プロローグ
目眩すら覚える熱気。視界が真っ赤に染まる室内で、甲高い金属同士の衝突音が響いていた。意識が朦朧とする中で聞く規則的な音に、一種の睡眠導入の効果すら感じる。
「待ってろ! 後ちょっとで出来るから!」
不意に自分に掛けられた声に、エリスははっとして顔を上げた。いつの間にやら眠り――と言うよりは気絶しそうになっていたようだ。睡眠欲が脳を蝕んでいるのを感じているからして、眠りもあながち間違いでも無いだろうけれど。
顔を上げた先では、一人の女性が火に向かっている。煌々と燃える炉に立ち向かう女性は、様々な道具を使って悪戦苦闘中――エリスには何をやっているか分からなかったが、しかし、彼女本人の口から述べられた言葉を復唱するなら、今彼女が作っている物は「エリスだけの武器を作ってやる」になる。
それ自体は特段問題無い。寧ろありがたいと、エリスは感謝する。問題はそれがかれこれ一日と数時間に及ぶ事で、尚且つ、作業が終わるまで彼女の視界から出る事を許されていない事にある。曰く、「使う本人を見て完成像を決めている」らしい。そんな彼女の強情な主張に逆らう事は、ラルフ以下、王都防衛騎士団一同から禁止されているから堪ったものじゃない。
彼女も彼女で大変だろうが、特に目的も持たず、ただ熱い部屋に軟禁されているエリスも疲労の限界だった。立ったまま気絶しかけてもなんら不思議ではない。
「待ってろ、後ちょっとだから!」
定時報告がまた入った。どうやら彼女なりの気遣いであるらしい。もっとも、それも数十を優に超え、数百も聞き続ければ、彼女の言葉に信憑性と期待が無くなるのも致し方無し。エリスは彼女の言葉をただの環境音として聞き流しながら、何故自分は今こうしているのだろうかと、半ば現実逃避の思考に打って出た。
――事の始まりは、つい昨日の事である。