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――この世界は、情報の結晶体だ。
脳が視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚、所謂「五感」によって識別した《情報》の集合体。そして、それによって初めて人間は、そこに世界があることを認知できる。故に我は問う。
今見ている世界は――現実か?
***
自室の片隅で、神童尚也は黙々と作業を続けていた。カタカタと、キーボードを叩くような疑似サウンドが、部屋に響く。視覚化された数枚のARウィンドウ。そこに、呪文のように連なる英数字。これは脳の《視覚野》に作用するプログラムだ。最後の一文を打ち終え、一度深呼吸。そして、プログラムを起動する。
Loading………
Loading……
Loading…
――「ビルド」
そう呟き、ENTERキーを叩く。直後、目の前の空間にビリッと電流が走る。空間歪み、まるでブロックの様に組み重なる。そして何かを形作り、小さな竜の姿に変わった。
ARの竜は、パフッと小さく火を吐き出すと、俺の頭上をグルリと飛行する。そして、近くに置かれた机の上で羽を休めると、ポリゴンの結晶となり、消失していく。
「なかなかの出来だな……」
不敵に笑い、消えゆくポリゴンの結晶を眺める。
これは、プログラムによって作られた擬似映像、AR(拡張現実)。これら視覚化されたARは、《BRAINアーツ》と呼ばれる特殊な細胞素子を、体内に取り入れ、それによって強化された「脳」が見せている立体映像に過ぎない。
しかし近年では、脳の触覚器に作用するプログラムが開発され、現実はより元の世界から遠のいた。この先、痛覚や味覚などに作用するARなどが開発されれば、この世界に《現実》なんてものは無くなってしまうだろう。頭を振り、目の前に展開されているARディスプレイを横に払う。そして、新しいウィンドウを開き、新たなプログラムの作成に取り掛かった。