表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エリスが居る場所  作者: 改革開花
4章 学会
113/117

9 学師達の人間関係


「あー、人付き合いってなんでこうも鬱陶しいのかしらね」


 レイ・アルトイェットは今、エリス達と一時的に別れて学会開催中の魔術協会本部へと戻って来ていた。裏路地にて宣言した自分の天才的閃きを実現するには一人、とある協力者が必要だったからだ。

 学会開催中の本部内は、人に人で人が人の大賑わい。人の波が邪魔で移動が思うように出来ず、しかも、ここに居る大半が会話や交流が半分仕事みたい人間ばかりで、レイもそれ相応の対応が求められてしまうものだから碌に先に進めないでいた。声を掛けられたなら答えない訳にはいかず、自分が関わった研究についての話になれば遮る事も出来ない。何せ、目の前に群がる人間は現支援者、もしくは将来的な支援者である。言うなれば、レイが魔術協会で行っている研究がこれからも行えるか否かは、ここにいる面々の心証如何で容易く変わってしまうのだ。自分の地位、職、生き甲斐、経験、給金――それらを一緒くたに握られてしまえば、乱暴な態度など取れる筈も無い。騎士にはずけずけと物言うレイとて、この場においてはなけなしの社交性を全開にして穏便に済ましていた。

 そうして、普段なら五分で辿り着く道程を三十分掛けたレイは、やるせない自らの内の苛立ちを右手に込めて、「ロバート・J・ノックス」と看板が掛けられた扉を渾身の力で開く。爆発に似た轟音が扉から鳴り響き、中に居た男は驚きに全身を竦ませ、握っていたメスを真上へと放ってしまった。かつんと軽い音がなるも、一向にメスが落ちて来ない。男は天井を見上げ、今月五本目となった「戻らずのメス」を悲しげな目で見る。


「やっほー、ロバート。げんきぃー? あんたに手伝って欲しい事があるんだけどさぁ」


 そんな哀愁我関せずと、レイはずかずかと部屋に入り込み、ロバートの前までやって来る。腰に手を当て、高圧的な態度を見せるレイ。その、出会った頃から変わらない彼女の横逆振りに、諦めを多分に含んだ苦笑いがロバートの顔を彩った。数度、戻らずのメスに視線を送りながら、


「いい加減、年上への言葉遣いをだね――と言っても、君には無理か。それで? どんな用件だい? 僕も暇では無いからね、面倒そうなら断らせて貰うけれど」

「ハンッ、何で無能に気を使わなきゃならないんだか。立場は学師同士で対等、年齢はそっちが上って言っても、それは自分の能力の無さを言外に証明しているだけじゃない。……ま、良いわ。用件は簡単よ。合成獣(キメラ)、そうね……鼠を素体にした合成獣を十体位譲って欲しいの」


 ロバートは露骨に、嫌そうな表情を浮かべた。

 合成獣(キメラ)。それは生物の部品(・・)を接続、改造し、自然のままとは違う姿に組み替えた異生物の事である。確かに、ロバートは合成獣の研究を専門である。そして、実験において頻繁に扱われる一般的(ポピュラー)な鼠型は、この研究室にて保管・飼育されている。それは、紛れも無い事実だ。だがしかし、おいそれと簡単に無料(タダ)で渡せないのも現実である。合成獣研究は未だに開拓中の分野であり、施術の成功率、定着率、生存率は決して高いとは言えない。鼠型なら、施術で半数が死に、術後一週間で更に半数が死に、生き残った個体にしても二か月と生きられない。無論、繋ぎ合わせる新たな部品や、術者の力量によってそれらの数は左右するものの、合成獣研究の分野は他分野に比べ、圧倒的に時間と金が掛かるのが現状である。

 ――何が嬉しくて、この傍若無人の体現者に無償で渡さなくてはならないのか。俄かに、レイに対する反骨精神がロバートの中で燻る。だが、


「何? 私の言うことが聞けない訳?」

「っ、うぅぅ……」


 肌に感じた魔力の余波。そして、レイの肉体に浮かび上がり、その輝きを服越しにも漏らす天才の走り書き(メモリアルアーツ)の魔術式。それら二つを知覚した瞬間、ロバートの反骨精神は呆気なく折れてしまった。

 ――およそ一年前、レイとロバートは主張する魔術論の違いから、喧嘩になった事がある。始めは口論だったが、ロバートが我慢しきれず、軽くレイを突き飛ばした事で喧嘩は物理の領域へ。そこからはレイの一方的な蹂躙だった。全身の魔術式を輝かせ、返り血を浴びながら無情に拳を振り下ろすレイの姿。それ以来、ロバートはレイの天才の走り書き(メモリアルアーツ)が発動しているのを見るだけで、無条件で心が屈服してしまうようになってしまったのだった。しかも、レイはそれに気付いており、こうして脅迫の手段として有効活用されている次第である。

 今日もまた、ロバートはレイに負け、とぼとぼと部屋の奥に消えていく。そして、帰って来た彼の手の中にはゲージが一つあった。四面をガラスで覆われた直方体の中には、鼠を素体にして作成された合成獣達が、突然の周囲の変化に戸惑う様に身を震わしている。この合成獣達は、どうやら体内の施術が殆どだったようで見た目には大した変化が無い。手術痕が灰色の体毛越しに薄っすらと見えるのみである。しかし、レイは自身の「観測」を用い、その目に見えぬ内側までをも見通す。そして、目の前のそれらが目的の水準を満たしているのを確認すると、乱雑な手つきでロバートからゲージごと取り上げた。


「ご苦労様。もう良いわよ?」

「ちょ、ちょっと待てくれ。それを一体、何に使うつもりなんだ」


 貴重な合成獣を無償で渡す事。それ自体には納得――はしていないが、渋々了承した。だが、使用用途をまだ聞いていない。それ如何では、止められるか否かは別としても、止めようと試みる必要があるだろう。扉に手を掛け、今にも外へ出る一歩手前のレイを呼び止めて、ロバートは彼女の真意を問い質す。

 レイはほんの少しだけ唇を尖らせて不機嫌の素振りを見せるも、特に隠そうともせずに、自身の目的をロバートへと明かした。


「いや、今ここら辺で暴れてる魔獣さんに、餌あげでもしようかなって」

「は?」


 捻くれた言葉だけを残し、レイはロバートの研究室を後にした。




 そして、エリスとフレドリックの二人とレイが分かれ約一時間後。待ち時間の合間にと警邏を執り行っていた騎士の二人に合流する形で、レイはエリス達の下へ戻って来た。その手にはロバートから貰い受けた(強奪した)合成獣が入っているゲージが一つ。そして、肩からは小さめの鞄を一つ提げていた。


「それが君の言っていた『必要なモノ』かい?」

「そ。これを使って魔獣を誘い出すのよ」

「……何らかの魔素が含まれた物とか、そんな感じですか」


 ――魔獣を誘い出す。その文言で思い出されるのは、ブレポスにおける一幕だ。エリスにはスウェルを全身に被り、人狼病感染者を誘き寄せる罠として囮の役をこなした経験がある。スウェルは魔道具の一つであり、その為に魔素が含有される為に人狼病感染者が寄って来た、その様にエリスは記憶している。今回もその法則に則るならば、確かに魔獣を誘き寄せる事自体は可能に思える。ただ、もしそれがレイの掲げる作戦であるならば、エリスにとっては既知のものでしかない。大言壮語も甚だしく、俄かに期待していた身としてはがっかりである。

 しかし、レイはエリスの意気消沈とした言葉を否定し、少年の期待にちゃんと応えた。


「目の付け所は近いけど、違うわよ。今回使うのは魔素じゃなくて、『半不活性魔素剤』よ」


 そう言いながら、レイはゲージから中のモノを取り出す。灰色の体毛、ひょろりと伸びた尻尾――どこからどう見ても鼠である。エリス達の背後で、通行人の短い悲鳴が上がる。エリスとフレドリックもまた、往来で鼠を取り出すレイの神経に意表を突かれた。そんな普通の感性をした一般の方々には目もくれず、レイは鼠の首根っこを左手で抑えたまま、空いた右手で鞄の中をがさがさと引っ掻き回し、ある物を取り出した。ガラス管にピストン構造を設けた、何らかの液体を注入する事を目的とした器具。つまり、注射器である。レイはその冷めた(さめた)輝きを放つ銀の針を、躊躇いなく鼠の首元に突き刺した。


「ギュチュウッ!」

「「ヒッ」」


 鼠の絶叫、二人の男の悲鳴が共に空へ吸い込まれる。往来の人々は逆に、悲鳴の一つも上げなかった。静かに歩く速度を上げ、怪しげな三人組から逃げる道を選んだのである。注射器の中身が鼠に注がれていく。鼠は全身をがくがくと震わせ、口の端から唾液を零した。目は裏返り、尻尾がびたんびたんと暴れている。時間にして高が数秒――しかし、鼠と傍観者の二人には長い時間だった。鼠の首から注射器が抜かれる。鼠は首をレイに掴まれたままぐったりとしており、尻尾が地面へと先を向けたまま弱々しく揺れていた。白目を剥いたままの鼠が地面に寝かされる。哀愁漂うその姿に、二人は本来の目的すら忘れて拍手と涙を手向けとして贈った。


「君には良心という物が無いのかい?」

「そうだそうだ! 動物虐待! 鬼! 悪魔! 性悪!」

「ハァ? 何言ってんのあんたら。何の為に私があれを持ってきたのか、忘れてないでしょうね? ……あと、クソガキ。誰が性悪だ」


 エリスとフレドリックの批判を物ともせず、罵倒の声だけに反応して剣呑な視線をエリスに浴びせながらも、レイは作業の手を止めない。空いた手がゲージの中に入れられ、中から新たな鼠が取り出される。つぶらな瞳が揺れていた。先達の悲鳴に自らの未来を悟ったのか、全身から覇気が消え失せていた。

 苦痛をもたらす針が迫る。ここに至って、鼠の本能が恐怖を泣き叫んだ。四肢をばたばたと動かし、大きく暴れてレイの手から脱出を図る。だが、


「鬱陶しい。動かないでよ、ねっ!」


 無情。首をぎゅっと締め上げ、一瞬抵抗が止まった隙を狙い、レイは躊躇なく注射器の針を鼠の首に差し込んだ。皮膚を破った鋭い痛みに鼠の目が見開かれる。そして、中身が小さな体を侵食する。


「ギュヂュウ、ギィヂャアアァアアウウウゥウウ!」


 その光景は先程の焼き直しだった。今までの人生で聞いた事が無い、鼠の断末魔。全身を痙攣させ、白目を剥き、痛苦の果てに気絶に至る。また一つ、物言わぬ鼠が生まれ、その身が王都の大地に寝かされた。

 ――それから八度。この惨劇は繰り返された。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ