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エリスが居る場所  作者: 改革開花
一章 目覚め
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10 馬車の中

 

「忘れ物は無い……か」


 ナップサックを背負い、部屋を見渡しながらエリスは呟く。エリスは私物と呼べる物を殆ど持っておらず、「今回」の様にどこかに出かける際にも身は軽い事この上無い。ただ、それと忘れ物の有無は別問題だ。寧ろ、必需品しか無いからこそ忘れ物があれば一大事だ。緊張と期待で胸躍る浮ついた心持ちともなれば、入念に確認するのも必要な儀式だろう。忘れ物は得てして知らずに、気付かずに、うっかりでする物なのだから。


「エリスー。準備できたぁー?」

「うん、今行く」


 遠くからエリスを呼ぶ少女の声、セシリアだ。エリスは最後にもう一度部屋を見て確認すると、返事をしつつ走り出した。朝っぱらから騒がしい二人に常日頃ならお叱りの言葉の一つや二つがありそうな物だが、今日この日は無かった。それは偏に二人の笑顔に毒気を削がれた、という奴なのだろう。少年と少女は笑顔で集合場所へ向かう。

 ――第三班、遠征任務である。



****************************************



 ――エリスの所属する組織を「王国騎士団」と言ってしまうと、それには語弊があると言わざるを得ない。何故なら、「王国騎士団」は総称であり通称であり、または俗称だからだ。

 まず大前提として、正しい意味での「王国騎士団」とは「王国内で活動する騎士団の総称、及びその統括組織」である。そして王国騎士団の下位に派生する形で、王国には大きく分けて五つの騎士団が存在する。

 王国の東西それぞれの脅威に対する、「王国東部防衛騎士団」と「王国西部防衛騎士団」。

 王国の中心――王都の守護を担う「王都防衛騎士団」。

 王都にある王城、それを守護する「王城防衛騎士団」。

 王国に君臨する王族、それを護衛する「近衛騎士団」。

 更なる下位組織や独立した騎士団があるにはあるが、一般的な「王国騎士団」を構成しているのはこの五つとなる。

 

 それぞれの騎士団はそれぞれに異なる使命を持ち、それに応じた組織運用を取っている。だがしかし、この五つの中で三つ、活動範囲が大いに重複している騎士団が存在する。それは言わずもがな、王国東部・西部防衛騎士団以外の三つである。王都に王城があり、王城は王族の暮らす城である。各々の目的こそ違えど、その性質から戦力が王都に異常なまでに集中してしまうのだ。主な使命が騎士団ごとに異なれど、その根幹に「王国を守る」という意識があるのは間違い無い。となれば、単純比較は出来ないが、王国の騎士団が三つも一箇所に密集しているのは些か頂けない事態だ。

 この事態を重く捉え、事態改善に動いたのが「王都防衛騎士団」であった。王都防衛騎士団は平時の王都防衛に必要な人員と、その余剰分を効率良く把握、運用出来る様に班制を導入。王都防衛の為の常駐班を持ち回りで一班、他を王国各地で発生した問題地点に逐次投入するという、問題解決の遊軍的制度を作り上げたのだ。これにより王都防衛の使命を成し遂げつつ、王国を守るという根幹を為す事に成功した。

 

 ここで冒頭へと戻ると、エリスの所属するのは「王国騎士団」で間違っては無いが、正確に言うなら「王都防衛騎士団第三班」となる。此度の遠征任務も、王都防衛騎士団の活動の一環なのだ。



****************************************



「へえ……自分が所属している所なのに、全然知りませんでした」

「まあ、なあなあにして説明を先延ばしにしてたみたいだから仕方が無いよ。ねえ、ミーナさん?」

「……返す言葉もございませーん」


 フレドリックの嫌味に、ミーナが唇を尖らせてそっぽを向く。普段見ない姿にエリスは笑みをこぼした。

 

 ――目的地までの道中。馬車に揺られ揺られとなったのだが、これが思いの外暇で苦痛だった。風除けに掛けられた幌は背もたれに使えず、整備が甘い道に車輪が跳ね踊る。床から直に伝わる衝撃と、外から聞こえる、御者台に追いやられたイライアスの鼻歌に顔を顰める。不快感と痛みの中間の様な状態だ。エリスはどっちつかずの苦痛に膝を抱えて堪えていた。いっその事、セシリアやエディの様に眠りに就ければ楽だっただろうが、前日に緊張と期待を無理矢理抑え込んで床に就いた優等生(エリス)は、お目々ぱっちりである。

 そんな折だった。フレドリックがミーナを交えて歓談を持ちかけて来たのは。


「所で気になったんですけど、王国騎士団ってのが総称なのに、何でミーナさん達も自分達の事を王国騎士団って言ってたんですか?」

「さっき説明した時に『王国騎士団は俗称でもある』みたいな事言ったの覚えてる?」

「そう言えば、言っていましたね」

「僕達『王都防衛騎士団』って、王都防衛って言ってる割に王都から出てる事の方が多いんだよね。王国全土をあっちこっち行ったり来たりするから。だから王国全体を行き交う騎士団――『王国騎士団』なんて呼ばれている訳。一般大衆は基本的に本当の『王国騎士団』なんて知らない。自分達に関係無いからね。だから僕達は基本的に部外者や一般人と話す時は『王国騎士団』の呼び名を使ってる。まあ……他にも理由はあるんだけど」


 フレドリックがちらりと、複雑な気持ちの籠もった視線でミーナの方を見やった。その視線に気付いたミーナは尖らせていた唇を引っ込めて、代わりに眉間に少しの皺を寄せて種類の異なる不機嫌になった。


「――舐められてるのさ、私達は。さっきフレドが説明した主要五騎士団。その中で断トツで『王都防衛騎士団』は歴史が浅い。何せ設立が五年前だからね。しかもやってるのが王都防衛ってよりは王都全土の雑用だ。『普通に雑用を依頼するより王都防衛騎士団(うちら)に依頼した方が安く付く』。そんな事まで言われる始末でね。新参者で、崇高な精神を持たない、安い賃金で働く都合が良い奴ら。それが私達の評価さ。分かる? 王都防衛騎士団(カモ)って馬鹿正直に名乗る奴はいないって事だよ」


 矢継ぎ早に捲し立てられた、いつもよりも遥かに乱雑な口調にぎょっとする。エリスの困惑はすぐに伝わり、ミーナは表情を幾らか穏和に戻した上で言葉を継ぎ足した。


「そうは言っても私達のやる事に変わりは無いから。エリスは深く考えないで良いよ」

「……分かりました」

「よろしい」


 それっきり、ミーナは目を瞑って眠りの体勢に入ってしまった。それが狸寝入りなのは明らかだが、しかし指摘出来る筈が無く、エリスは何とも気不味い空気に縮こまってしまう。その後もミーナを除いてエリスとフレドリックの会話は続いたが、どこかぎこちない雰囲気だったのは言うまでも無い。


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