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エリスが居る場所  作者: 改革開花
一章 目覚め
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16 秘密の底

 セシリア除く第三班と村人達の代表としてやって来た老人の六人の影が、夜風吹き抜ける小麦畑の一角に差し込んでいる。金色の穂波は夜闇の色に侵され、気味の悪い濁った色に見えた。


「まず始めに改めて言いますが、これから話す事は決して口外せぬ様、お願い致します。私達が言ったと知れればどうなるか……」

「ええ、約束しましょう」

「それでは――」


 老人は改めて周囲を見渡し、小麦畑に自分達以外の誰も居ない事を確認する。念入りな確認は老人の気の済むまで行われ、老人が疑心をやっと拭い去れる頃には幾度の風が吹き抜けていた。やっとの、やっとの事で老人の重い口が開かれる。


「この村にはある男が居りました。ディルクという男です。ディルクはえらく粗暴で乱暴で癖の悪い男でした。酒を飲んでは暴力沙汰を起こし、基本的には村人の共同義務である農作にも参加せず、その癖収穫の分け前だけは求める――そんな男でした。そもそも、ディルクは二年程前に村にやって来た放浪者でして、元から彼は良く思われていませんでした。そして彼の性質の悪さです。村人の怒りはいつ爆発してもおかしく無かったのです」


 老人は一区切りとすると、ふぅと息を吐く。老人の表情には何とも言い難い疲れを浮かべていた。疲れの原因はただの話疲れ、では無いだろう。老人の疲れは寧ろ、思い出したくない物を思い出した為の心因的な疲れではなかろうか。エリスは老人の瞳の奥に宿る何かを垣間見た。


「続きをお話しましょう。ここからが本題です」


 老人の言葉と共に、辺りを吹く風の温度が一気に冷え込んだ。それは偏に老人の言葉の温度が思わせた錯覚であり、エリスの背中に駆け巡った悪寒のもたらした物だ。


「半年程前の事です。村の食糧庫が何者かに荒らされました。そこには冬を乗り越える為の保存食や小麦の種もみ何かがありましたから、村の中は大騒ぎです。血眼で犯人を捜すと、呆気ない程すぐに犯人は分かりました。ディルクです。ディルクが村の食糧庫を荒らしたのです。私達の怒りは遂に限界を迎えました。本来なら警察隊にでも突き出すべきでしょうが、私達の怒りがそれで収まる訳もありません。――私達はディルクの酒に睡眠薬を混ぜ、眠っている隙に森を連れ出して、一本の大きな木に縄で縛り付けました」


 老人の話し振りは恐ろしい程に淡々としている。冷たい温度の言葉は淀みなく紡がれ、老人の表情は何も感じさせない「無」その物だった。

 エリスは老人の無への豹変に心底恐怖した。悲壮な覚悟を滲ませていた時や、涙を堪えていたりしていた時とは違う。彼からは人間味が徹底的に欠如していた。

 また、ここに至って老人の周到さにも恐怖する。口外するなとの強調はこの為だったのだ。


「ディルクは丁度、木に縛り付け終えた時に目を覚ましました。自分の状態に気付くと、ディルクはぎゃあぎゃあ騒ぎ始めました。『俺が何をした』『謝る、謝るから』『頼む、助けてくれ』『おい、早く助けやがれ!』『待て、帰るな、置いて行くな』『ほどけ、ほどいてくれ』。私達はディルクの騒ぎを背に村へと戻りました。ディルクの叫びは村からでも耳を澄ませば聞こえてくる大きさです。流石に時間の経過と共に叫びの間隔は長くなりましたが、時折思い出したかの様な叫び声を聞いて、私達はディルクの苦しみにほくそ笑んでいました」


 鬱屈たる犯行の告白に、エリスは歯がかちかちと鳴るのを他人事の様に感じていた。どうしようもない、纏わり付く様な気持ち悪さだ。

 ついと横に視線を動かすと、イライアスの嫌悪感を前面に押し出した顔があった。自称、美の探究者であるイライアスにはエリス以上の不快感があったらしい。その横ではエディとフレドリックが、イライアス程では無いにせよ、それでも強張った面持ちで居る。唯一顔色が変わっていないのはミーナだけだ。老人とはまた違う、何も変わらないからこその恐ろしさがある。エリスは思わず視線を逸らした。


「ディルクを森の木に縛り付けて二日目の頃です。一際大きい、空をつんざく悲鳴が聞こえたかと思うと、それっきりディルクの叫びが聞こえなくなりました。私達はディルクが獣や魔獣にでも襲われたかと森へと様子を見に行って――息を呑みました。ディルクの姿はそこに無く、あったのは切られて解けた縄と、木に切り刻まれたずたずたの跡だけだったのです」


 木に切り刻まれたずたずたの跡、爪痕だろうか。ディルクを縛っていた縄を切り裂いたのもその爪の持ち主とするのが妥当か。ただ、そうなるとディルクの行方――生死が気になる。


「ディルクは見つかりませんでした。私達はディルクが獣や魔獣にでも食い散らかされたかと判断して、まあ奴に相応しい最後だと笑いながら村に戻りました。村長はこの一連の事柄に関して箝口令を出しました。ディルクは先程言った様に浮浪者で、この村の住民録にも載っていません。つまり、私達が何も言わなければ、居ない筈の人間(・・・・・・・)が居なくなったに過ぎないのです。私達は勿論村長の命に従い、それで全て終わったと、そう思っていました」


 そう、全て終わってなどいないのだろう。

 ここまで聞けばエリスにも話の先が予想出来る。つまり、今回の事件の渦中には。半年前に村人の怒りを買って無残に処刑された男が関わっている。


「皆様に依頼をさせて頂いた数日前です。村のはずれで、ディルクが小麦畑を荒らしているのを見た、という男が現れました。その男曰く、ディルクは常人ならざる、身の毛もよだつ姿であったと。ディルクは男の姿を視界に捉えると、一目散に森の方へと逃げ帰っていたそうです。その男は真面目者でしたから嘘では無いのでしょうが、何せ事が事だけに信じきれません。すると、程無くして別の者もディルクが同様に荒らしているのを見たと言い出したのです。ここに至って、私達は大きな勘違いに気付きました。つまり、ディルクは死んでおらず、木に縛られた状態で何かに襲われたものの、何とかそこから逃げ出したのではないか――という事です。異様な姿の訳は分かりませんが、ディルクが今更私達の村にやって来る目的は決まっています、復讐です。そこで――」

「警備とディルクの逮捕を兼ねて私達に依頼した、と」


 老人は何も言わなかったが、しかし眼は雄弁である。そしてまた、堰を切ったかの如く、止まる事無く動き続けていた老人の口も同時に止まった。どうやら話すべく内容は出し尽くしたようだ。


 ――整理するとこうだ。

 まず、村の怒りを買いに買った男、ディルクが居た。彼はある時村の食糧庫を漁り、その罰として森の木に縄で縛って放置された。すると、それから二日の後に彼の一際大きい悲鳴が聞こえ、様子を見に行くと彼の姿は何処にも無く、残っていたのは切られて解けた縄と木に刻まれた爪痕だけだった。

 ディルクの行方は結局不明で、村の人間は彼が死んだと思っていた――のだが、つい数日前に変わり果てたディルクが小麦畑を荒らしている所を村人が目撃した。ディルクからの復讐を恐れたブレポスの村人一同は、ディルクからの復讐に対しての警備とディルクの身柄を確保する為の要員として、エリス達王都防衛騎士団に依頼した。

 これが事の顛末、らしい――のだが。


「うーん……」


 エリスは腕を組んで小さく唸り声を上げている。というのも、老人の証言と現状、全てを統括して考えると、どうにも拭い去れない違和感が最低でも二つあるのだ。

 まず一つ、どうしてディルク失踪時から半年後に今回の事件が発生したか。

 ディルクが人狼病に感染しているのは目撃情報などから間違いない。だが、どうして()になってなのかは分からずだ。空白の半年が何故に発生したのかが見えてこない。

 次に一つ、どうしてディルクはブレポス村民を見るや否や逃げ出したのか。ダニエルは襲われ、他の村民は襲われていない。この差異はどこにあるのか。


 眉間に皺寄せ考え込むエリスを余所に、老人が口を開く。

 

「……最後に。ディルクと思わしき影は何故か、いつもディルクを縛り付けた木がある方角で発見されています。もしかすると、ディルクはあちらの方に潜伏しているのやも知れません。皆様の健闘をお祈りいたします。それでは、長時間の不在は怪しまれますので」


 老人は(くだん)の木の場所を記したメモを渡すと、来た道を戻って村の中央に帰って行った。小麦畑の一角に第三班の面々が取り残された。


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