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エリスが居る場所  作者: 改革開花
二章 心の置き処
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3 変人のアトリエ


「おう、お疲れさん。荷物はこっちに置いてくれ」


 エリス達が宿舎に着くと、宿舎前でラルフが待っていた。隣には台車があり、エリス達は指示の通りに荷物を置いて行く。


「さて、と。これで準備万端か。はぁ、やれやれ」


 ラルフが一人、山々と荷物が積み上がった台車を見て顔を顰めている傍ら、エリスはそのラルフの背に背負われた見慣れぬ物に視線をやっていた。

 大きな剣だ。身幅が分厚い、片刃の大剣。背の高いラルフと同じ位の刀身は、その重さも大した物だろう。

 鉄の塊に刃が付いている――そんな印象を抱く程の無骨な造形。にも関わらず、その剣には何か品格の様な物を感じる。無骨であれど不格好では無い。そんな大剣をラルフは、刃と柄の間に巻いた一本の布で袈裟掛けに背負っていた。


「ラルフ、買い物してる最中に思ったけど、やっぱりシャーロットの所に行くの?」

「おう、憂鬱だけどな。まぁ、エリスの顔見せも兼ねてって感じだな」


 本当に嫌なのだろう。ラルフの眉間に皺が生まれ、唇は苦い物を食べたみたいに歪む。セシリアはそんなラルフに同情の笑みこそ浮かべている物の、じりじりと後退している所を見るに、用事とやらに巻き込まれまいという強い意志が見え隠れしていた。


「じゃあ、ガンバ」


 それだけ言い放って――もはや状況的には言い捨てて――セシリアは宿舎の中へ全力疾走、全身全霊の逃走を為す。ラルフはセシリアへひらひらと手を振り、軽薄な彼女を見送ると、エリスの方へ振り返った。


「じゃあ行くか」

「行くって、何処へですか?」


 憐れな事に、もはや定番になりつつある置いてけぼりの状況に、エリスは寸での所で待ったをかける質問を発する。それに対してのラルフの答えは、実に事務的な物だった。翻せば、個人的な感情を極力に抜きにした、冷めた言い方を敢えてしたと言える。


「シャーロット工房――王都防衛騎士団の全武具(・・・・・)を作っている、武具工の所だ……」


 必死に隠そうとして尚匂って来たラルフの嫌気オーラに、エリスはごくりと唾を呑んだ。



****************************************



 シャーロット工房。

 王都防衛騎士団の全武具の製作、他にも様々な依頼が日夜飛び込むこの工房は、しかしその仕事量とは裏腹に作業員はたったの一人しかいない。

 その人の名を、シャーロット。彼女はたったの一人で全ての仕事をこなす。それは無論彼女の有能性を示す事ではあるのだが、それ以上に彼女自身のポリシーである、「自身の創作活動を誰にも邪魔されたくない」という、完全無欠の個人主義、十全十美を目指す完璧主義が根底にある。更に彼女の人格に触れるなら、彼女は世間で言う所でのへそ曲がりで性悪、付け加えて人の機微を察せない人でなしで――。

 詰まる所、シャーロットは「変人」と言って差し支えない。

 だからこそ、彼女に依頼を持って行く際は細心の注意を払わなくてはならない。何が彼女の機嫌を損ね、依頼を突っ撥ねられるか分からないからだ。



****************************************



 部屋は持ち主の心を映すと言う。

 その言葉自体は、ある程度の正しさを有しているのだろう。部屋が整理できる状況に居る人間は心にも余裕があるだろうし、逆説的に、部屋が汚い人間に心のゆとりが無いと言う事も、一概には言いきれない事を踏まえた上なら、俗説として十分に有りだ。

 だがしかし、部屋に入る前から、建造物に入る前から。その異様性を見とれる場合、この俗説は効果を発揮するのだろうか――エリスはそんな事を考えつつ、端的に言って目の前の光景から目を逸らしていた。


 赤レンガの壁に、青い屋根。四角い窓に、茶色の木の扉。小ぢんまりとしたその家は、絵本の世界にあっても何ら違和感は無い、ファンシーな造形だろう。

 ――外壁に無数の刀剣が突き刺さってさえいなければ。


 刀剣の種類は千差万別である。騎士団に支給されている騎士剣から、奥様方が毎食の度に振るっているであろう包丁。どんな丸太でも一刀両断にしそうな斧に、鉛筆を削るか、果物の皮を剥くか程度しか出来なさそうな小ぶりなナイフ。種類に規則性は無く、規格に統一性は無い。

 ただ、全ての刃物が壁目がけて突き刺さっている。その点においてのみ、それらは絶対の共通性を帯びていた。


「あの、団長? まさか『奇天烈刃物博』みたいなここが……」

「おう、ここがシャーロット工房だ。ま、あいつは『分娩室』って言わないとキレるけどな」


 ラルフは台車を引きながら、ずんずんと扉の方へ向かって行く。近付くのに随分と躊躇してしまうが、置いて行かれても不味い。エリスは意を決して、ラルフの背中に着いて行った。


「――シャーロット! 俺だ、ラルフだ! さっさと出て来い!」


 ラルフがドンドンと扉を乱雑に叩くも、一向に中から誰かが出てくる事はおろか、返事すら帰って来ない。耳を澄ませば、中から何かを「打つ」音が聞こえるので、不在という線は無さそうだが。


「チッ、仕方ねぇ」


 すると突然、ラルフが背中の大剣に手をやった。鞄でも下ろすみたいに掛け布を外し、自由になった大剣を両手で握り締める。

 ふぅと息を吐き、身体と精神を整え、一閃――。

 耳を思わず抑える程の轟音と共に、ラルフが振り下ろした剣先は軒並みの破壊を見せた。扉所か、周囲のレンガ壁にまで破壊の余波は及び、洞穴の入り口と言われれば信じてしまいたくなる様な、不格好な穴が出来た。


「よし、入るか。行くぞ、エリス」


 そう言ってラルフは、今しがた瓦礫だらけになった足場を乗り越え、工房内へと足を踏み入れた。

 

「……」


 しかし、ここで「はい」と頷ける程エリスは頑強な精神性を保有していない。腰を抜かさ無かっただけ、そして現状を必死に理解しようと努めているだけ、十分頑張っている方だった。

 とは言え、事の張本人はどうやらそこ辺りの事情を理解してくれないらしく、頭上に疑問符を浮かべて、未だ入って来ないエリスを怪訝そうに見つめている。

 と、その背後に紅い何かが見えた。


「てめぇ! ラルファァァアア! 扉壊すなって何度言ったら分かんだよ!」


 突如ラルフの背後に現れたその紅は、ラルフの頭を思いっきり叩いた。頭が地面にキス寸前まで叩き落とされ、しばし痛みに悶え、耐えきったラルフは、バネ仕掛けの様に跳ね起きて背後の紅に怒号を飛ばした。


「てめぇこそ、さっさと出て来いっていつも言ってんだろうが! お前がさっさと出て来てたらなぁ! 扉をわざわざ壊さ無くて済むんだよ!」


 あんまりの言い草だと思う。

 紅もそう思ったようで、ラルフに噛みつかんばかりに怒り喚き散らす。


「ハァ!? ふざけんなよラルフ! んなのお前がお行儀よく扉の前で待ってたら済む話じゃねえか!」

「アァ!? シャーロット、そう言って俺は今まで何時間、待ち惚け喰らったと思ってんだ!」

「ンなの精々が平均四時間程度じゃねえか、一々うるせえんだよ。あーあ、狭量な男はこれだから――」

「四時間も待ってから物言えや、おい! お前がニヤニヤしながらカンカンやってる間、四時間待たされる方の身に――」

「何がニヤニヤカンカンだコラ。てめえの『型破り』だってそうやって産まれたんだろうが!」


 言い争いは益々過熱し、いつしか二人は互いの胸倉を掴みあっていた。いつまでも傍観者でいたい、出来る事なら関わり合いたくない。そう考えていたエリスであったが、流石にそろそろ止めに入らなくては不味いと思い立ち、二人の間に割って入ろうとする。


「ちょっと、二人共止めてくだ――」

「「うるせえ!」」

「ぎゃふん」


 莢から飛び出た枝豆が如く、間に割り入ろうとしたエリスは弾き飛ばされ、地面を後方返りした後に瓦礫の一つに頭をぶつけて気絶した。

――もう、止めに入る者は誰も居ない。


 二人の争いはそれからしばらく続き、エリスが気絶から目覚めて尚終わる事は無かった。




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