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エリスが居る場所  作者: 改革開花
一章 目覚め
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24 欲望の最果て

 ブレポスの厩舎。その中には村に元々居た馬が四頭、エリス達王都防衛騎士団が乗って来た馬車を引っ張って来た馬が二頭、本来なら居る筈である。だが、今ブレポスの厩舎には四頭しか居なかった。村に元々居た馬しか居らず、エリス達の馬が厩舎内に居ないのだ。

 では、その居なくなった二頭は何処へ行ったのか。その答えは、厩舎の外で嘶く声が教えてくれる。その二頭は今、ブレポスと来た時と同じく、馬車の引き手として繋がれていた。


「ぬぅう……」


 その馬車の荷台に、荷物を積み込んでいる影が一つ。影は重そうな袋を慌てる様にして、せっせと荷台に運び込んでいる。袋の数はざっと数個、荷台に満載とは行かずとも、重量としてはそこそこになるのだろう。影は老齢の様だが、周りには誰も居ない。助けを借りず、独りで積み込みをしているからには、彼の行動は秘匿したい事柄なのだろう。


「これで最後か……」


 影は最後の袋を荷台に積み込み終えると、御者台の方へと向かう。馬達は見知らぬ顔が手綱を握る事に些かの困惑を浮かべた物の、しかし、頻りに振るわれる手綱に諦め、足をゆっくりと動かし始めた。向かう先はブレポスの玄関口。木で出来た門が鎮座する場所である。影はそこから、ブレポスを出る事を目的としているからだ。


「急がなくては。早くブレポスを出なくては、時間になってしまう」


 影がぼそりと呟く。その声が夜闇に響くと同時に、馬車を牽引する馬達が大きく嘶いて歩みを止めた。


「どうした――!?」


 影が馬の方を怪訝そうに窺おうとして、馬達の行き先を塞ぐ四人の人影に気付いた。


「こんばんは、ジーア村長。こんな夜遅くにお出かけですか?」


 それはここに居ない筈の四人、馬車と馬の本来の所有者。ミーナ達王都防衛騎士団の四人であった。



****************************************




「こんばんは、ジーア村長。こんな夜遅くにお出かけですか?」


 ブレポスの村長、ジーアは、ミーナ達四人を認めるや否や目を剥いて驚いた。それは幽霊を見たと言っても通じそうな程の、驚愕に満ちた表情で、彼にとってミーナ達の登場が如何に予定外の出来事かが窺える。


「……どうしましたかな、皆様」


 ジーアは絞り出す様な声で言う。その一言にどれ程の体力を要したのか。彼の額には脂汗が滲み出ている。

 ミーナはそれにはあえて触れず、飄々とした笑みを浮かべてジーアに問いかける。


「いえ、少し村長に伺いたい事がありましたので訊ねたまでです。まぁ、それはさておき村長。私の見間違いでなければですが、村長が乗られているその馬車。私達が乗って来た物と見受けますが如何でしょう?」

「……ええ、そうです。この馬車は皆様の物です。先程、依頼の報酬を荷台に積み込み終えた所でして。今、厩舎に戻そうとしていたのです」

「なるほど。依頼の達成も、途中報告もまだの現時点でのご厚意、ありがたく思います。しかし、進行方向がどうやら厩舎とは違う様ですが」

「それは……」


 矢継ぎ早に続く問答に、ジーアの歯切れが途端に悪くなる。額の脂汗は留まる所を知らず、視線もあちらこちらへと泳いでいて、動揺が見て取れる。そこへ、馬車の積み込み口の方から声が上がった。


「へぇ……えらく高そうな品々だ。村長さん、太っ腹ですな」

「うん、これは共和国の高級宝飾店のネックレス。こっちの布は……うん、『サラマンダーの布』だね。これも高級品。確かに太っ腹だよ」

「しかし、どれも何処かで見た気がするが、どこだったか。フレド、君は分かるかい?」

「うーん……。あ! 半年前にあった、『三国連続高級品盗難事件』の被害物品じゃないかな。王国に帝国に共和国。三国を跨いで一等高価な品々が短期間で、しかも連続して盗まれた事件だよ。確かにここにある物は、その盗難品の項目と随分一致するね」


 ジーアの表情がますます青ざめていく。手には震えが奔り、汗が月光を反射しながらだらだらと流れ続けている。ミーナは動揺隠せぬジーアに歩み寄り、御者台から引きずり降ろした。呻き声を上げて、ジーアが地面に倒れ伏す。


「茶番はそろそろ終わりにしましょう。ジーア村長。いや、ジーア。これだけ状況証拠が揃ってるんだ。お前が今回の事件を企てた事は分かってる。いい加減吐いて――楽になれ」


 尻餅付いて見上げるジーアの襟元を掴んで、ずいっと額と額がぶつかる程に顔を寄せて、相手の目を覗き込む様にしながら、ミーナは甘く冷たく囁いた。ジーアはミーナの中に映る自分を見て、それ以上にミーナの眼光に射抜かれて。ジーアの心はぽっきりと折れた。

 首が頭を支える事を放棄して、がくんと横に項垂れる。ミーナはそれを見取って、顔をすっと離した。手は変わらずに、ジーアの襟を掴んだままだ。


「私がやったんじゃない。私が企んだんじゃない。ただ、あいつの。白装束の言う事に従っただけなんだ」


 ぼそぼそと呟いて、ジーアは自らの懺悔を始める。ミーナを始めとした四人は、ジーアを取り囲むようにして彼の懺悔に耳を傾ける。


「あいつがやって来たのはお前達に、騎士団に依頼する五日前だった。あいつは真っ白な服に全身を包んでいた。あいつは私に言ったよ。『ディックの件を口外して欲しく無ければ、私の言う事に従え』と」


 ディックの件。それはブレポスにおいて禁忌とされた、村全体で一人の男を処刑した事件の事だ。村全体の罪であり、業であるとは言え、それを口外されて最も責任が追及されるのは、閉口令を出した村長のジーアとなるだろう。確かに白装束の言葉は、脅し文句としては上等である。


「私はその時、断ろうと思ったよ。自分の保身よりも、その白装束の雰囲気が恐ろしかったからだ。人の者で無い様な、恐ろしい気配。私はそれに怯え、要求を突っ撥ねようとして――私の直感が正しいと知った。私が口を開こうとしたその瞬間、奴は自分の後ろからある人間を、いや、元人間を私に晒したのだ。――ディックだ。風貌は人の物で無かったが、顔は間違い無くディックだった。私はその時思い知らされた。目の前の白装束が、人外の化物である、と」


 ディック――詰まる所今回の事件の中心に居た、過去にブレポス村民の怒りを買って処刑された男。そして、人狼病感染者として度々目撃された人在らずの存在。彼をこのブレポスに招いたのは、その白装束だったのだ。

 事件の中核に至ったとの感覚に、ミーナ達の顔に緊張が宿る。


「私は奴の要求を受け入れた。奴の要求はたったの三つ。ブレポスの裏の森にディックを始めとする化物を住まわせる事。ブレポスから騎士団へと化物の被害の調査依頼を出す事。そして、そして……」

「そして?」


 ジーアはうぅと唸って言い淀む。ミーナは口を閉ざす事を許さず、鋭い眼差しでジーアを貫いた。ジーアはしばらく視線を彷徨わせ思い悩むも、遂に観念して続きを語った。


「そして、ブレポスを舞台に『実験』する事。奴が言うに、化物の実地試験の対象として、村全体を使うとの事らしかった。ブレポスに化物を襲わせて、そこに依頼で来た騎士と戦わせる。それが目的だと言っていた」

「ふぅん……。その『騎士』ってのは私達な訳、か」

「そうだ。だから、ブレポスに奴らが来る前に、私は逃げようとしていたんだ」


 ジーアは空を見上げて溜息を吐く。何を思っているのかは分からないが、悲壮感に満ちたその目を見れば、おおよその察しはつく。


「……この三つの要求さえ呑むなら、褒美をやる。それが奴の言った事だった。この馬車に積んでいる物、その全ては奴が持って来た『褒美』。奴が褒美を持って来る毎に、恐怖と、そして同じ位の優越に私は酔った。汚らわしい行為と分かりつつも、私には奴の要求を跳ね除ける事は最後まで出来なかったのだ……」

「――そ、長ったらしい独白ありがと」


 用済みとばかりに、ミーナはジーアをそこら辺に投げ棄てた。木製の門の柱にジーアはぶつかり、小さく呻いて崩れ落ちた。


「イライアス。ジーアを拘束、宿屋に連れて行って監視しておいて。私とエディ、フレドで村の巡回。多分このクソ野郎の言う『実験』。それに使われる化物――人狼病感染者はさっき殺した奴らの事だと思うけど、でもあれで全部かは分からないからね。明日の夜明けまではブレポスを巡回するから」


 いらいらとした様子で、ミーナは一息に命じた。エディとフレドリックは無言で頷き、イライアスは髪を靡かせて答える。


「――じゃ、行くよ」


 何とも後味の悪い結末に、ミーナは地面を蹴る様にして歩き出した。



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