11 ブレポス
馬車が止まった。
幌の隙間から外を覗けば、そこには木で作られた門があった。どうやら目的地に着いたらしい。エリスと他の班員は馬車の外へ出た。
「ようこそ、いらっしゃいました」
と、声を掛けて来たのは門の中――村の中からだ。エリス含む班員がそちらへ向くと、そこには清楚な格好に身を包んだ、一人の女性がいた。
「村長の使いの者でございます。皆様を村長の家へご案内するようにと」
彼女は一礼の後に自分の目的を述べる。逆らう訳も無く、エリス達は彼女の後ろに着いて村長宅へと歩き始めた。
道すがらにエリスは村をざっと見渡す。
小ぶりな家が立ち並ぶこぢんまりとした村で、人が行き交う場所よりも畑の面積の方が優に広い。中でも小麦の畑が割合的に多い様で、金色の穂が風に揺れていた。
「……ん?」
ふと、小麦畑の一角にエリスの視線が止まった。そこには何人かの男が集まっており、各々が木の杭や木槌なんかを持っている。良く見るに、どうやら壊れた柵を修繕しているらしい。
「こちらが村長の家でございます」
――どうやらもう着いたらしい。
視線を前へ戻すと、他の家よりかは幾分か大きい、それでも王都の家に比べれば可愛らしい大きさの家があった。家の横には厩舎があり、そこにはエリス達が乗って来た馬車とそれを引っ張っていた馬が居た。いつの間にか村の者によって連れて来られていたらしい。
「それじゃあ、入りますか」
ミーナが先陣を切って村長宅へと入る。続けて他の班員も中に入れば、そこには老齢の男が立っていた。
「いやはや、よう来られました。馬車での道中お疲れだったでしょうに。私はこの村ブレポスの村長をしています、ジーアと言います。立ち話も何ですから、どうぞこちらへ」
村長は曲がった腰を更に曲げながら頭を下げる。それからまたも案内のままに向かうと、あったのは机と椅子が主役の簡素な部屋だった。応接間、そんな役割を帯びた部屋なのだろうか。装飾品が極度に少ないのは村長の趣向か、それとも単に貧しいからか。
ミーナと村長が席に着く。他の班員はミーナの後ろで整然と一列に並んでおり、エリスも習って列に加わった。
「温かい歓迎、感謝致します。私は『王国騎士団』第三班班長、ミーナと申します。此度の依頼、解決に向け尽力する心積もりです。お取り計らいの程、よろしくお願いします」
ミーナが恭しく頭を下げると、他の班員も同時に頭を下げた。エリスは一瞬ぽかんとしていたが、遅れて追従する。内心では先にそういう事は言っておいてくれとの恨み言の嵐である。
「そんな、滅相も無い。元よりこちらは依頼している身ですから。寧ろこちらこそ、と言った所です」
「そうですか、ありがとうございます。となれば……早速ですが本題に入りましょう」
部屋の空気が一変する。
先程までの生温い、人肌に温もった衣服に袖を通す様な不快感が蔓延っていた空気から、冷たく、毛穴の全てに針を刺す様な空気へと変貌を遂げた。村長も変化を感じているのだろう。瞳がぶるりと揺れ動いていた。
「そうですな。それがいいでしょう。では、まずはこれをご覧くだされ」
そう言って村長は懐から一枚の紙を取り出した。見るに、それは何処かしらの地図――恐らくはこの村とその周辺の地図だ。様々な色で塗り分けられていて、ステンドグラスが如くの有り様は、何らかの区分を示しているのだろう。
「ブレポスにおける主な収入源は農作物です。特に小麦は他の地域の物よりも優れた質であると自負しています。その証拠に、この地図の黄色い部分を見て下さい。それらは全て小麦畑です。雨に弱い小麦ですが、今年は天気が良くて。収穫量も期待されていたのですが……」
確かに黄色の部分は地図の半分以上を示している。村の境界線らしき線の外にも黄色の場所はあり、それらはつまり村の外に作られた小麦畑という事になる。だが、その小麦畑に幾つかの×が施されている。
これはつまり――
「依頼の件ですね?」
「そうです。黄金色に染まり、重い頭を風に揺らす私達自慢の小麦を。誰ぞ知りませんが、そいつらはやりたい放題踏み荒らして行ったのです」
震える声で村長は怒りを滲ませる。机の上で握り締められた拳が、いつどこに振るわれても可笑しくは無い。村長にとってそれだけこの村の小麦は大事な存在だったのだ。そして、それはきっと村長だけでなく、他の村民にも違いない事だろう。
エリスはミーナの頭に邪魔されながらも地図をもう一度見る。
黄色に塗られた小麦畑の上からされた×印。それは全部で五か所に及び、内二つは村の中にもある。
小麦畑を荒らした犯人は村の中にすら侵入したのだ。すると、先程エリスが見た壊れた柵はこの騒ぎで壊れた物らしい。
「ミーナ様、改めてお願いしたい。私達の畑を荒らしに荒らした奴らに裁きを下して頂きたい」
「確かに、引き受けました」
村長の嘆きと怒りの声。それに対し、ミーナは極めて冷徹で無機質な、ぞっとする程底冷えした声で応えたのだった。