12 汚い大人
依頼解決までの拠点として、村長から与えられた宿屋の部屋は上等と言えるだろう。優しい木の香りに満ちた部屋で、十分な広さと落ち着いた調度品が相まって休憩するに持って来いの場所だ。部屋は二つとの事だったので、男女で分ける事となった。今は女性陣のセシリアとミーナが部屋に荷物を置いて来るのを待っている状態である。
「お待たせ」
扉が開かれ、ミーナとセシリアが中に入って来る。先程までと比べると随分と身軽そうだ。二人はそのまま、部屋にあった机の方へと歩いて行った。男性陣もそちらへと動く。
机を取り囲んで六人が座る。準備が整ったと見て、ミーナが口火を切った。
「じゃあこれからの予定を立てましょうか。まずは村長……いえ、この村の傲慢な要求を呑むかどうか」
「要求?」
開始早々、エリスは思わず話の流れを止めてしまった。湧いた疑問が口を突いた形だ。ミーナはそれにさして不快そうな顔も見せず、淡々と「要求」について話し始めた。
「そ、要求。この村からされた依頼はそもそも『村の畑を荒らした犯人を捕まえてくれ』だった。でも、可笑しいと思わない? 犯人って言うなら、そもそも私達への依頼じゃなくて、まずは警察隊にすべきでしょ」
警察隊とは罪を犯した者を捕まえる、王国の治安維持組織の一つである。警察隊には逮捕権と呼ばれる物があり、これはこの組織特有の物である。騎士団も活動の最中に犯罪者やその集団と対立する事があるが、騎士団には逮捕権が無い。その為、騎士団が犯罪者を捕まえても、犯罪者を拘束した後、警察隊に引き渡すという面倒な手続きを踏まなくてはならなくなっている。警察隊と騎士団は比較的共同戦線を張る事が多い上、活動内容にも重複があったりするのだが、それでも逮捕だけは警察隊の領分なのだ。
ミーナの主張は、端から人が畑を荒らしたとするなら、依頼は真っ先に警察隊に行く筈という物である。警察隊から騎士団への応援要請ならまだしも、最初から逮捕権必須の案件に騎士団を持ち出すのはどうにも怪しい。
「じゃあ、なんで依頼は騎士団に来たんでしょうか?」
王国の存在も忘れていた人間が、今や王国の組織構造について話をしている。日々の読書の成果に感謝しつつ、エリスは話を続けた。
「それは、『畑を荒らしたのが人間で無いと分かっているが、人間の仕業にして欲しいから』って事だね」
「人間の仕業にして欲しい?」
妙な言い振りがどうにも腑に落ちない。そんな心情を察したのか、セシリアが情報を追加してくれた。
「王国にはね。『被害者支援法』ってのがあるの。加害者が本来払う賠償金なんかを、加害者の支払い能力が乏しい、または加害者が捕まらなかった時に一部負担するって制度の事。……村長はこれを狙ってるんだと思う」
セシリアの言葉にエディが続く。
「嵐で畑が駄目になりました、魔獣に畑を荒らされました。……それじゃあ泣き寝入りするしか無いがな。人の所為って事になれば、多少の支援金を頂いて、大損を損位に出来るって寸法だ。実際の犯人の有無はこの際関係無い。要は、人の手による犯行って太鼓判が欲しいんだよ」
頭の後ろで手を組んで、エディは思いっきり椅子へと体重を掛けて踏ん反り返った。イライラしているのが見て取れる。エリスも同じ様な気持ちだから、痛いほど分かった。
「つまり……『犯人の偽装に協力せよ』。それが本当の依頼って事ですか」
「その通り、さて当初の議題に戻ろう。このクソッタレの要求をどうするか、だよ」
ミーナの言葉はその文面こそ荒々しい物だが、口元は弧を描いて笑みを浮かべている。もっとも、その笑みは愉快そうと言うよりは自嘲に近い物だ。自分達が度を超えて甘く見られている事に、一周回って笑みが零れたという感じだ。
「とりあえずは調査、になるだろうね。畑を荒らしたのが人にせよ、他にせよ」
大袈裟に肩を竦めながらキザったらしい笑みを浮かべるイライアスはウザいだけだが、言っている事はもっともだ。他の班員も無言で頷く。
「人の仕業なら万万歳。村の奴らが依頼先をうっかり間違えたってだけになる。人以外の仕業なら面倒くさい。その場合は犯人をでっち上げるかどうかを決めなくちゃならない」
「そもそもですけど……逆に村側が嘘を付いていると言及するのは駄目なんですか?」
エリスから出たのは素朴な疑問だ。どうもミーナ始め、エリス覗く第三班員はどうも村側の嘘を暴く方で動こうとしていない。何故に端から従う事が選択肢に、しかも一番上の欄にあるのか。エリスには不思議でならなかった。
――返って来たミーナの答えは余りにも冷たく、無慈悲な物だった。
「無理だね。飽くまで村側は予想を言っているだけさ。人の仕業かもしれないってね。もっとも、『人以外の犯行だ』と言っても、それを認めないだろうけど」
『人の犯行』とエリス達が言えばその通りだと。
『人以外の犯行』とエリス達が言えば否と。
どちらにせよ、村の人間達は小麦畑の被害によって被った大損を少しでも減らそうとするだろう。その結果、事実は一方向へと無理矢理集約させられるのだ。事実に関係無く、事実が作られる。エリスは吐き気を催す不快感に何も言えない。
ミーナはそんなエリスにはあえて何も言わず、早々に結論を出して話を切り上げる。ミーナなりの気遣いだった。
「まあ、決めつけるのが早計なのは事実だろうさ。とりあえずは調査ってのに変わりは無い。――二手に分かれようか。私、イライアス、フレドリックのチームと、エディ、セシリア、エリスのチーム。私のチームは村の外、エディのチームは村の中で各々調査、今日の夜に報告って流れで。異論は?」
誰も口を開かない。異論は無い様だ。ミーナはそれを認めると、自分のチームの面々を連れて外へと向かった。部屋にはエディとセシリアとエリスの三人だけが残る。
「それじゃあ、俺達も行くとするか。二人共、行くぞ」
「うん」
エディが席を立ち、ずかずかと歩いて部屋から出て行った。セシリアもそれを追おうとして――未だ席に座ったままのエリスの方を見やった。
「エリス、行こ?」
「……うん、そうだね」
消沈した気分を何とか抑え込んで、エリスは席を立った。自分を置いて行かないで待ってくれたセシリアに感謝を覚えつつ、エリスはセシリアと共に部屋を出た。