6話
『西野舞香』、俺は彼女に好意を寄せている。いつから好きだったのか、何故好きになったのか、明確なことは分からない。気付いたとき、俺は西野のことを好きになっていた。恋は突然。そんなフレーズをよく耳にする。俺の「これ」も、多分それに近いものなのだろう。でも、確実に異なる所があるとすれば、俺の記憶が――「曖昧」な物でるこということ。
気付いたとき、俺は記憶を持って「この場所」にいた――――そんな、曖昧な感覚。
現時刻、PM10時20分。夜になると、少し肌寒い今日この頃。今では珍しい天体望遠鏡を片手に、山道を上る。郊外の、それもこんな辺鄙な場所に、人影はない。普通だったら気味悪いと思ってしまうようなこの道も、長年通い続ければ、自然豊かな、綺麗な場所に見えてくる。頂上にポツリと立つ廃ビル。元々何かの施設だったのだろうこの建設物の中には、謎の薬品やら、資料やらが乱雑に残されている。中に入り、階段を上る。錠の壊された扉を開け、屋上に出る。
「いつ見ても綺麗な星空だ」
天体望遠鏡をその場に置き、空を眺める。片目を瞑ってレンズを覗き込み、ピントを合わせる。そこには神秘的な光景が映し出されていた。自分という存在を優しく包み込んでくれるような安心。この一時が、俺の一日の楽しみ。掛け替えのない時間。
俺が宇宙の神秘に魅了されていると、不意に、背後の扉が「ぎー」と音を立てた。
ビクッと体を震わせ、振り向く。
そこには、月明かりに照らされた、真っ白な光り輝く何か――。
白銀の髪を風に靡かせながら、彼女はそこにいた。
――綾美瑠衣。
彼女は何をするでもなく、ただ黙って俺を見つめる。雲の切れ間から差し込む月の光は、彼女の不思議な魅力を引き立たせる。
「綺麗だ……」
その一言が、口から漏れ出す。でも、それ以外の言葉は見つからなかった。俺は彼女に、見惚れていた。また水瀬に「地に足がついてない」って言われそうだけど、こればかりは仕方がない。それ程までに、今の綾美瑠衣は「幻想的」だった。
「……神童尚也」
一言だった。小さく呟かれたその言葉は、吹き抜ける風に運ばれる。そして俺は、戸惑うことしか出来なかった。
――どうして彼女は俺の名を知っている?
「気を付けて……あなたは、狙われている」
「……どういうこと?」
疑問符を浮かべて俺は問う。しかし、彼女はそれには答えず、フェンスの向こうを指さした。
直後――パンッ……パンパン!!
乾いた銃声が反響する。街の方から聞こえた銃声は、止むことなく続き、悲鳴に似た叫びが聞こえてくる。
額に汗を滲ませ、俺はフェンスに手を付き、眼下に広がる街を見下ろす。しかし、肉眼で何が分かる訳でもなく、近くにあった天体望遠鏡を手に取る。
望遠鏡をセットして、市街地にピントを合わせる。そして俺は、綾瀬の言葉を理解した。
そこに映っていたのは、人の死体。それも一つではない。地面に横たわり、店の看板にぶら下がり、電信柱に寄り掛かった死体の山。そこには、ARではない、《リアル》が広がっていた。込み上げる吐きけ。視界の隅が、生きた人間を捉える。その手には、血の滴ったナイフ。恐らく、それで人を殺めたのであろう。
このとき俺は、殺人鬼を見たと思った。しかし、それは違った。次から次に、ぞろぞろと、武器をもった人間が街を徘徊している姿が目に入る。そして皆、虚ろな目をして手にした武器を振りかざすのだ。――それはとても、異様な光景。
ふと、家族の顔が過る。まさか……な。嫌な予感がする。体が震える。「恐怖」というものを、初めて生で感じた。
「なんだよ……これ。一体どうなってんだよ、綾美!!」
震える声を大にして、振り返る。しかし、そこに綾美瑠衣はなかった。
「くそっ」
ウゥゥゥゥン――――。
街全体に、不気味なサイレンの音が響き渡る。そして俺は、自宅に向かって駆け出した。




