燭は、ゆらりゆらりと揺れるばかりで行く末を教えてはくれない。


「武器も、刃物もそう。使い手がいなければただの置き物。でも、一度誰かに握られれば。そいつは全身全霊の力を持ってして、使い手の世界を広げてくれる。手に伝わる感触、刃と対象が触れた音、今まで出来なかった事が出来る様になる快感……。無力な『子供』が、『親』の手に渡る事でその真価を発揮する。『親』もまた、『子供』を持つ事で可能性を手に入れる。そこには上下関係はある物の、理想的なまでの相互扶助の姿がある……。だから私は、私の作品を『子供』と呼ぶ」


 シャーロットがそう言い終えるのと階段が終わったのはほぼ同時だった。階段を下り終えた先には、木製で両開きの扉が現れる。質素な装飾が施されたその扉は、その造りとは裏腹に何とも言えない重厚感を感じる。


「さて、エリス。私達は今から『夫婦』だ」

「ふ、夫婦?」


 扉の前でエリスの方へ振り向いて、シャーロットは突拍子も無い事を言い出した。半ば裏返った声で、エリスはオウム返しに聞き返す。


「ああ、夫婦だ。私が母親、お前が父親。私達は今から『子供』を作るんだから、当然だろ?」


 ――ああ、そう言う事。

 エリスはシャーロットの言葉の真意――つまり武器の作り手を意味する『母親』、武器の担い手を意味する『父親』、その二人を合わせて『夫婦』と言ったのだと、今更ながらに理解した。ただ、その理解の軽さがシャーロットには不満だったらしく、一歩分エリスに詰め寄って、真剣な眼差しで釘を刺す。


「良い? 私は武器を粗雑に扱う、『育児放棄』が大っ嫌いなんだ。あんたも見ただろ? 私の工房に突き刺さってた子供達を。あれは持ち主に心無い扱いを受けた、言わば『孤児』の成れの果てさ。あんたもそこら辺を肝に銘じておかないと、私はあんたの手首を切り落として『子供』を返して貰うからね」

「は、はい。肝に銘じます」


 エリスの言葉にシャーロットは頷くと、蝋燭をエリスに渡す。それから、扉を豪快に開け放った。中から飛び出した光と風に、エリスは思わず顔の前に手を翳した。

 しばらくしてゆっくりと手を除けると、シャーロットに渡された蝋燭の火が消えていて、


「うわぁ……」


 目の前に広がるのは、何かを保管する棚が列を為して部屋を埋め尽くしている光景だった。視界の端から端まで棚一色。棚は引き出しで小分けにされていて、その一つ一つに数字が割り振られていた。中に何があるかは、エリスには分からない。


「ここは出会いの間。ここには色んな材料が置かれてる。エリス、あんたには今から三分以内に、あんたが気に入った材料を持って来て貰う」


 出会いの間とやらに入り、扉に近い壁にもたれ掛かったシャーロットは、エリスにこの部屋ですべき事を告げた。


「材料は何でも良い。どの棚からでも、ここにある限りは持って来てくれて構わない。ただし、本能のままに選ぶ事。それが唯一の条件」


 それだけ言って、シャーロットはいつの間にか取り出した砂時計を、くるりと引っ繰り返して床に置いた。当然、重力に引かれた砂が下の空間に落ち始める。


 ――選定の時間は始まったのだ。エリスは急な物言いに戸惑いながらも、仕方が無く棚の列に歩いて行く。

 しかし、なまじ選択肢があり過ぎるあまりに、エリスは視線を右往左往させるだけで一向に選ぶ事が出来ない。とりあえず歩みは進め、視線だけは止めていない物の、それが恰好だけなのは明らかだった。意を決して取っ手に指を掛けても、終ぞ引き出しを開けられない。そんな事を何度も繰り返す。

 時折、引き出しに書かれた数字に×がされている物に出会う。今度こそと気合を込めて×の為された物を開けてみると、中にはがらんどうの静けさがあった。×は既にその中身が無い事を示すらしい。新しい発見と、覚悟をフイにされた気だるさを同時に獲得しつつ、時間制限に逸る心が立ち止まる事を許さない。


「あと一分」


 遠くからシャーロットの声が聞こえた。いつの間にかそんなに扉から離れていたかという驚きと、既に二分も浪費してしまったという焦りに、エリスが緊張からの瞬きを二度繰り返した、その時である。


 他と比べても差異を見つける方が難しい、この空間においてはありふれた引き出しだった。数字は「三七五」、最大の数字が幾らか知らないが、既に九百以上を見つけていたエリスにとって、その数字も驚くに値しない。

 にも関わらず、エリスはその引き出しから目を逸らせなくなっていた。数字に×が無いからには中身があるのだろうが、まだ開けていない現状では中身が何かまでは分からない。そもそも、未だ一度も×の無い引き出しを開けていないエリスである。×が中身の空を意味すると、どうして断言出来ようか。

 だが、その引き出しだけは。

 その引き出しに限っては。

 エリスは確信を持って中身があると、そう断言出来た。何があるかは知らない。でも、何かに呼ばれ(・・・)ている(・・・)。そんな本能的な衝動が、エリスの全身を駆け巡っていた。

 

 気付けば右手が取っ手を握っていた。吸い込まれる様に、と言えば言い表すに易いが、無自覚であったエリス本人にしてみればそれは驚き以外の何物でも無かった。

 だが、それでも。この手を離す気になれない。

 運命なんて言葉を意識した事など記憶に無いエリスであったが、この瞬間だけはその言葉に支配されていた。

 ゆっくりと、ゆっくりと右手が動く。引き出しが引かれ、中に光が差し込む。果たして、エリスの視界に差し出された引き出しの中には、


「金属の板と、種?」


 引き出しを開ける前に感じた強い訴えに、理性的な一面がどんな想像だにしない物が出て来るかと身構えていたのだが、出て来たのは正直に言ってしょぼそうな、本当に何の変哲も無さそうな、黒ずんだ金属の板と楕円形の形をした茶色の種であった。

 本来なら落胆を覚えても良さそうなものだが、エリスの心には得も言えぬ幸福感が去来する。気を抜けば涙を流してしまいそうな感動の奔流に、エリスはただ震えた。


「あと、さんじゅー秒!」


 律儀に制限時間の切迫を警告してくれたシャーロットの声に、エリスはやっと正気に戻る。

 残り時間はあと僅か。

 エリスは即断で目の前の材料を持ち出し、シャーロットの元へ走って戻った。



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