プロローグ
目が覚めた。
光に眼が順応して、次第に辺りの光景が鮮明になる。身体はまだ覚醒から時間を置いていないからかどうにも気だるい。仕方がなく、首から先だけを巡らせて周囲を見渡す。
そこには見覚えの無い物しか無かった。
天井、扉、床、調度品、布団、ベッド、どれも見知らぬ物だ。
少年は知らない部屋に居た。
「――?」
はて、と首を捻る。少年にはこの部屋で寝ていた今までの前後関係に思い当たる節が無いのだ。それどころか――。
「~~~~」
「~~~~」
少年の中に得も言われぬ何かが湧き始めたその時、少年の居る部屋の外から誰かしらの声が聞こえてきた。男女の声だ。何やら軽い言い合いをしているらしく、その声はどんどんこちらへと近づいている。少年は入って来るとしたら動きがあるであろう、部屋と外を結ぶ木製の扉へと視線を向けた。
「――やっぱロリコンなんじゃないの?」
「違うわ、馬鹿野郎。そもそも、それならお前はロリって事になるだろうが」
「野郎じゃないし、ロリでも無いわよ!」
がちゃり、少年が視線を向けていた扉は音を立てて開かれる。そこから中に入って来たのはやはり男と女だ。
男は背が高く、とても大柄と言えよう。黒色の髪は短く刈られており男らしさを匂わせている。眉間に皺が深く刻まれているのに目尻が少し落ちているのが特徴的で、険しい表情なのか、穏和な表情なのか判断が付き辛い。
女は翻って、険しい表情として間違いは無いだろう。男に向かって鋭い視線を浴びせている。扉が開かれた事で咄嗟に口は噤んでいる様だが目は正直だ。髪も色はともかく長さは正反対で、腰辺りまでは優に伸びている。凛々しい様な、強気な様な、そんな女性に見える。
「ん、おお! 起きたか。どうだ、気分は?」
男が少年に近づいて来る。笑みを携えてやって来る。
その姿には少年を安心させようとする配慮が見えこそしたが、どうにもわざとらしい笑みに少年は一定以上の安心と不安を同時に感じた。
「……はい」
沈黙は悪いと考え、少年は適当な返事を返す。真意を、本心を隠した言葉であった。
「そっか、そっか。そりゃ重畳だ」
男はベッドの傍に尚歩み寄り、近くの椅子を引き寄せてどかっと座り込んだ。女は閉じた扉を背もたれにし、瞑目で腕を組んでいる。
「で、だ。お前はどうしてあんな事になってたんだ?」
「あんな事?」
当然ながら少年には思い当たる節が無い。よってオウム返しの様に聞き返してしまう。男は少年に聞き返されると思っていなかったのか、一瞬、息を詰めて返答を返し損ねた。それを補ったのは扉の方にいた女だ。
「君は昨晩、道端でぶっ倒れていたのを団長に拾われたのよ」
「おいおい……拾うってなぁ。保護って言えよ」
「団長?」
女の言葉に二つの返しが生まれる。片や文句の類で、片や疑問の調子であった。文句を発していた男は少年の疑問に文句を引っ込め、少年の疑問の解消を優先する。
「ああ、そうだった。自己紹介がまだだったな。俺はラルフ。ここ、王国騎士団の団長だ」
「私はミーナ。王国騎士団、第三班班長。よろしく」
男と女――ラルフとミーナが自分の身分を開示する。それを経て少年はどうやらここは王国という場所なのか、と推測を行った。更に思考を加速させるなら、やはり王国という知らない地名が出て来たか、とも捉えていた。
「そうだ、お前は? お前の名前は何て言うんだよ?」
ラルフがぐいっと身を乗り出して少年に訊ねる。少年はしばらくの逡巡の後に、鬱屈な気持ちで口を開いた。
「――ないです」
「あ?」
「分からないです。名前も、親の顔も――何もかも」
口に出した事で、空間に響いた事で、それは撤回出来ない、言い訳出来ない現実へと相成った。少年は自分の言葉で、自分自身へと言い聞かせた様な気持ちになった。
少年は、記憶喪失だった。
新連載開始。
エタるかもしれませんけど、気長に気楽に待ってくれると幸いです。
勿論、感想・評価・ブックマーク大募集。