1話
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真夜中の東京。ARで鮮やかに飾られたこの街に、もはや現実なんてものは存在しない。それでも人は、確かにそこで生きている。家庭を築き、社会という名のルールの下で、偽りの自由を堪能している。でも――誰も気付いていない、気付こうともしない。その偽りの自由の裏で、苦しみ、嗚咽を吐きながら無残に死んでいく者達がいることを……。
とあるビルの屋上。地上250Mのこのビルからは、この汚れきった街が一望できる。目の前に表示された3枚のARウィンドウには、この街の素顔がプログラムによって赤裸々に映し出されている。大量の金の流れ、違法取引、武器商売、そして、次々と減っていくある数値――この街の人口。政府が始めた殺人政策によって、今この時も、人が死んでいる。でも、人々の目に、それらは映っていない。映っているのは、己の幸せだけだ。
「……豚どもめ」
そう小さく呟くと、胸ポケットに取り付けられた旧型の小型トランシーバが、ノイズを走らせる。
「――こちらの準備は完了した。期待してるぜ「クロス・リーパー」」
「止めて下さい。そのあだ名嫌いなんです」
「――ははは、悪い悪い。でも、期待してるってのは本当だぜ。ほんじゃ、一発かましてこい!!」
「了解」
トランシーバーの音声は途切れ、尚也はその場に立ち上がる。そして、ARのキーボードを展開させると、一度パチンと指を鳴らす。周囲の音がピタリと止まり、疑似的に発せられた、キーボードを叩くような音が、空間に溶け込む。それはまるで、ピアノの様な、規則正しいく、美しい旋律。そして、目の前に表示されるARウィンドウには、次々と不可思議な文字列が並ぶ。尚也は最後の一文を打ち終え、ぷはーと溜め込んだ息を吐き出す。
止まっていた音がこだまする。そして、街は動きを止めた。街中のARディスプレイには、十字架に巻き付く死神のイラストが映り、信号は全て赤へと変わる。街中の人間の不安や焦りといった感情が手に取るように分かる。ウィンドウを閉じ、眼下を見下ろす。そして、吹き付ける強風に目を細めながら、ゆっくりと振り向いた。
「行こうか、ルイ」
「うん」
色素の抜けた真っ白の髪をなびかせた少女は、いつも通りの無表情だった。
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