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エリスが居る場所  作者: 改革開花
4章 学会
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11 赤く染まる夜

 決して小さいとは言えない動揺から僅か数分で回復したレイ・アルトイェットが最初に取った行動は、野晒しにされている元同僚の肉片を搔き集める事だった。衆目に晒され、尊厳の欠片も無い有り様が居たたまれなくなった――というのはそれを眺めていた大半の人間の想像であり、誤りだ。事実はただ、「貴重な証拠の劣化と紛失を防止すべく、急いで保存した」である。そこに復仇の想いが無いとするのは嘘になるが、それ以上に彼女を突き動かしたのは理性と直感によるものだった。

 理性は、このばらばらの肉片でも自分の腕ならば何らかの証拠を見つけられる筈だと訴える。そして、先程まで追っていた標的とこのロバートの死に何らかの関連性があるのではと直感が囁いた。自らの魔術師としての技量、時期(タイミング)、今の王都の状況を総合的に加味した結果の行動であった。ボロボロになっているロバートの衣服を簡易の風呂敷代わりに使って全ての肉片を搔き集め終えたレイは、それを両腕で抱えて自身の研究室に向かう。血がべっとりと胸元に付いているが、そこは気にしない。無頓着なのでは無く、優先順位の問題だ。彼女は一般の水準、もしくはそれより少し上の美意識を持ってこそいるが、同時にどうしようもなく魔術師である。言うなれば、心の切り替えだ。魔術師ではない彼女ならば血の一滴でも服に染みを作ろうものなら、それだけで不快感を露わにするだろう。だが、魔術師としての彼女はそんな事を気にしない。探求と追求の前ではそれらは全て些事であるからだ。

 両腕が埋まっている為に、レイは足で扉を蹴って開けた。力の調整を幾分間違えた様で、

扉が激しく跳ね返る。もう一度閉まり直す前に、肩から体を割り込ませて中に入った。入口からの視点で見る、器具が散乱している自身の研究室。その惨状に顔を顰めながら、ふと、気配を感じて背後を振り返り――

 そこで、レイの視界は真っ赤になった。





「……」

「どうしたんだい?」

「いえ、何でもありません。帰りましょう」


 月が顔を出し幾許の時が流れた。日中の警邏を担当しているエリス達二人組は、警邏をここで切り上げて拠点へと戻る事にした。エリスとしては、日中で手応えが無かった分もう少し続けていたい気持ちもある。だがそこは前日と同じく、フレドリックの休める時に休むべきとの弁に負けた。渋々、拠点への帰還に同意する。

 無論、帰り道の道中にも警戒は続ける。周囲に目を配り、感覚を研ぎ澄ます。夜も更けて来た事で、往来には殆ど通行人の姿は無い。建物の中からは笑い声などの温かな営みの音が時折聞こえるが、それ以外は静かなものである。仮初であったとしても、この瞬間には未曽有の恐怖も無い、平和な時が流れていた。


  ――その緩やかな平穏を、断末魔の悲鳴が引き裂く。

 

 悲鳴を認識した瞬間、考えるよりも先にエリスの足は一歩目を踏み出していた。二歩目と同時に行うは自己強化。自己概念を通じた、自身の肉体を強化する歴とした魔術である。エリスが出来るのは聴覚と視覚のみだが、割り切ってそれらへと強化を施す。自らの内面に映す自己像。既に連日、燃やし続(・・・・)けている(・・・・) それへと、路を作って魔力を流し込む。

 途端、世界が広がった。

 暗闇は曇天の昼間程度の明るさに代わり、両の耳は後ろを付いて来るフレドリックの音を詳細に拾い上げる。フレドリックの追従を知ると、エリスは昼間に諫められた行動前の申告も不要と判断。開きかけた口を閉じ、走る速度を少しでも上げんとした。

 二度目の悲鳴が、そして間を置かずに三度、四度目の悲鳴が続く。

 エリスは連続する悲鳴に歯噛みしつつ、惨劇の正確な位置を確信した。――蝙蝠は盲目にも関わらず、地形や標的の位置を音の反射から正確に知る。それと同じ事をエリスも行ったのだ。常人の聴覚ならば不可能だが、自己強化を施した今のエリスの聴覚は人類の枠組みから逸脱している。蝙蝠には及ばずとも、それに近しい精度で特定は可能だ。

 音源は近い。迷いなく道を進んで行き、エリスとそれを追い掛けていたフレドリックは一件の住宅に辿り着いた。三階建ての、周囲のものより幾段上等な造りである。敷地も広く、それに合わせて塀が設けられていた。


「行きます」

「! エリス、待って――」


 エリスは入口に回る時間すら惜しんで、一息に塀を乗り越えた。地面を蹴り、壁を蹴り、自らの身体を押し上げる。エリス二人分の高さはあった塀の頂点に、難なく手を掛ける。だが、そこでエリスは止まらず、壁をもう一度蹴り、同時に腕を最大限に引き寄せる事で更なる加速を得た。結果、エリスの身体は空中へと射出される。投石器から放たれた大岩の様に、エリスの身体は放物線を描いて飛んで行く。その先には、一本の木が生えていた。エリスは肉体の平衡を空中で制御し、木の枝を掴む。そして、枝を軸に身体を縦に一周回転させて、全ての力の向きが斜め上へと集まった瞬間に手を離した。再度、宙へと放たれるエリス。少年は足を進行方向に真っすぐ伸ばし、一本の矢の様に飛翔する。

 着弾点は、二階の窓だった――否、正しくは、二階の一室に居た不審者の後頭部だった。窓を突き破り、照明の落ちている真っ暗な部屋に飛び込む。窓を壊して尚衰えぬ運動力は、不審者を蹴り飛ばしてやっと相殺され、エリスは漸くの着地を迎える。数秒振りの確かな足元の感触には安心を見せず、エリスはすぐさま自己満足を抜き、右へと振った。返って来るのは確かな衝撃。仲間が蹴り飛ばされた事に動揺せず、死角から着地の隙を狙って襲い掛かって来た二人目の不審者だ。全身真っ黒な装束に身を包み、顔もしっかりと隠している。見えるのは目と、その周辺の僅かな肌のみ。使っているのは黒塗りの剣。エリスの自己満足とは異なり、何らかの塗料を剣に塗っているらしい。自己満足とぶつかった場所の塗料が剥がれて、銀の輝きが僅かに顔を出している。

 徹底的な身元の隠匿。夜闇に忍ぶ武器。暗殺者であると、逆に喧伝している様な見た目であった。

  剣の向こうの相手を見る。両腕で剣を握る相手は、明らかにエリスより大きい(・・・)大人と子供――体格の差があった。加えて、蹴り飛ばしたもう一人の暗殺者もいる。

 数的不利に体格差、時間は相手に味方する――選択の猶予を与えるべきでは無い。故に、エリスは敵が奇襲を防がれた僅かな動揺から立ち直るより先に、自動反応を全開にして先手を打った。


「ラァアアッ」


 エリスの肉体がエリスの意思に従い、されど意思から離れて動く。

 互いの剣の接地点を基点に自己満足が動き、絡め捕る様にして相手の剣を上へと跳ね除ける。一瞬の出来事に、膂力の差は活かされ無かった。互いに腕が上に弾かれ、大きく脇腹を晒す体勢になる。

 そして、暗殺者はほんの一瞬の間、剣を振れな(・・・)くなった(・・・・)。跳ね除けた剣と両腕――というよりは脇の下に割り込ませたエリスの自己満足が、暗殺者の両腕の自由を制限したからだ。剣を振れば両腕が自己満足で切られる為に障害となり、後退すればエリスは剣を振り下ろして相手を斬る。そして何より、暗殺者は両腕が封じられているのに対し、エリスの片腕は未だ仕事を持っていない自由の状態だった。

 暗殺者の鳩尾へと、容赦ない正拳が捻じ込まれる。くぐもった呻き声を漏らしつつ、暗殺者は一歩後退した。その一歩が互いの腕に自由を与える。異なるのは重心の位置だ。暗殺者は拳に押され、後ろに重心を置いている。そして、正拳を繰り出したエリスの重心は前にある。どちらが自由となった剣を早く振れたかなど、火を見るよりも明らかだった。

 鮮血が飛び散った。


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