7話
林を抜け、山道を駆け下りる。木の根に躓き、何度も転びそうになりながら、必死で走る。街に行くのが怖い、逃げ出したい。でも、それ以上に家族の安否が心配だった。
山道を抜け、家々が立ち並ぶ住宅街に入る。ここを抜ければ市街地に入る。恐る恐る歩を進め、生唾を飲み込む。住宅街は終わり、商店街へと入る。しかしそこにあったのは、ARによって美化された「いつも通りの街」の姿。死体なんてものは、結局一つもなかった……。
「どうなってんだよ……」
あれは悪い夢だった。そう自分に言い聞かせながら、頭を抱えて帰宅する。玄関のドアを開けると、眠そうに枕を抱えた妹がトイレから出てくる所に出くわした。
「あれ~お兄ちゃん?おかえり~」
ごしごしと目を擦りながら、大きく欠伸をする。そんな妹に「ただいま」を言って、ホッと胸を撫で下ろす。
やっぱり、あれは夢だったんだ……。
「どうかしたの、お兄ちゃん?」
「うんん、何でもない。それより早く寝ろ、また朝起きれなくなっても知らないぞ」
「う~ん……おやすみ~」
眠そうに重い足どりで自室に戻っていく妹を見届け、リビングに入る。走ったお蔭で、喉の乾きが著しい。俺は、冷蔵庫から缶のオレンジジュースを一本だけ取り出すと、一気に飲み干す。そして、缶をゴミ箱に入れようとした時だ、
――ジジジ。
ARで装飾された床に、ノイズが走った。白い床に一瞬、茶色の木目が映る。BRAINアーツの不具合か?と、ノイズの走るその場所に近づいた、そのとき――そのノイズの中に、倒れている人影を見た。
「……え?」
酷くなるノイズ。そして、床一面を染め上げる真っ赤な鮮血。
その中に倒れていたのは――――――母だった。
胸に深々と突き刺さったナイフ。目を見開き、瞳には涙が溜まっていた。
「うそ……だろ……」
うっ、と口元を押さえ、込み上げる吐き気を押さえる。目の前に映し出される光景は、ビルの屋上でみた「あれ」と同じだった。声が出ない。そのまま一歩後退る。
どさっ――と不意に誰かの体にぶつかった。振り返り、「ひっ」と小さく悲鳴。
「わっ!どうしたの、尚也?」
聞き慣れた声。今一番聞きたかった声。
そこにいたのは――母だった。
「母……さん?」
「ん、どうしたの?まるで幽霊でも見たような顔して……?」
「だって……そこに……」
死体があった場所を指さし、俺は止まる。
「んー?そこに何かあるの?」
何の変哲もない床。死体など、どこにもない。ただの真っ白な床。俺は訳が分からなくなった。そのまま口を開け、唖然と固まる。そんな俺を、母は不審そうに見つめていた。
「まったく、馬鹿なことしてないで早く寝なさい。じゃ、おやすみね」
そう言って、母はこの場を後にする。しかし、俺はしばらくその場から、動くことが出来なかった。




