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第三章-1

  第三章


 愛真高校の敷地内には、北校舎と南校舎の二つがある。

 北校舎には教室や職員室があり、南校舎はパソコン室や美術室や理科実験室、それに部活動の部室などがあった。その部室だが、すべての部室がつかわれているわけではなく、中には廃部になってそのまま放置され空き部屋と化している部室もあった。

その中の一つ――旧文芸部の部室だった空き部屋に、やよいはいた。

部屋の中央にはテーブルがあり、彼女は椅子にすわって、持参した弁当箱をテーブルの上に広げていた。さまざまなおかずが入っているそれを、箸をつかって食している。

「……おいしい」

小さくつぶやいた言葉が、やけにひびいた。

北校舎にくらべて南校舎は人の出入りが少なく、昼休みはほとんどの人が食堂や教室で食事をとっているので、とても静かだった。

次のおかずをつかもうとして、やよいの箸がとまった。

――なんでわたしはここにいるんだろう。

やよいは、好きで一人で昼食を食べているのではなかった。

一週間前は、クラスメートの女子たちといっしょに教室で食べていた。しかし彼女たちの輪にうまくとけこむことができなくて申し訳なくなり、いっしょに食べなくなってしまった。それから一人で食べるようになったのだが、教室にいるとさそわれるし、それをことわるといやな気分になってしまうので、一人で食べられる場所をさがすことにした。

そして、ここを見つけたのだが。

「……はあ」

 ため息をつく。こうなったのは、いつまでも人見知りを直せずにいる自分のせいだとわかっていた。でも、なかなか直せなかった。

このままでは、どうしようもなくなる。

――いまは休み時間になると、文香がしゃべりかけてきてくれるが、それもいつまでつづくかわからない。そのうちあきられて、しゃべりかけられなくなり、休み時間すらも一人の時間になってしまったら。一人で教室の椅子にすわってずっと――

 と、想像力が暴走しはじめたときだった。

 廊下のほうから足音がした。静かなのでよくひびいていた。

耳をすませてみると、足音はこちらに近づいてきて、部屋の前あたりでとまった。

部屋のとびらが開く。文香が立っていた。

「やっほー」

 文香が手を振ってくる。

「ふ、文香さん。どうして?」

 とまどうやよい。すると文香がうしろ手にまわしていた右手を、前にかかげた。その手には、風呂敷につつまれたお弁当があった。

「いっしょにご飯を食べたいんだけど。いい?」

「え、あ、でも……教室のみんなは?」

 文香は、やよいを昼食にさそってくれていたグループのメンバーである。いまここにいるということは、そのグループを抜けて、こちらにやってきてくれているということだ。彼女のことだから、やよいのことを気にかけて、こうしてやってきてくれたのだろう。

 ひどく申し訳ない気持ちになると、

「ウチはやよいっちとご飯が食べたいの。――ダメ?」

「ダメじゃないです!」

 うれしさをこらえようとして、しかしこらえきれずにやよいは立ちあがっていた。

 文香は笑顔で入室し、立ちあがったやよいの肩をつかんですわらせ、近くに放置されていた椅子をひっぱってきて、やよいのとなりに腰かけた。

「よかった。ことわられなくて」

「こ、ことわるわけ、ないですよ」

「ほんとう? 最近さそってもこなくなったし、かと思ったらこんなところで一人で食べてるもんだからさ、実はずっと一人で食べたかったのかと思ってたんだけど」

「そ、それは……わたし、あんまりしゃべらないしその、お、おもしろいこともいえないので、いっしょにいたら、みなさんの迷惑になるかもってその、思って」

「気にしすぎだって、やよいっち。もっと気楽に行こうよ」

 そういって、文香はやよいの鼻先を指でくすぐった。かゆさのあまりやよいがもだえると、文香は笑った。そんな彼女の横顔を見ながら、やよいは言った。

「文香さんは、ど、どうしてわたしにそんなに、よくしてくれるんですか?」

「好きだから」

 直球すぎて、やよいはうろたえてしまう。

「す、すす」

「やよいっちかわいいしさ。いっしょにいてほんわかするし」

「あう」

「そうやって照れるところがいいのよ。うんうん」

 文香に頭をなでられて、やよいはほほを赤くする。

「それにわかるんだよね、やよいっちの気持ち。ウチもひっこしてきたばかりの時は、もうぜんぜん周りとなじめなくて。だから一人になるときもよくあったのよ」

「ふ、文香さんが、ですか?」

 色んな人と仲良くしているいまの彼女からは、想像のできない過去だった。

「うん。ウチって昔はおとなしかったんだよ」

「じゃあその、どうやっていまのようになれたんですか?」

「色んなことがあったけど、やっぱりきっかけは平孫ちゃんかな。となりに住んでいたってこともあってさ、よく話しかけてくれたんだよね。で、打ち解けていくうちに他の人ともしゃべれるようになって、そしたらウチも明るくなって、いまに至るって感じ」

「不動さん、が」

「だからまあ、ウチもやよいっちのそんな感じの存在になれたらいいな、なんて思ってるんだよね。いや、というかふつうに仲良くしたい。こざかしい理由とか一切ぬきでね!」

 彼女の言葉のセンスに、やよいはクスッとほほえんだ。

 すると文香は椅子にすわりなおし、こちらにまっすぐな視線をむけてきた。

「それでね、やよいっち。実はウチ以外にもやよいっちといっしょにご飯を食べたいと言ってる人がいるんだよね」

「そ、そうなんですか。わたしの、知っている人?」

「うん。おなじクラスの人。二人いるんだけど紹介してもいい?」

 正直なところ、文香以外の人と仲良くなれる気がしなかったが、しかしこれはチャンスだと思った。もう一人のご飯はいやだし、これを機に人見知りを直すことができれば。

 そう思って、やよいはセーラー服のすそをぎゅっとにぎりながら言った。

「よ、よろしくおねがいし、ます」

「はいはい。ではよばせていただきますよー」

 文香は口に手をそえて、部屋の入り口にむかって叫んだ。

「おーい、兄貴! 兄貴!」

 とびらの陰から出てきたのは――大栗純だった。

 意外すぎる人の登場に、やよいはぽかーんと口を開けてしまう。

 すると純は気だるそうに、

「中村。ちょっと」

 と、文香を手招きした。小首をかしげて文香は彼のそばに行く。純が文香に耳打ちをした。見る見るうちに文香の表情が変わっていき、最後には深いため息をついた。

「やよいっち、ちょっと席はずすね。すぐもどるからさ」

 言って文香は部屋から出て行った。

 あとに残されたやよいがどうしたいいかわからずにいると、純が入室してきた。彼はやよいの右斜め前にすわり、手にもっていたビニール袋をテーブルの上においた。

「……よろしく」

 純は眠そうな声で言った。

 やよいはあわてて頭をさげる。

「よ、よおしくおねがします」

 そしてやよいは頭をたれながら、早く文香に帰ってきてほしいと思った。


          ※


 北校舎二階の男子トイレの奥の個室で、平孫は洋式便座に腰かけて、考える人のようなポーズでかたまっていた。その体勢で、じーっとトイレの壁をながめていると、

「なにしてんの」

 頭上から声が降ってきた。見あげると、文香が個室の上の空間からこちらを見おろしていた。おそらくドアのノブに足を乗せているのだろう。

「……ああ、おまえか」

 男子トイレに文香がいることにつっこまずに、そういって平孫はまたポージング。

「ジュンジュンから聞いてきてみたら、ほんとなにしてんの」

「……ビビってるんだよ」

「また泣かれるんじゃないかって?」

「おう」

 文香がめんどうそうに頭をかいた。

「正直どうなるかわからないけど、でも行くならいましかないっしょ」

「…………だよ、な」

「平孫ちゃんは変わった。前とはちがうの」

「……だよな」

「わかったらさっさと行くよ」

 文香の姿が消えた。ドアノブから降りたのだろう。

「だよな」

平孫は個室のドアを開け、外で待っていた文香といっしょにいちど教室にもどり、通学鞄からメロンパンと緑茶のペットボトルが入ったビニール袋をとりだす。

そしてそれを手に、文香といっしょに南校舎にむかった。

 部室の前につくと、とびらは開いており、中がのぞけた。テーブルをはさんですわる純とやよいの姿があった。純はテーブルにひじをついて窓のほうを見ていて、やよいはすわってうつむいていた。互いにテーブルの上の昼食には手をつけていない。

「おまたせ」

 文香が声をかけると、二人がこちらをむいた。

 純が眠そうな目をむけてくる。やよいのほうは文香を見て表情を明るくした、と思ったら、そのうしろに立つ平孫の姿をとらえた瞬間にフリーズした。

 招かれざる客の気分になり、平孫はやよいの視界から消えてしまおうと、文香の背中にかくれようした。だがその長身が、文香の身体におさまりきるはずもなく。

 文香が頭だけふりかえって言った。

「なにかくれてんの」

「だ、だってさ」

「いいから、あいさつをしなさい」

 文香にしかられ、平孫はおずおずと一歩前に出て、

「不動平孫です。どうも」

 やよいにむかって今更な自己紹介した。

「ひっ」

 やよいが短い悲鳴をあげて、椅子にすわったまま、わずかに身をひいた。

 胸をえぐられるような感覚に、さっそく帰りたくなった平孫。しかし帰るわけにもいかず、文香とそろって入室し、文香はやよいのとなり、平孫は純のとなりにすわった。

「それじゃ四人そろったところで、さっそくご飯を食べよっか。みなさん手をあわせて」

 文香の号令にしたがって、四人は手をあわせて、

「いただきます」

 と、文香と純が言った。

平孫とやよいは、口はうごいていたが、声が出ていなかった。

それから平孫は、ビニール袋からパンとペットボトルをだし、テーブルの上におく。やよいのほうを見ると、彼女はテーブルの上においてあった食べかけの弁当を再び食べはじめた。文香と純もそれぞれの弁当を食べはじめ、静かなランチタイムがはじまった。

 ぱくぱくと、会話もなく食事がつづく。

 まるで真剣勝負を行っているような、謎の緊張感があった。

 最初にそれを破ったのは、文香だった。

「やよいっちの弁当って、めっちゃうまそうなんだけど。なんかもらってもいい?」

「は、はい」

「じゃあ卵焼きをひとつ」

 やよいの弁当箱からだし巻き卵を一つはいしゃくし、文香はそれを自分の口に入れた。

 ――うらやましいな。

平孫が思ったとき、文香の目がかがやいた。

「うまっ! これメチャウマ! プロがつくったのこれ?」

「わ、わたしが、つくりました」

やよいがほほを赤らめてちいさく挙手をした。

 平孫は思わず拍手を送りそうになったが、なんとかこらえることができた。

「羊坂、料理できるんだ」

「む、昔から、ちょくちょく作っていたので」

 純の問いに、やよいははずかしそうにつぶやいた。

「対する平孫ちゃんは」

 と、文香がこちらを見て、やれやれと肩をすくめた。

「いやー、ザ・現代っ子って感じね」

「わるいかよ」

 平孫はメロンパンをかじってから、

「純だって似たようなもんだろ」

 と、一個しかもってきていないあんぱんを食べる純に話を振った。

「僕は小食だからこれでいいの。でも不動はそれだけじゃ身体もたないんじゃない?」

「そうだよ。パンと緑茶だけじゃ、栄養がかたよって筋肉がおちちゃうよ?」

 微妙にズレた心配をする文香にむかって、平孫はあきれまじりに言った。

「だったら毎日、俺のために肉弁当でもつくってくれよ」

 すると文香が手をたたいた。

「やよいっちに作ってもらったいいじゃん。料理うまいんだし!」

 きらきらとした目を、文香はやよいにむける。冗談で言ったのか、はたまた本気で言ったのかわからないが、ともかくやよいは文香の言葉を真に受けたらしく、

「……あ、え」

 と、言葉をにごした。

変な間が生まれ、場の空気が冷えてしまった。

すると文香が、

「な、なんちゃってね! てへぇー」

 おどけたが、しかし笑う人はだれもいなかった。


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