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第二章-4

 愛真高校から歩いて一〇分の距離に、ファミリーレストラン・ワンダフルはあった。

幅広いメニューの大半が五百円以下で、深夜や朝方にも営業していることをウリにした店で、全国に五十以上のチェーン店があるほどの人気店である。

 その禁煙席の奥のほうにある、最大で六人まですわれるテーブル席に、平孫たち三人はいた。

平孫は文香といっしょに壁を背にすわり、むかい側には純がすわっていた。

「――まあ、そういうわけなんだよ」

 昨日あったことを話しおえた平孫は、皿にのったフライドポテトの一つを口に運んだ。

 純はコップに入ったウーロン茶をストローですすり、それから言った。

「大体わかった」

 昼休みの一件のあと、純が現状をくわしく知りたいと言ってきたので、放課後に三人であつまることになった。話すだけなら学校でもよかったのだが、文香がファミレスにしようといったのだ。『そっちのほうが青春っぽいっしょ』という理由で。

「服はまだしも、動物とかナンパとか、目的はあってるのに手段がズレてるよね」

 純が感想をもらすと、バツがわるそうに文香が頭をかいた。

「いやー、ウチじゃそれが限界なんすよねー。だからジュンジュン、期待してるよ?」

「……ジュンジュンはやめて」

「オッケー、ジュンジュン」

「……まあ、どうでもいいけど。じゃあさっそく、不動がやることをまとめよう」

「はい先生」

平孫は姿勢を正す。

「はい教官」

文香が敬礼する。

純はテーブルにひじをつけ、身体をやや前のめりにする。

「まず、見た目を変える」

「オシャレなら昨日やったぞ」

「人からキモイって言われるような格好で、オシャレってことはないと思うけど」

 純の正論に、平孫は昨日のことを思いだしてちょっとへこむ。

「流行りもので身をかためたんだよね?」

「おう」

「流行りものを着とけば、とりあえずまちがいないかなって思ったんよー」

文香の言葉を、純はまちがいだと一刀両断する。

「流行りものを着ても、自分にあっていなきゃなんの意味もない。オシャレにおいて正解なのは、自分にあっているかどうか。そこだけだよ」

「じゃあ、ずっとジャージを貫いているウチは正解ってこと?」

「いくら似合っていても服自体がダサけりゃ意味ない」

「ジャージうごきやすいのに、バカにされたプー」文香がくちびるをとがらせる。

「俺に似合う服ってなんだろうな」

平孫はあごに手をそえて考えてみるが、思いうかぶのは短ランやらスカジャンやら、そういったいかつい衣装ばかりだった。

すると純が言った。

「それは店に行って試着してきめたほうがいいだろうけど……そうだな。不動は顔が濃いし、身体もでかいから、草食系系統みたいな服は似合わないだろうね」

「あ? なんだよそれ。草を食ったらモテるのか?」

「ちがうよ平孫ちゃん。シマウマみたいな服装ってことっしょ」

「そうなのか?」

「うそだよ」

 さらりとうそをついた文香に、平孫はデコピンを一発かましておく。

「いったーい」

「だましやがって」

 そんな二人のやりとりをながめていた純が、

「……不動。キミさ、テレビとか本とかあんまりみないタイプ?」

「漫画は読むぞ。あ、でも燃やしたからもう読んでねえな」

「燃やした?」

「平孫ちゃんね、不良やめるために大好きな不良漫画を燃やしたんだよー」

「短ランとかも全部すてたぜ。泣きそうだったけどな」

「……ああ、さっき言ってたね、そんなこと」

 純はどうでもよさそうにつぶやく。

「まあいい。とにかく、不動のやること二つ目は、もっと世間を知るってことかな。インターネットとか色んな本を読んで、たくさんの情報を身につけるんだ。そうすれば話のタネが増えるから、話すときにこまらないし、バカよりは博識なほうが女ウケはいい」

「ウチは頭より筋肉かなー」

「聞いてない」

 純は冷たくそう言い放ってから、

「あとはもっと愛想をよくしたほうがいい」

 と、平孫の鼻先に人さし指をつきつけた。

「愛想?」

「愛想がわるいと、どんなやつでも恐く見えるんだ。とりあえずその眉間のしわとか、目力をなんとかしようよ。ためしにほら、顔の力をぬいてみて」

 言われて平孫は、深呼吸をして顔の緊張を解いてみた。

 純が言った。

「お世辞にもかっこいいとは言えないけど、さっきよりはぜんぜん恐くないよ」

「ほんとうだ……。平孫ちゃん、なんかぜんぜんちがうよ」

 そういって、文香がスマートフォンで平孫の顔を撮り、こちらに見せてきた。

写真の平孫は、眉間のしわがなくなっており、眼光の鋭さも和らいでいた。普段の強面からはとても想像できないほどゆるく、おだやかな顔である。しかし写真にうつっているその顔こそが、平孫の本来の顔なのだ。そして普段の強面は、伊達ミキオの真似をするに当たって必死に練習して習得した、いわば作り物の顔なのだった。

いまのいままで自分のほんとうの顔をわすれていたことに、平孫はかるい衝撃を受け、同時によろこびを感じた。この顔ならきっと、やよいも恐がらないだろう。

「イケる、イケるぜ」

 そういった瞬間、文香が残念そうな声をもらした。

「あぁ……」

「どうした?」

「顔、もとにもどっちゃった」

 顔に力が入ったせいで、またいつもの強面にもどったのだ。それはさながら、形状記憶合金のようだった。

「くっ……」

 悔しさから平孫が拳をにぎると、純から冷静な言葉がかけられる。

「そう悔しがらなくていいよ。どうにかなるってわかったんだし」

「あ、それもそうか」

 平孫は納得し、また元気をとりもどした。

「平孫ちゃんは単純だねー。そこがいいところなんだけどね」

「おう。任せとけ」

 うんうんと文香はうなずき、そして手元のスマートフォンに視線をおとす。

「しかし、顔が変わるだけでずいぶんと雰囲気も変わるんだね」

「ほんとだな」

「不動。明日からできるだけ恐い顔をしないように、鏡の前で練習なりなんなりすることだね。そうして自分のほんとうの顔をとりもどしたら、きっと恐くなくなる」

 そういって純はストローをすすり、ウーロン茶をゆっくり飲む。

「あー、やべえ。超やる気でてきたぞ。めっちゃやってやるわ、マジで」

「気負うなよ、不動。余裕をもったほうが女ウケはいいよ」

「おう」

 こうして大栗純の指導の下、平孫はあらためてイメチェンをすることに。

 そして、時間はあっという間にすぎていき――

 一週間の時が経った。


          ※


 教室に入ったやよいは、顔をうつむけたままそそくさと自分の席にすわり、通学鞄の中身を引き出しに入れ、空になった鞄を机横のフックにひっかけた。

 そして、机に突っ伏して寝ることにした。うそだ。ほんとうは、寝るふりをすることにした。目をつぶっていると、クラスメートたちの楽しそうな声が聞こえてくる。

 色んな内容の話が教室中を飛び交っていて、やよいにもわかる話題がいくつもあった。しかし彼女がその話題に食いつくことはない。いや、食いつけなかった。

 転校してきてから、一週間とちょっと経つが、やよいはまだクラスになじめずにいた。

最初はたくさんの人がしゃべりかけてきてくれたが、それは転校生というものめずらしさからであって、すでに大半のクラスメートが興味を失ったいま、やよいに話しかけてくる人は確実にすくなくなっていた。その少数も、いつかは話しかけなくなるだろう。

 気の利いたことが言えず、さらには相手と目をあわせてしゃべることができない。

 そんな人と、だれがしゃべりたいというのだろう。

 そんなことを、考えていたときだった。

 だれかに頭をなでられた。

「ふぇ?」

 やよいが顔をあげると、机の前に文香が立っていた。

 話しかけてくれる、数少ないうちの一人だ。

「おはようございます、やよいっち軍曹」

 文香に敬礼されたやよいは、いきなりのことに目をしばたき、

「え、お、おはようございます」

 と、ふつうにあいさつを返して、すぐにノリのわるい自分に嫌気が差してしまう。

「やよいっち寝不足なの?」

「い、いえ。そんなことは、ないです」

「あ、わかった。あれっしょ? 寝る子は育つっていうから、寝ておっぱい大きくしたいんでしょ? わかるよー、ウチも一時期牛乳を飲みまくっててさ、絶対大きくなるわこれとか思ってたもん。でもね、それやったら腹を壊しちゃってさ、意図せずしてダイエットしちゃって。だからやよいっちも気をつけるんだよ? 寝すぎて腹を壊さないようにね」

 論理が破綻している気がしたが、

「そ、そうですね。き、気をつけます」

 と、やよいはうなずいた。

内心でツッコミすらまともに入れられない自分自身に対してため息をついたとき、

「おはよう、純!」

 聞き覚えのある大きな声が、教室にひびいた。

 やよいは身体をびくっとさせ、そしてそちらを見て――目をしばたいた。

 彼女の視線の先には、不動平孫がいた。

しかし昨日までとちがって髪の毛が短くなっており、身体の大きさと相まって、まるでバスケットボールかバレーボールの選手のように見えた。

彼は、先ほどのやよいとおなじように机に突っ伏している大栗純の肩をゆさぶった。

「おい、おきろよ、純」

「……ん?」

 純が顔をあげる。普段から眠たそうなのに、さらに眠そうな顔をしていた。

 そんな彼に見せつけるように、平孫は短くなった自分の髪の毛先を指でひっぱる。

「この髪型さ、親に評判よかったぜ。さわやかでいいって言われたんだよ」

「あっそう」

「いやー、おまえに美容院につきあってもらって正解だったぜ」

「はいはい。……おやすみ」

「おい、待てよ」

「なんだよ……。朝くらい自由にさせてよ」

「まあまあ話を聞けって。昨日おまえに借りた雑誌あったろ? あれさ――」

「仲いいでしょ、あの二人」

 二人のやりとりをながめていたら、文香にそう言われた。

「あ、はい」

やよいは文香のほうをむき、こくりとうなずく。

 やよいが知っている限り、前は平孫も純も一人でいる時のほうが多かった。しかしここ最近は、あのようにいっしょにいることが多い。

その意外な組みあわせは、やよいだけでなく、クラス中が気になっているようで、いまも二人のやりとりをめずらしそうにながめるクラスメートたちが何人もいた。

「な、なにかあったんですかね」

 やよいが言うと、文香が声をひそめておしえてくれる。

「実はジュンジュンがね、平孫ちゃんのイメチェンを手伝ってるんだよ」

 どおりで、髪型とかの話をしているわけだ。

「おかげで平孫ちゃんもだいぶ不良っぽくなくなってきたと思わん?」

「……そ、そうですね」

 それはやよいも思っていたことだった。

前の平孫は、外見から言葉づかいまでふくめて、なにかと攻撃的だった。

しかし最近の彼は、物腰がやわらかくなっている気がする。上品というほどではないのだが、それでも前にくらべて、とっつきやすさがあった。しかも表情がゆたかになっていて、眉間にしわがなく、獣のような目力も和らいでいて、強面ではなくなっていた。

「それにほら。これとか」

 言って文香がとりだしたスマフォの画面に、私服姿の平孫がうつっていた。どんなものかと思ったら、上は黒のポロシャツで、下はダメージジーンズという組みあわせだった。

派手さがなく質素なファッションだったが、よく似合っていた。

「ま、前はこんな感じじゃなかったんですか?」

「うん。スカジャンとかドクロの服とか着てたよ」

「ぜ、ぜんぜんちがいますね」

「イメージチェンジをしているわけですからな」

「……すごいなぁ」

 自然と口からそんな言葉がもれて、やよいはうつむいてしまう。

「ねえねえ、やよいっち」

 と、そこで文香に肩をたたかれて、やよいは顔をあげた。

「は、はい?」

「こうやって平孫ちゃんはイメチェンしたわけだけど、どうかな?」

「ど、どうって?」

「恐くない?」

「……前にくらべたら」

「じゃあ仲良くできそう?」

 やよいは、純にしゃべりかける平孫の横顔をちらりと見て、

「そ、それは、わかんないです……」

 と、つぶやくように言った。


          ※


「……マジで?」

 平孫は、文香と純の三人でワンダフルの禁煙席のテーブル席にすわっていた。席順は前とおなじで、文香がとなりで、純がむかい側だ。

はじめてワンダフルにきて以来、三人は放課後になったら作戦会議と称してここに集まるようになっていた。そしてきょうもまたその作戦会議をしていたのだが――

「マジのマジなのか?」

 文香の言ったことが信じられなくて、平孫は彼女に顔をよせる。

「近いって」

 文香は平孫の顔を手で押しもどし、

「マジだよ。まったく恐くないって感じじゃなかったけど、でも前よりは大丈夫になったって言ってたし。イメージチェンジ作戦は成功って感じ」

 文香の言葉を、平孫は胸のうちでかみしめる。

 ついに、という気持ちだった。ついにこのときがやってきたのだ。

 平孫はソファの背もたれによりかかり、店の壁に後頭部をつけた。

「一時期は絶対に無理だと思った。思ってたんだ。でも……」

「ここまできたんだよ、平孫ちゃん」

「――っしゃあ!」

 平孫は立ちあがってガッツポーズをした。

「やったね。平孫ちゃん!」

 なぜか文香も立ちあがり、そして平孫の手をとった。

 二人は手をつなぎ、互いの顔を見あわせてうなずいた。

「やったぞ、文香!」

「うん!」

 大声をだしているせいで、周囲の客たちから注目をあび、店員から迷惑そうな目をむけられたが、いまの平孫には気にならなかった。

「ダメだ」

 そのときだった。純がそう言ったのは。

「え?」

 平孫はきょとんとした顔で、純のほうを見る。文香も似たような表情だった。

「とりあえず、すわって」

言われたとおり平孫は、文香といっしょにソファに腰かけた。

「たしかに羊坂のキミへの印象は変わりつつあるみたいだ。けど、羊坂の恋人になりたいっていうのなら、まだまだやることはいっぱいある。よろこぶのはそれからじゃない?」

「そう……だな」

 冷静な純の問いかけに、平孫はゆっくりとうなずいた。

 そこで、二人のやり取りをながめていた文香がヘラヘラと笑った。

「ジュンジュンはかたいなー」

「キミがフランクすぎるんだよ」

 と、純は平孫の目を見る。

「不動。これからキミは羊坂とどうやって仲良くなるつもり?」

「そうだな……。イメチェンは成功したし、話しかける、かな」

「そうだね。コミュニケーションは仲良くなる上でもっとも大事なことだ。そこで中村」

「ん? なに」

「羊坂と不動が自然としゃべれるような場をセッティングしてくれないか。ただし二人きりじゃなく、僕とキミもふくめた四人でしゃべれるような環境でたのむ。中村がいたほうが、あっちも警戒しないだろうし、それに不動一人じゃまだ無理だと思うからね」

「そんなことないぞ?」

 平孫が言うと、

「そんなことあるよ」

 純が言い返した。

 その間、文香は目をつぶってうなり――ひらめいたのか、目を開けた。

「一つ思いついたでござる」


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