19 騎士の煌めき
時は遡り、エリスが怪物と接敵し、初撃を躱した頃。第三班の面々は不意の奇襲に晒されていた。背後から突如、無数の人狼病感染者が現れたのだ。目標――と言うよりは当初予定していた個体では無い。その個体は只今絶賛、エリスと交戦中だからだ。故にこれらは、どこからか現れた謎の集団である。第三班の面々は僅かに動揺しながら、しかし慌てずに戦闘態勢に移行した。
「どっから出たんだ、クソったれ!」
エディが吠えながら剣を抜く。
エディの得物は両刃の長剣だ。扱いやすい様に少しながら手は加えているものの、大量生産されている一般的な物とほぼ同じだ。しかし、エディはその平凡な武器を非凡な技術で操る。
「おらァッ!」
一息に剣を振り抜き、一閃の下に敵の首を断ち切る。続けざまにもう一人、否、もう一匹の首も吹き飛ばす。更には返す刀で袈裟斬に背後から迫っていた敵を斬り伏せた。二つの頭部が毬の様に軽々しく舞い上がり、断面からは血を噴水の様に吹き出し、命失われた三つの身体が地面へと倒れていく。一撃にして三撃、型破りの剣術である。
「おっと、これも危ないんだったな」
エディは慌てて後退し、天から降り注いだ血の雨を躱した。血の雨の一つ一つに殺傷能力は無くとも、しかしその一粒が致命的な一撃だ。人狼病は体液を介して感染する。傷が無いから安心ともならない。僅かでも入りさえすれば、そこから感染に繋がる。故に、彼らの唾液や血液は回避が必須なのだ。
「エディ、こっちに血が飛んで来るから倒し方考えて欲しい、かなっ!」
文句を飛ばしているのはフレドリックだ。彼は文句混じりに得物のダガーで敵の心臓を一突き。血の噴出を予見してわざわざ相手の身体の向きを蹴飛ばして変え、それからダガ―を引き抜いた。血に塗れるフレドリックのダガーは、エディとは違って随分と手の込んだ改造品だ。
持ち手は溝の掘られたグリップ重視の構造。刃は微妙に湾曲した諸刃、しかしその刃の比率を場所ごとに微妙に変えており、使用用途を区別している。そして中でも特徴的なのが、両の刃がぶつかる峰部分が肉抜きされている、という事だ。
通常、肉抜きは持ち手内部、もしくは片刃の背側を肉抜きするのが精々である。ダガーの様な武器で刃の肉抜きをしてしまえば、一気に耐久性が落ち込んでしまうからだ。事実、フレドリックの持つダガーも、耐久性の面では高いどころか寧ろ低く、脆い。それでも肉抜きをしているのは、偏に軽量化の為である。フレドリックの戦闘は極めて特異な形式である。舞踊に形容される事もあるその戦い方において、重い武器は邪魔なだけだ。耐久面を大いに犠牲にしてでも、フレドリックは軽さを選ぶ。
フレドリックはダガーの血を空に振るって振り払うと、たんっと地を蹴って森を駆ける。土を蹴り、木を蹴り、敵を蹴り、空を舞い。縦横無尽の動きで相手を撹乱し、相手が舞に気を取られている間にこっそりと命を奪い去る。その様は見る者惑わす熟練の怪盗、とでも言うべきか。
「いやはや! いつ見てもフレドの『舞踏』は美しい! 実に優雅、その姿は妖精の如し、だ!」
賞賛の声を浴びせるのは言わずもがな、イライアスその人である。フレドリックの戦闘法を「舞踏」とするならば、イライアスの戦闘法はさしずめ「指揮」だろうか。細く、長い針の様な両刃の剣――レイピアを振るその姿は、彼の立ち回りと相まって指揮棒の様に見える。
彼の立ち回りを表現するに苦労はしない。ただ一言、「殆ど動かない」とさえ言えば良い。直立し、剣を構え、優雅に待ち構える。しかしながら、敵が彼に攻撃を振るわんと襲いに来れば、敵の攻撃を流した上で必殺の一閃を突き返すのだ。待ち主体の合わせ使い。それがイライアスの戦闘法だ。
「おお! 流石は私のミーナ! なんと素晴らしい剣捌きだろうか!」
「……イライアス、うるさい。黙れ」
イライアスが戦闘中に余所見する相手はフレドリックともう一人、ミーナしかいない。イライアスが待ち主体の戦闘をしているのは、実はミーナの戦闘を見る頻度を上げる為――という側面があるのは誰も知らない。知らなくても良い。
そんな嬉しくも無い視線を受けつつミーナが振るうのは、他の面々とは一風変わった得物だ。ミーナの得物は持ち手に布を巻いた、刃が身の丈の三分の二程もある片刃の長剣である。鞘は白色で刀身は銀。腰にはもう一本、鞘が黒色の同じ様な剣があるのだが、そちらは抜かない。ミーナが使うのは白の剣だけだ。
「しっ――!」
呼気を吐き、鋭い一閃が放たれる。皮を、肉を、骨を。瞬きのズレすら生じさせずに断ち切った。浴びせられた敵は、ただ無様に崩れ落ちるのみだ。
――だが、ミーナの斬撃はこれで終わらない。手首を柔軟に使い、腰を切り返し、足を頻りに動かしては大地を踏みしめる。その結果に訪れるのは余りにも予想出来ない、縦横無尽の斬撃だ。斬撃が終わる前に次の斬撃に繋げる、終わりなき一太刀。刃の長さを活かした、敵から安全圏を奪い去る斬撃の嵐。ミーナが嵐を潜め、鞘に剣を戻した頃には、辺りには十を優に超える斬殺死体が転がっていた。切り口からは血の零れていない。余りの鋭さに、断面の組織が癒着してしまったのだ。ただ純粋に、命のみを奪い去る一太刀である。
――粗方の敵を殺し終えると、残っていた敵がミーナ達へ唸りながらおもむろに後退を始めた。赤い目をぎょろりと動かして警戒を顕わにしながら、じりじりと後ずさる敵達。逃す理由も義理も無く、ミーナ達は距離を詰めて残党を斬り伏せに掛かる。
「逃がす訳無いわなァ!」
エディが一匹を頭から唐竹割りにすると、蜘蛛の子を散らす様に人外の物の怪は逃げ出した。背を見せて走る敵。それらを後ろから追従して切り刻む。一匹、一匹と敗残者の数は減り、遂にはたったの一匹となった。
「これで最後、ね」
ミーナは静かに呟くと、剣を振りかざす。人思いに、という訳ではないが、しかし一撃の下に殺すつもりだ。ミーナの腕に力が入り、絶命の一撃がもたらされる、その直前。
「なっ……!」
なんとミーナの一撃を喰らう前に、人狼病感染者は自らの首を掻いて自害した。死に怯え、他人に殺される事に怯え、その果てに自ら命を断つ――これではまるで、人ではないか。
「どういう事……?」
人を捨てさせ、人の尊厳を踏み躙る人狼病。その公然にして、絶対の事実が捻じ曲がった。ミーナは目の前の光景にただ、戸惑う。
「おい、おいおい。どういう事だ、おい」
ミーナが困惑に酔っていると、エディの珍しく焦った要領の得ない声が響いた。剣に付いた血を振り払いながら、第三班の面々がエディの方に駆け寄る。
「どうしたの?」
「あれ、見てみろ」
ミーナの問い掛けにエディは指差すだけだ。仕方が無くエディが青ざめた顔で指差す方を見て、ミーナの頭から先程の困惑が吹き飛んだ。
第三班の面々が口を揃えて言う。
「「「「やばい」」」」
彼らの視線の先には、ただ傷だらけの樹木と少し開けた広場があるだけで。そこに居るべきエリスの姿が、どこにも無かったのだ。