9話
声の出どころは、二階の渡り廊下だった。白を基調とした廊下に、異質な色が混ざっている。
――赤。どす黒い、濁ったような赤。絵の具の様にドロリとした血液が、廊下を真っ赤に染めていた。そして、その中心にいたのは――西野だった。
彼女は誰かを抱き締め、わんわんと泣いている。恐る恐る近づき、死体の顔を確認する。
――水瀬瑞樹。
いつも元気で、血色のいい表情を浮かべていた水瀬。でも、その顔は
――真っ青だった。
首元に、深々とつけられた切り傷からは、どくどくと血が流れ続けている。そんな彼女を強く抱きしめながら、西野舞香は泣き続けた。
「西野、一体何があった……?」
彼女にどんな表情を向けていいか分からない。でも、この言葉だけは、すんなりと口から出た。西野はゆっくりとこちらを振り向くと、涙を溜めこんだ目を強く瞑り、頭を振った。
「……わからないよ……学校に来て……ここを通ったら……瑞樹が……うぅっ」
そう言って、また泣き出してしまう西野に、俺は何も出来なかった。ただ黙って、拳を握る。
「……そんな……なんで瑞樹が……」
尚也の後を追ってきた祥平が、水瀬の姿を見て膝を付く。わなわなと震え、そのまま号泣する。しかし、それも仕方がない。だって祥平は、水瀬をのことが好きだったから……。
「――尚也、俺、瑞樹の事が好きだ」
一年前、河原で祥平が俺に言った言葉。珍しく真剣な顔をして、近くの小石を弄りながら、照れくさそうに笑う祥平の顔を思い出す。
「いいじゃん、お似合いだと思うよ」
「そうか?サンキュー、尚也」
面々の笑みを浮かべる祥平の顔を……俺は確かに覚えている。
二人は、いつも喧嘩をしていた。顔を合わせれば、水瀬が飛びかかる、そんなテンプレートが、二人の中には出来ていた。幼馴染の二人のことは、昔から良く知っている。だから、二人が、心のどこかで、互いを認めていたことを俺は知っていた。
そんな二人を見ているのが、好きだった……。
あれから一年、結局、祥平が水瀬に想いを告げることはなかった。しかし、二人が上手くいくのは、明白だったのだ。だって水瀬にも、祥平と同じことを、打ち明けられた事があったから――。
なのに……水瀬は死んでしまった。
祥平が水瀬に想いを告げることは、出来なくなってしまった。
二人の馬鹿みたいな喧嘩を、見ることも……もう出来ない。
――なんで……なんで、こんなことになるんだよ……。