13話
――午後四時二十分。
赤信号。沢山の人。俺は彼女と手を繋いだまま、信号を待つ。不思議なことに、彼女と手を繋いでいる間、他者からの異様の視線が無くなった。
信号が変わり、大衆が一斉に動き始める。今まで普通だった光景が、今では凄く異様で、不気味な物に見えた。だって――そこら中に死体が転がっているから……。
大人の死体。子供の死体。老人の死体。若者の死体。学生の死体……。それらを踏みつけ、蹴りつけながら平然な顔をして歩く人々。まるで、彼らの目には何も映っていない様だ。そして、それらを忙しそうに処理していく清掃ロボット。その姿は、完全にそれらを、この世界から除外している様に見えた。元々そこには、何も無かったとでも言うかのように……。
「いや、俺もそのうちの一人だったんだ……」
小さく呟き、それら「異常」に目を逸らした。
ふと、ルイが足を止める。顔を上げると、そこは俺の家の前だった。
「あなたには見る権利がある」
綾美は静かにそう言うと、俺の手を引いて、ずかずかと家の中に入っていく。
「お、おい!!何勝手に……」
そこまで言って俺は言葉を詰まらせた。乾いた血がこびり付く廊下。異臭。奥歯を噛みしめ、リビングに入ると、冷蔵庫の傍に倒れている母の死体を見た。
「母……さん」
胸に、深々と突き刺さったナイフ。血の気のない、真っ白な顔。口元を押さえ、その場に座り込む。やはりあれは――幻じゃなかった。
「……これが現実」
綾美はボソリ呟き、左手を払う。空間にビチビチと電流が流れ、剥がれ落ちたARが補強されていく、こびり付いた血は白色に塗られ、夕焼けがリビングを綺麗に染める。そしてそこには、何も無くなった。
「ただいまー、あら?尚也、帰ってるの?」
母の声が聞こえる。仮想の……偽物の……母の声。足音。ガチャリと開くリビング扉。
「もう、返事くらいしなさいよ、尚也」
顔を覗かせる母の姿をしたARは、母そのものだった。
……でも。
「……この、偽物が!!」
震えた声を張り上げ、固く握った拳を母に振りかざす。拳は母の頬に食い込み、勢いで壁に激突する。生暖かく、柔らかい。本物の人間のようだった。もしかしたら、さっきのが幻で、今目の前にいるのが、本当の母なのでは?……そうであってくれ、と心の何所かで願っていた。でも、俺の希望は完全に消滅した。目の前の母を、いや……ARを見て……。
――ビチビチビチッ……。
母の顔をした何かは、ぐねぐねと不気味に歪む。顔や体にノイズの様なものを走らせ、ガクガクと揺れる。そして、一度元の姿に戻ると、パリンと音を立てて砕けた。
「……これが、現実なのかよ……」