入学式 プロローグ
俺はいま、とてつもない境地に立たされている。
例えるならば、モン○ンでミラ○ーツ相手に「あ、回復薬忘れた!!」といった状況か、
とりあえず俺は今すぐこの場から逃げ出したい。
普通の人なら何も感じることもなく済むのだが、コミュ障の俺にはとてつもない難関なのである。
高校入学式、俺と同じ制服の人達が楽しげに校門をくぐっていく。
そう楽しげに、だ。
あり得えない、
教育という名の檻に閉じ込められ、
教師が偉そうにベラベラと喋るのを黙って聞き続ける。
地獄のような毎日をこれから過ごさなければならないというのに、こいつらはどこか頭がいかれてる。
ため息を尽きつつ、高校入学を決めたことに後悔を覚えた。
他人から見たら近づきたくないオーラが自分からガンガン出ているだろう。
そんな悲壮感たっぷりの顔で歩みを進めようとしたその瞬間、
後ろからの気配に気づくことができず、他人にぶつかってしまった。
「うわっ」
「きゃ」
コミュ障の俺は当然焦りまくり、口をガタガタ震わせながら謝ろうと振り返った。
「あ、あの…す、すみ、すみま…」
「いいよ」
「え…」
少し驚く、いや大いに驚いた。
ぶつかった人の声をよく聞いていなかったのもあるが、てっきり女の人かと思ったからだ。
だが振り向いた先にいたのは、
虚ろな目をした男のようだった。
男はそのまま何も言わずに校門へとはいっていった。
「び、びびった〜、怒られるのかと思ったわ」
コミュ障と臆病者という二大ヒキニート症候群をもつ俺は男だろうが女だろうが触れられるだけで失神してしまいそうなのである。
深呼吸を繰り返し、落ち着きを取り戻した頃には、
すでに周りには人がほとんどいなくなっていた。
人混みの中を通るというのは流石に無理があったので、
絶好のチャンスが到来したといえよう。
時間もかなりぎりぎり、
急いで校門へ走りこむ、
が、
「おふっ!!」
突然視界の外から現れた腕に首ねっこを刈られて、
ダイナミックに一回転する。
さらには尖った地面の石に頭をぶつけるという痛い災難に見舞われた。
「ちょっとごめんね〜☆」
と手でサインをする満面の笑みの少年がヌッと視界の外から現れた。
この男、
ベストタイミングで手が出てくるということはわざとやったとでしか思えないのだが、
なのにこいつはなんで笑顔なんだ、と内心怒りを感じつつ、
コミュ障のせいで怒りを口に出せない。
「ふーん、君さ、なんか面白いよね」
ぶつけた際にもやもやしていた視界も耳もようやくはっきりしてきた、
そしてこいつの顔をやっと認識することができた。
彼への最初の印象は猫だった。
特徴のあるつり上がった目がそう俺を思わせた。
髪型はというと最近の流行りらしいツーブロックとかいうものだった。
なぜ俺がそんなことを知っているのかはノーコメントだ。
それで結論を出すと、こいつとは関わらない方がいい。
一方で、
そんな考えなど知る由もない猫目の少年は、いつの間にか俺の顔を覗き込んでいた。
「ねぇ、なんでさっきから黙ってんの?」
「え、あ、はい」
そういえばこの男は何かいっていた気がする。
たしか俺のことを面白いとか…。
相変わらず少年はニコニコしてる、
まさか、ほおにご飯粒が付いているとか…、
「お、俺のどこが面白いって言うんですか?」
意を決して彼に聞いてみた、
だが彼は返答せず、ただ満面の笑みを向けてそのまま校舎の中へ入っていった。
「やっと終わったか…」
大勢の人に囲まれるという苦行を強いられて、気分が落ち着かないレベルを超えて気持ちが悪くなった。
いち早く外の空気を吸いたくて外へ出た時、まだ人は校舎から出てないようだった。
「まったく…なんで高校に入ろうなんて気を起こしたんだ、俺は…」
とは言っているが、理由はちゃんとある。
俺の家は四人家族で妹がいるわけだが、
その妹が俺とは真逆で、
模試は常に全国一位、さらには運動部から助っ人を頼まれるほどの運動神経の持ち主なのだ。
コミュ障でヒキニートの兄、なんでもできるパーフェクトな妹、
これならどっちが人生成功しているのかは一目瞭然である。
そんなわけで俺は妹にこう言われても反論できなかった。
「高校行きなさいよ」
死刑宣告、
というわけで今に至る。
「せめて、通信制にしてほしかった…」
叶うはずもない願望が口から飛び出て、すぐにポッと消えた。
ため息をついても意味がない、
それはわかっているがやはり出てしまう。
なんというか本当にクラスで生き残れるか心配になってくる。
いじめられたりしないだろうか?
そんなことになったらすぐに今までの生活に戻るな、うん。
「とりあえず帰るか」
玄関から何人か出てきた。
早めに校内を出ないと、再びあの人混み地獄になってしまう。
それだけは避けたい。
しかし妙だ。
人が出てきたと言ってもまだ数人、
なのにどこからか声が聞こえてくる。
耳を澄ましてみれば、音楽も流れている。
それもCD音源ではなく生の音、つまり生演奏である。
柄にもなく、とても気になったので俺はその音がする方へ歩みを進める。
しばらく進むと、遠くに早朝に校内を埋め尽くしていた黒い制服とは違った、お祭り騒ぎを起こしてそうな格好をした人たちが校門の周りで何かしていた。
ここで悟る。
俺は彼らが何をしているかを知っている。
俺のような属性をもつ人間にとっては苦痛の時間と言えよう。
「部活動勧誘…」
勧誘という言葉を使っているが、
部活に入らせようとする半ば強制がこのイベントの呪いである。
特にラグビーや野球になると絡みの濃ゆさが、何段階も上がる。
ムキムキの体で身を寄せてくるのだから、こっちは引きつった笑顔で「あ、はい…」と返すしかない。
生地獄である。
とは言うがここで待っていたとしても数分後にはまたここに人が溢れ出し、さらなる境地へと身を投じてしまうことになる。
それだけは絶対に避ける!!
俺は校門に足を踏み入れ、できるだけ目を合わせないようにしたを向いて歩く。
ヘッドホンを耳に装着、外界の情報はシャットダウンされた。
周りから見たら、ほんとにキモいやつにしか見えない。
だがそれで勧誘する気を失くしてくれれば、それは好都合である。
ほんとに好都ご…、
(え、マジか…)
目の前に壁が現れた。
俺を部活へと誘う勧誘者だ。
足しか見えないので、はっきりとはわからんが運動部ではないだろう、
それにしてもこれほど負のオーラを出している人間を部活動に誘う変わり者がいるとは……。
(どうする…、直接口で言うか?いや、でも文化部と言っても勧誘時には肉食になる、ならやっぱ無視か)
とりあえず、気づいていないふりをして、避ける。
だが俺は前をよく見てなかったせいで気づいていなかった、
目の前が難攻不落の脱出ゲームになっていることに、