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第三章-2

 ワンダフルの禁煙席のテーブル席で、平孫は深いため息をついた。

「はあ……」

「平孫ちゃん。ごめんね?」

 平孫のとなりで、文香が両手を顔の前であわせてあやまってくる。

「いや、おまえのせいじゃないよ。うん……」

「そうだね。あれは事故みたいなものだよ」

 コップに入ったウーロン茶をストローですすってから、純が言った。

「それよりも不動。キミさ、羊坂としゃべる気あるの?」

「あ、あるよ」

「その割には彼女の目を見ないし、自分からしゃべりかけようともしないけど?」

「…………いや、あのさ」

 純の説教に、平孫は言い訳をすることに。

「俺の予定ではもっとこう、話が弾むはずだったんだ。恐がられるのは承知だったけど、でも昨日、寝るまえにイメージした感じではな、受け答えもちゃんとしていたし、なによりもっとこう、羊坂さんは笑ってたんだよな」

「妄想どおり行くと思うことがまちがいだよ。気持ちはわからなくもないけどね」

「つーか平孫ちゃんは考えすぎっしょ。そんなもん、なるようになるっしょ」

 パフェを食べながら語るお気楽な文香の意見に、平孫は反論する。

「おまえだって、好きな人ができればわかるよ」

「いるよ。肉丼王子が」

「また別のになってるし……」

 純が横から口をはさむ。

「中村って、彼氏とかいないの?」

「純情聖処女文香ちゃんですけど」

「……僕さ、下ネタ言う女ってきらいなんだよね」

「おやや? ジュンジュンってば意外と純情派?」

「別に。ただひくんだよ」

「あーわかる。もしやよいっちが下ネタいったら、なんかショックだもん」

「羊坂さんはそんなこと言わないっ!」

平孫はテーブルをたたきそうになったが、ぎりぎりのところでそれをとめた。

「不動。なんか気持ち悪いよ」

「ほっとけ! つーかおまえらなんの話をしているんだよ。いまは俺の話だろ」

「平孫ちゃんの話はもうおわったよ」

 文香が肩をすくめた。

「明日も羊坂さんと飯を食うんだろ? だったらなにか対策を練ってくれよ」

「だったら手の平になんか文字を書けば? たしか――肉?」

「それデコ。手の平に書くのは人だよ」

 文香の言葉を、純が訂正した。

 そして平孫は、その訂正した言葉を頭の中にインプットする。

「人……人ね。よしわかった」


          ※


 翌日の昼休み。

 やよいは女子トイレの奥の個室で、洋式便座に腰かけてうなだれていた。

「あう」

 ――どうしよう。

 やよいは迷っていた。朝に、文香からまたきょうもあの空き部屋でいっしょにご飯を食べようといわれた。それ自体はうれしいことだが、しかし純と平孫もいっしょだという。

 純はまだしも、平孫がいっしょということが、つらかった。

もはやいまの彼に恐い要素はない。

それはやよいにもわかっていた。しかしやよいの脳裏には、屋上によびだされた日のことが焼きついてしまっていた。いちど刻まれた恐怖はそう簡単に消えるものではない。

――どうしよう。

 文香とはいっしょにご飯を食べたい。

でも平孫は恐い。

 二つの感情がせめぎあい――

 彼女は個室を出て、教室にある弁当箱をとりに行く。

 そして北校舎から南校舎に移動し、空き部屋に近づくと、声が聞こえてきた。

 やよいは息をひそめて、扉の陰から中の様子をうかがう。入り口から見て、テーブルの左に文香がすわり、右に平孫と純がすわっている。昨日とおなじ配置だった。

 平孫は自分の手の平を人さし指でなぞり、そのあと手の平を口に運んでなにかを飲みこむような真似をしていた。いったいなにをしているのか、しばらく観察してようやくわかった。彼は人、という文字を書いて、それを飲みこんでいるようだ。

 緊張したときにやるとそれが和らぐ、という話は聞いたことがあった。

 ――でも、どうしてそんなことをしているのかな。

 そう思いながら、ふたたび観察をつづけると、文香が苦々しい笑いをうかべた。

「平孫ちゃん。食いすぎっしょ」

「まるでレクター博士だね」

 あきれたようすの文香と純に対して、平孫は真面目な顔をして言った。

「いっぱい食っておけば、それだけ緊張もほぐれるんじゃねえの?」

「平孫ちゃんって惜しいよね、色々と」

 それにしても、と純が自分のスマフォで時間を確認する。

「羊坂のやつ、こないな」

「うーん。約束はしたんだけどなー」

「俺のせいかな……」

 平孫がつぶやき、うなだれた。

 ――メンタル弱チンだからね。

 前に文香の言った言葉を、やよいは思いだした。

 もしかして彼が人という文字を食べていたのは――やよいと接することに対して、緊張しているため? なぜ緊張するのか。それはきっと、また恐がられたらどうしよう、ということではないだろうか。彼はやよいに恐がられたのを気にしたと言っていたから。

そう思ったとき、彼に対してなにか共感めいたものを覚えた。

やよいはいちど深呼吸をしてから、とびらの陰から出た。

「お、おくれて、ごめんなさい」

 言った瞬間、平孫が両手をテーブルにつけて立ちあがった。

「いらっしゃい!」

「ひっ!」

 あまりの声の大きさに、やよいはたじろぐ。

「声がでかい!」

「す、すまん」

 文香に注意されて、平孫はあやまり、純はそのやりとりを鼻で笑っていた。

「やよいっち。ほらおいで」

 文香の手招きにしたがって、やよいは彼女のとなりの椅子に腰かけた。

 それから昨日とおなじように文香の号令にあわせて、四人は手をあわせて「いただきます」と言った。きょうはやよいも平孫も、ちゃんと声がでていた。

 そして昼食会がはじまったのだが、昨日以上に静かだった。やよいと平孫が自分からしゃべらないのは昨日とおなじだが、きょうは文香と純までしゃべらないのだ。

 ――なにか、しゃべったほうがいいのかな。

 ちんもくに対して、どんな答えをだそうかやよいがなやんでいるときだった。

「羊坂しゃん!」

 平孫が声をうわずらせて、急によびかけてきた。

「は、はひっ!」

 いきなり名前をよばれて、やよいのほうもびっくりして声が裏返った。

「い、いいお天気、ですね」

「あ、え、はい」

平孫が言ってきたので、やよいはなんとか返事をする。

「そ、そのお弁当もおいしそうですね!」

「あ、ああ、ありがとう、ござ、います」

「…………」

「…………」

 そこで、会話がとまった。

 やよいは文香に助けをもとめようとしたが、彼女は口元を押さえてうつむき、肩をふるわせていた。笑いをこらえているようだ。次に純のほうを見てみるが、彼は頬杖をついて目をつぶっていた。こんな状況なのに、ねむりはじめたというのか。

 外野に助けをもとめられない状況に、やよいの脳がフル回転する。

 ――どうしよう。なんか言おう。でもなにを言おう。あう。あうう。

 やよいが話題をさがしているときだった。

「羊坂さんもおいしそうです!」

 平孫の一言で、場の空気が凍った。

そして――

「ひいいいっ!」

 やよいは壁際まで後退し、部屋の角で全身をふるわせた。

「助けてください助けてください命だけは命だけはっ!」

 さっきの人を食べるというあの作業は、緊張をほぐすためではなく、やよいを食べるためだったのだ。おそるべき計画を前に、彼女は命乞いをすることしかできなかった。

 すると文香が笑いながらこちらにやってきて、そっと背中をさすってくれた。

「大丈夫だから、大丈夫だからね」

 そして彼女は、平孫にむかって言った。

「アホすぎるっしょ、平孫ちゃん」

「なにやってんだよ、不動」

 目を覚ましたらしく、純が気だるげな声をだす。

 二人から怒られた平孫は、椅子の上で身をちいさくして、うなだれる。

「ごめんねやよいっち。平孫ちゃんさ、テンパっちゃたのよ。許してあげて」

「あうぅ……」

「悪気があるわけじゃないよね? 平孫ちゃん」

「不動。ちゃんとしろ。キミがしっかりしないと、いつまで経っても誤解は解けないよ」

 二人に言われて、平孫はゆっくりと立ちあがった。

「羊坂さん。すみませんでした」

 平孫は頭をさげる。

「いまの発言は、その、まちがいでした。ほんとうは羊坂さんの弁当がおいしそうですといおうとしたんだけど、その、あせっていいまちがえました。ほんとうにすみません」

 それから、と平孫はつづける。

「屋上のこともすみませんでした。あのときは、羊坂さんに話があって、それでよびだしたんです。俺としては恐がらせるつもりはなかったし、ヤキを入れるとかそんな気もなかったんです。むしろ仲良くなりたくて、その、まあ、そんな感じです」

 前に文香が言っていた通りだった。

彼はやよいのことを怒っても恨んでもおらず、仲良くなりたかったと言っている。前は信じることができなかった。しかし彼の変わった姿と、そのやよいに恐れられることに対するおびえをはらんだ行動の数々が、それは彼の本心だと雄弁に語っていた。

だったら――やることは、一つだった。

 やよいは立ちあがり、

「……ご、ごめんなさい」

 と、平孫に対して頭をさげた。

「わ、わたし、その……あの……不動さんのこと、誤解していました。わたし不動さんが見た目どおりその、恐い人で、だから恨まれているとか思ってて、あの、その……」

 なにを言っていいのかわからず、こんどはやよいがテンパってしまう。

「い、いいんだよ。俺を恐がってしまうのは、しょうがないし」

「で、でもそのせいで、その、ふ、不良をやめてしまわれたんですよね? わ、わたしのせいで……ご、ごめんなさい。わたし、なんかのせいで……」

「ちがいますよ、羊坂さん」

 平孫は首をふった。

「たしかに羊坂さんに恐がられて、不良をやめようって思いました。でもそれはきっかけで、しかも俺、変われてよかったと思ってるんです。だって、こうして羊坂さんとしゃべれるようになったんですから。だから、気にしないでください」

脳裏にいる不動平孫と、ここにいる不動平孫は、別人なのだ。

 ようやく、自分の中で決着がついたとき、やよいは平孫のそばによった。

そして彼にむかって、人さし指をつきだした。

「ゆ、指を」

「……俺も?」

 こくこくとうなずくやよい。

 平孫が人さし指を立て、やよいはその先に、自分の人さし指の先を当てた。

 まるで映画ETの名場面のように。

「な、仲良くしてください」

「こ、こちらこそ」

 目をあわせて、二人はそう言った。


          ※


「むふふ」

「っち。不動、いきなり笑うのやめろ」

 ワンダフルのいつものテーブル席で、平孫がにやけていたら、むかい側でウーロン茶をを飲んでいた純が舌打ちをした。

「お、すまんな。むふふ」

 指をあわせた日から、四日経っていた。

あの日以来、昼休みだけでなく休み時間にもやよいと話すようになった。まだ文香と純を介さないとうまくしゃべれないが、まあ、そのうち二人で話せるようになるだろう。

そんなことを考えていたら、ついついにやけてしまったのだ。

「不動、有頂天になるのは勝手だけど、キミは最終的に羊坂とどうなりたいんだっけ?」

「そりゃ野球チームを作れるくらいの大家族に」

「キモッ! はげしくキモッ!」

 となりにすわる文香が嫌悪をかくさずに言った。

「さすがの僕もドンびきだよ……」

 あの純でさえも、すこし身じろいでいた。

 平孫は強い口調で反論する。

「なんでだよ! あたたかい家庭をつくろうって考えのなにがわるいんだよ!」

「つき合ってもいないのに将来設計とか立てるとかキモすぎっしょ」

「こういう人が暴走してストーカーとかになるんだよね」

「お、おまえらだって好きな相手ができたらこんぐらい想像すんだろ!」

「せいぜい相手方がバーベル上げをしている姿を想像するくらいっしょ」

 純が冷たい目で文香を見る。

「もう一人バカがいたね」

「そういうジュンジュンはどうなの」

「さあね。めんどうなことはやらないし」

「ザ・無個性っしょ」

「面白みの無い男だな、おまえは」

 こんどは平孫と文香で純を責める。

「……キミらが濃すぎるだけだっての」

 純はため息をつく。

「話をもどすけど、不動、キミにいいことをおしえてあげるよ」

「なんだよ」

「こんな話を聞いたことがある。告白するなら出会ってから三ヶ月以内にしとけ」

「なにそれ。なんでなんで?」

 文香が不思議そうに首をひねった。

「長く一緒にいると、いまの関係が居心地よくなって、それを壊したくなくなるんだ。つまりはいままで友だち同士だったのに、いきなり告白されたりしても、友だちのままでいたいって思うわけだ。不動と羊坂も、そうなる可能性は十分あるよね」

 指摘され、平孫はドキリとする。

「……なんか、急に焦ってきた」

「でもジュンジュン。三ヶ月ってまだまだ時間あるよ?」

「知ってる。僕が言いたいのは、行くべきときに行くってことだ。いまの不動の様子じゃ現状に満足して、その先にいかなそうだからな。それにいま、流れができている。イメージチェンジに成功し、さらには羊坂と和解した。この流れにのって、どんどん二人の距離をちぢめる。というわけで、三日後の休日に羊坂を遊びにさそう」

「ま、マジか? 急すぎないか?」

「流れにのれといったばかりだろ」

 純はうなじをさする。

「不動と羊坂は、まだ学校で話すだけの関係だ。だから休日に遊んでさらに仲を深める。そのために、羊坂を明日遊びにさそう。さそうのは中村がやってくれ」

「あいさ。お任せあれ」

「場所は……水族館あたりが無難だな」

 純は言って、ウーロン茶をストローですすった。

「マジか……休日に、羊坂さんと、か……」

「平孫ちゃん恐いの?」

「ちょっと。でもそれ以上に楽しみっていうか……ありがとうな、純」

 純が目を丸くした。

「は? いきなりなに」

「いやさ、ほんとうはイメチェンのコーチをやってもらうだけのつもりだったんだけど、それ以外にもたくさんやってもらってさ。もう、なんか、すげえ感謝って感じだわ」

「平孫ちゃん。ウチは?」

「もちろん文香も」

「でしょー?」

 フフンと文香は鼻高々になる。

「とにかく、おまえらマジでありがとう」

 平孫は純と文香に頭をさげる。

「……はいはい」

 純は気だるげにそういって、ほおづえをつき、顔を窓のほうにむけた。

 文香が純の横顔を指さす。

「あ、ジュンジュンちょっとうれしそうじゃん」

 とたんに純は憮然とした顔になり、ウーロン茶をコップに口をつけて一気に飲んでから、空になったそれを平孫にむかって差しだした。

「不動。ドリンクバーでジュース入れてきて」

「あ? 俺に八つ当たりすんなよ。ったくしょうがねえな。きょうだけだぞ」

 平孫はコップをうけとり、ドリンクバーのほうに行った。

 すると純が、

「中村。ちょっと耳貸せ」

「なに?」

「水族館の話だけどな――」

と、文香に耳打ちをしはじめた。


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