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エリスが居る場所  作者: 改革開花
一章 目覚め
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1 善意

「記憶喪失、ねぇ……」


 ラルフは顎に手を当てて考え込む素振りをしている。やはり荒唐無稽の与太話とでも思われたのでは無いだろうか。少年の中に一抹の不安が募る。


「……よし。じゃあ、これからどうするよ」


 ラルフの口から出た言葉に少年は驚愕の表情で固まった。少年は次にラルフから放たれる言葉が少年の言葉の真偽を疑う類の物であると信じて止まずに居た訳で、ラルフがいっそ盲目的に少年の言葉を信じたのは、少年にとって予想外の展開だった。ラルフも少年の顔色にそれを読み取ったのか、おどけるように手をひらひらと振りながらひょうきんな声色で弁解を告げる。


「いや、記憶喪失だって本人が言うならそうだろうさ。それとも何か? 嘘でも吐いてんのか?」

「いえ……」

「ならいいじゃねえか。それなら、これから先を考えた方が良いだろ? もう一回聞くぜ、これからどうするよ。記憶喪失ってんなら、家も、親も、知り合いも、何もかも分からん訳だ。頼る先も、働く先も、何も無い訳だ。これからの身の振り様は肝要だろうが」


 ラルフの言葉はなるほど、確かに正鵠を射る発言だろう。少年には記憶が無い。つまりはこれまでの積み重ねが、そしてこれからの道しるべが無い事を意味する。

 異国の地で裸一貫、無一文で住まう。少年の現状はそれと同等、いや、それ以上の過酷さと言えよう。少年には自分を構成する情報が圧倒的に欠如しているからだ。

 過去の人間関係の全ての喪失。それは自分の意思や思考、精神の基礎を失うのに等しい。判断基準も、モラルも、善も悪も。全ては過去からもたらされ、今に繋がる物だ。少年にはそれらが全てない。あるのは先の見えぬ未来だけだ。

 

 少年は深く考え込む。先程のミーナの発言、つまり「団長が拾った」云々の指し示すニュアンスからして、少年の現状は善意の下に成り立っているのは想像に難くない。ならば、少年の今はいつ瓦解してもおかしくない、砂上の楼閣として捉えるべきだろう。だからこそ少年はここで、どれだけその善意に付け込めるかが分水嶺になるだろうと考えた。

 少年の持ち札は乏しいどころか零だ。ならば少年はこの、少なくとも外部からもたらされて維持されているこの現状において、何らかの持ち札を獲得すべきであると考えたのだ。

 しかし、持ち札を如何にして手に入れるかは中々の難題だ。少年の現状は先程の通り、善意を前提として成り立っている。つまり相手の気分次第で崩壊する状態だ。その状態で更なる要求を突きつけると言うのはハードルが高いで済めば恩の字の難題に違いない。更に言えば、その小さな穴を突いて成し遂げた要求だったとしても、その要求の中身がこれから先の生活に反映されない物では徒労になってしまう。

 要求は相手の気分を害さない程度の厚かましさで、後の生活に十二分に生かせる内容で無くてはならない。


 とすれば、何があるだろうか――そこまで考えた少年の思考は、突如に起きた衝撃によって霧散した。


「ごちゃごちゃ考えるな、鬱陶しいっ!」

「ぐえっ」


 みっともない声を上げて頭に響いた痛みに悶絶する。数瞬遅れて、どうやら自分がラルフに拳骨を喰らったのだと少年は理解した。だからと言って拳骨の理由までは皆目見当が付いておらず、頭上にはたんこぶと一緒に湧いて出た疑問符が踊っていた。


「あぁぁぁぁあああ、鬱陶しい、鬱陶しい! 何で『助けて下さい』が言えないんだか。ガキが変な見栄を張るな。大人を頼れってんだ!」

「え……」


 顔に張り付けていた胡散臭い笑みはどこへやら、ラルフは怒り心頭の表情で少年へとがなり立てる。少年の視界の奥ではミーナが小さく笑っていた。


「いいか、お前は今日からここに住め! 身分は騎士見習い、給料の一部から、衣食住の金やその他諸々は支払い。決定事項だ、異論は認めん」

 

 少年がミーナの微笑に気を取られていた間にどうやら少年の行く末が決定したらしい。そこに至って、ミーナの微笑は部屋中に響く笑い声へと変容した。


「ははは!」

「ミーナァ! 何笑ってんだ」

「いや、私の時もそうだったなーって。団長は昔から甘いから」


 聞こえるか聞こえないか位の小さな声で「子供に」って付け加えて、ミーナは部屋を後にした。無論、少年に聞こえていたのだから位置関係上ラルフに聞こえていない訳が無い。照れた様な、怒っている様な顔になったラルフは、ミーナを追いかけて部屋を出て行った。

 

 遠くから聞こえる騒がしさを余韻に、少年の居る部屋は少年一人になった。

 少年はしばらく扉をじっと見つめ、それから身体の気だるさに身を任せてベッドに横になり直そうとした。その時、ふと視界に鏡が映り込んだ。

 そこにあったのは見慣れない、身に覚えのある顔。自分の意思とリンクした動きに、これが自分の顔であると少年は理解した。

 真っ白な肌は病的とは言わないが不健康さを感じさせる。白髪と相まって存在自体が希薄な様に思えた。その顔は今、笑みに覆われている。少年はそこで初めて自分が笑っているのだと気付いた。

 自分の顔を好きだとは思わないが、嫌いにならないで済みそうだ。少年はそんな益体無い事を思いつつ、再びの眠りに落ちていった。



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