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第二章-1

 第二章


 女子トイレの一番奥の個室の中で、やよいは洋式便座にちょこんと腰かけていた。背を丸めてすわる彼女の姿は、まるでぬいぐるみのようで、実に愛らしかった。

 だが仕草に反して、その表情は苦々しい。

 やよいは、

――愛真高校に転校してきてまだ三日なのに、さっそくつまずいてしまった。昨日、おなじクラスの不良に目をつけられてしまった。自分のおどおどした態度が気に入らなかったんだろう。あのときは恐くなってにげて、おまけに泣いてしまった。きっと、あの不良は怒っている。怒っていないわけがない。怒り心頭で、恨んでいるはずだ。教室に行ったとたんに怒鳴られるかも。いや、もしかしたらなぐられてしまうかも。下手したら――

 と、ネガティブな方向にはたらく想像力をとめることができずに、こうして学校にやってきたものの、教室に行くことができずにトイレにひきこもっているのだった。

「あぅ」

やよいは肩をおとす。肩にひっかけたひもがズレて通学鞄がゆれる。

――現在の状況がつらかった。しかしそれ以上に、自分の心の弱さがつらかった。自分がしっかりしていれば、こんなことにはならなかった。転校をきっかけにこの極度な人見知りが直ればいいなと思っていたが、自己紹介のところでつまずいたばかりに――

「――ダメ。ダメダメ」

ふたたびダメな方向に走りだそうとした想像力を、頭を振っておいだし、立ちあがる。

「行こう。わたし」

 自分をはげました彼女は個室を出て、教室の前まで移動し、とびらの陰からそっと教室の中をのぞく。雑談するクラスメートたちの中に、例の不良の姿は見当たらなかった。

 やよいはほっと胸をなでおろし――

「ひゃ!」

 突然、脇をつっつかれたおどろきから、反射的に身体がはねた。

ふりむくと、セーラー服の上に若草色のジャージをはおり、人なつっこい笑顔をうかべるボブカットの女の子がいた。クラスメートの中村文香。よく話しかけてきてくれるやさしい人で、クラスで唯一やよいのことをあだ名でよんでくれる人でもある。

「なにしてんの? やよいっち」

「あ、えっと、その……」

 理由が理由だけにやよいが答えあぐねていると、

「あー、平孫ちゃんにビビり系女子なのね」

 文香に見ぬかれた。

 その名前を聞いたとき、やよいの身体がまたはねた。

不動平孫。

それがやよいに目をつけた不良の名前だと、昨日クラスメートから聞かされていた。

「あんなことがあったらしょうがないっしょ」

「あぅ」

 意味を成さない声をもらすと、文香に肩をだかれた。

「とりあえず教室に入らない?」

 やよいは文香といっしょに教室に入り、あいさつをしてくるクラスメートたちにぎこちなくあいさつを返しつつ、なんとか自分の席までたどりつくことができた。

すると文香が、まるで執事のようにやよいの席の椅子をそっとひく。

「到着でございます、やよいお嬢さま」

「あ、ありがとうございます、中村さん」

 文香の冗談に、やよいは頭をさげながら着席した。

文香が前のほうにまわりこんできて、やよいの机に両ひじをついて言う。

「文香でいいよ。ウチもやよいっちってよんでるし」

 これは仲良くなるチャンスだと思ったやよいは、

「じゃ、じゃあ文香――さん」

 と、自分の殻を破れずにチャンスを棒に振るってしまう。

 自己嫌悪のあまり泣きたくなるが、

「ま、好きに呼んでちょうだいな」

 文香は気にしていないようだった。

 やよいは文香の器の大きさに感謝し、

「あの、文香さんって、ふ、不動さんと仲がいいんですか?」

 不動と発するのに苦労しつつ質問をした。

「平孫ちゃん? うん。幼なじみだし」

「その、恐くないんですか? だって、不良さんなんですよね?」

「別にー。もうなれたし。まー初対面の人からしたら、恐くみえちゃうかもね。あの顔とか特に。完全にチンピラゴボウだからね。おまけに身体は超デケーのね。でもけっこうきたえていてさ、いい筋肉してんだよね。腹筋とかマジ激カタマシマシだかんね!」

 と、鼻息をあらくしていた文香だったが、急に声のトーンをおとして肩をすくめた。

「けどそのくせメンタルは弱チンでさ、昨日なんか――」

 そこでビデオの一時停止のように文香の動きがとまり、それからすぐに、

「――まあとにかく、やよいっちが思っているほど平孫ちゃんは恐い人じゃないよ」

 と、つづけた。なんだか無理やり話をそらしたようだが、やよいは聞きなおすことはしなかった。きっとなにか言えない事情があるのだ。やぶ蛇をつっつく必要はない。

 文香が教室のとびらのほうに顔をむけた。

「お、うわさをすれば平孫ちゃんだ」

やよいの身体が勝手に反応して、椅子がガタンっと音を立ててしまう。

ついにくるべきときが、やってきたようだ。できるだけ彼の視界に入らないように、そして自分の視界に入れないように、やよいは背中を丸めて息を殺した。

文香に肩をたたかれた。見ると、彼女は平孫の席がある方向をゆびさしている。

「やよいっち見てみなよ。平孫ちゃん、ちょっとおもしろいことになってるよ」

 ――おもしろいこと?

 ――恐いけど、でも、ちょっと見てみたい。

つばを飲み、やよいはおそるおそる平孫のほうを見て、ちいさく「あ」と声をもらす。

 椅子にすわって自分の肩をもんでいる平孫は、短ランではなく、普通の学ランをボタン全開で着ていた。そして髪もリーゼントではなく、後頭部に集めてゴムでくくっている。

 昨日のような、いかにもなファッションじゃなくなっていた。

クラスメートたちも目を点にしていることから、彼の変身は予想外のことなのだろう。

「平孫ちゃんね、不良やめたんだ」

 やよいは文香の横顔に視線をうつす。

「で、イメージチェンジしようと思って、あんな感じになったみたい」

 やよいはもういちど、着席する平孫を見てみる。

 たしかにリーゼントと短ランではなくなったが、正直なところ、不良をやめたようには見えなかった。あの、強面のせいで。

それ以上見ていられなくて、やよいは彼から視線をずらし、そしてうつむく。

「どうしたの?」

「い、いえ……その、やっぱりその、恐いなって」

「見た目の話?」

「は、はい」

そういって、やよいは上目づかいで文香を見る。

「……あの、どうして不良をやめたんですか?」

 もしかして自分になにか関係があるのでは、と思って聞いた。

 文香は笑って平孫をゆびさす。

「本人に聞いてみたら?」

 やよいはブンブンと黒髪を振りみだすほどに首を振る。

「む、無理ですよ……。昨日、失礼なことをしたからきっと、ふ、不動さんは怒っていると思いますし……わ、わたしのことを恨んでいると、思いますし」

 文香が苦笑いをうかべる。

「それはないよ。だって平孫ちゃんがイメチェンしようとしてるのって、やよいっちに恐がられたままじゃ仲良くなれないから、って思ったからなんだよ?」

「わ、わたしと、仲良く?」

 やよいは、やはり自分に関係があったと思う一方で、文香の言葉を完全に信用することができなかった。平孫が自分と仲良くしたい理由が、想像ができなかったから。

「ど、どうしてわたしと仲良くなんか……」

「それこそ本人に聞いてみたら?」

その質問に、やよいは「……む、無理です。恐いです」と答えた。


          ※


「ま、そんな感じですよ、平孫の旦那」

 愛真高校には、北校舎と南校舎をつなぐわたり廊下が階ごとに設置されている。その二階のわたり廊下で、平孫は床にしゃがみこみ、文香は手すりにもたれかかっていた。

 平孫は昨日文香に、自分の変わった姿を見てやよいがどのような反応をするかたしかめてほしいとお願いをしていて、いまちょうどその報告を受けおわったところだった。

 話しおえた文香の足元で、平孫はがっくりとうなだれた。

「俺、怒ってないし、恨んでもいないのに……」

「やよいっち、思ったとおりネガティブっぽいみたいだし、一応フォローはしたけどありゃ完全には信用してないだろうね。昨日のこともあるし、仕方ないっしょ」

「どうにかできねえかな」

「直接言えば? 怒ってないよーって。それきっかけで仲良くなれるかもだし」

「……無理だ」

 平孫は力なくつぶやいた。

「なんで? 昨日は告白しようとしたくせに」

 不思議そうな文香。

平孫は頭を強めにかいた。

「もし話しかけてまた泣かれたらって思ったらよ、どうも恐くて……」

「うわ、完全にトラウマですやーん」

 文香の言うとおりだった。昨日だって、寝る前にやよいの泣き顔がフラッシュバックして、夜中に一人でもだえ苦しんでいたのだった。

「そりゃなるよ。目の前で羊坂さんに泣かれてみろ。……つらくて死にたくなるぞ」

「……わかる気がする」

 自分が平孫の立場になった時を想像したのか、文香は表情をブルーにする。

「でもこのままじゃ、平孫ちゃんずっとやよいっちとしゃべれないっしょ。それどころか近づけもしないだろうし、そしたら恋人なんて夢のまた夢じゃん」

「俺だって近づきたいし、楽しくおしゃべりしたいけどさ……」

 彼女の泣き顔は、もう二度と見たくなかった。

 平孫がうつむいていると、立っていた文香がすわり、肩をならべてきた。

「だったらさ、一旦やよいっちのことは横においておこう」

「え?」

平孫は顔をあげる。

「平孫ちゃん、自信なくしてるっしょ?」

 文香の言葉が、胸につきささる。

羊坂やよいにフラれ、不良でもなくなったいま、平孫は自分のなにを信じていいのかわからなくなっていた。前はこんなときは伊達ミキオの真似をするなり、喧嘩班長を読むなりして切り抜けてきたが、それらは火にくべた。

そうすることで、なにもかもが変わると思って。

だが――

「だってよ、俺はあいかわらず羊坂さんに恐がられているし、誤解は解けてないし、昨日となにも変わってねえんだもん。そりゃ、自信もなくなるよ」

「平孫ちゃん。甘いよ、ミルフィーユより甘太郎だよ」

 文香が言った。

「ウチは、平孫ちゃんがどれほどの覚悟で髪型と服装を変えたかってことはわかるよ。つきあい長いし。でもやよいっちから見たらさ、ちょっと髪型と服装を変えただけにしかみえてないよ。やよいっちは喧嘩班長のことも、伊達ミキオのことも知らない。平孫ちゃんの人生のこと、なんも知らないんだよ? そこで考えてみてよ。平孫ちゃんがやよいっちの立場だったら、もうこの人は恐くなさそうだー、なんて思える?」

 ――思わない。

「ウチの言ってること、わかるっしょ?」

「……おう」

 平孫がうなずくと、文香が仕切りなおすように手をたたいた。

「よし。わかったならもっと外見とか内面を変えるの。大幅にイメチェンするのだ。そうやって説得力がませば、やよいっちも考えが変わるっしょ」

「つってもな……どういう風に変わればいいんだ?」

文香があごに手をそえて考えるそぶりを見せる。

「方向性か。ただふつうに変わるだけじゃダメだよね。やよいっちが受け入れてくれるように変わるわけだから……女ウケがいい方向に変わればいいんじゃない?」

「女ウケか……」

 だが、いままでろくに女の子と接してこなかった平孫に、女ウケの方法などわかるわけもなかった。どうしたもんかと頭を悩ませたとき――目の前に女がいることに気づく。

「なあ、文香」

 小首をかしげた文香にむかって、平孫は言った。

「俺のイメチェンの手伝いをしてくれねえか」

「ウチが?」

 平孫は顔の前で両手をあわせて、頭をさげる。

「俺じゃ女ウケなんてわからねえし、たのむよ」

「いいよ」

 文香はあっさりと承諾した。

「ほんとうか!」

「おもしろそうだし、平孫ちゃんがそういうなら。でも、期待はしないでよ?」

「わかってるって」

「よろしい。じゃあ――」



「――というわけでやってまいりました!」

 テレビレポーターのような言い回しをする文香の横で、平孫は前方を見あげる。

視線の先に、巨大なショッピングセンタービル『オゾン』が建っていた。

 オゾンは地下一階から六階まであり、フロアごとにさまざまな店をかまえている。

地下一階は食品関係、一階から三階まではファッション関係、四階はカルチャー関係、五階はアミューズメント関係、六階はアニマル関係、という風な具合に。

 そういった多様性に加えて駅前という好立地のおかげで、どの時間帯でも人の出入りがはげしく、客層も老人から小学生まで幅広かった。特にいまは平孫たちのような学校帰りの学生が多く、夕日にそめあげられたオゾン前の広場は、黄色い活気にあふれていた。

「いまのご気分はどうですか、平孫さん」

 マイクをにぎっているつもりで、文香が右手をこちらにむけてくる。

「正直、緊張している」

「なるほどー。ひねりのないコメントをありがとうございました。……いまのカットで」

「なんだよ、その小芝居」

 平孫はうなじをさする。

「で、ここでなにすんだ?」

「色々と考えた結果ですね、平孫ちゃんには、特訓をしてもらうことに決まりました」

「特訓?」

 ――山ごもりか? と、平孫が思っていると、文香が指を一本立てて言った。

「特訓その一。ここで服を買ってオシャレさんになってもらいます」

「クマと戦うわけじゃないんだな」

「おーっとここでそんな大ボケをかましてくるとは思わなかった。これには思わず中村文香も苦笑いだー」

 スポーツ実況者のようなノリで文香は言った。

「ちょ、ちょっとかんちがいしただけだろ」

 はずかしさから顔をそむける平孫。

「いやー、すごいね。やよいっちがおなじようなこと言ったら呼吸困難におちいるくらいにテンションあがりそうだけど、平孫ちゃんがやると鼻で笑う他ない」

「うるせえほっとけ!」

 平孫はますます顔を赤くして、話をそらすべく言った。

「で、でもよ。俺はオシャレのことなんてわからないぞ」

「わからないから、身につけるんさぁ」

 それもそうである。

「よし、それじゃ行こうか」

歩きだした文香に平孫もつづき、二人は入り口の回転ドアをまわして中に入った。

仕切りがなく広々とした一階には、宝石店やレディースファッション関係の店がならんでいて、すれちがう客は三十代から四十代の女性が多かった。天井は高く吹き抜けになっており、屋上に張られたガラスを通じてビル内に光が降り注いでいる。

二人はフロア中央のエスカレーターをのぼり、二階に移動した。

だだっ広かった一階とはちがって、二階からはフロア中央が吹き抜けになっているので床がドーナツのような形をしており、それぞれの店は壁ぞいに軒先をならべていた。

二階は、一階と同様にファッション関連の店がならんでいたが、どの店も若者向けの商品をとりそろえており、客層も中学生や高校生を中心としていた。

「よりどりみどりだね。どの店いこうか」

「俺にはよくわかんねえから、たのんだわ」

 そう言った平孫の鼻先に、文香が人さし指をつきつけた。

「平孫ちゃんをレベルアップさせるための特訓なのに、ウチ任せじゃ意味ないっしょ。それにウチの服装をよく見てみ?」

 両手を左右に広げる文香は、セーラー服の上に若草色のジャージをはおっていた。色気などまったくなく、田舎くささ全開だった。

「これに任せていいの?」

「……じゃあ、いっしょに選ぼう」

「ナイスアイディア。三人よれば文殊の知恵って言うしね」

「二人だけどな」

「三人いるよ。平孫ちゃんのうしろにふわふわういてるじゃん」

「恐いこと言うなよ」

「プロ・テインが」

「あいつかよ!」

 そんな霊はおことわりである。

「じゃあとりあえず、あそこの店で」

 文香があごをしゃくった先に、サマーズと看板に書かれた店があった。外から店内が丸見えで、内装は暖色系を基調としており、商品の服も派手な柄のものが多かった。

 二人は入店する。女性店員のやけにこびた「いらっしゃいませー」の声を聞きながら、ハンガーでレールにひっかけられたジャケットや、たたまれたTシャツなどを見てまわる。

「ジャージないねー」

「俺にジャージ着せる気かよ」

「うごきやすいんだよ? これ」

「ブレないおまえがうらやましいよ」

 そんなことをつぶやいてから、平孫は近くの棚に重ねられていたTシャツを一枚とる。シャツの色は赤く、胸のあたりにデフォルメされたゴリラの顔がえがかれていた。

 文香がそのTシャツを指さす。

「あ、それテレビで見たことあるよ」

「マジか」

「あと、町でもよく見かける。男の人がその服を着て歩いているの」

 へー、と平孫は何気なくハンガーにひっかけられた値札を見て、目をひんむいた。

「どうしたの?」

 横からのぞきこんできた文香も、表情をゆがめた。

「四九九八円……だと?」

「ウチちょっとゲロ吐きそう」

 まさかと思った平孫は、Tシャツを棚にもどし、店内を歩きまわって次々と商品の値段を確認していく。一着見るたびに血の気がひいていき、すべてを見おわったときは言葉もなかった。しかもおどろくべきことに、最初に手にとったTシャツが一番安かった。

あの、ゴリラのTシャツが。

 平孫は学ランの下に着たワイシャのボタンをはずし、その下に重ねていた『竜』の漢字が入ったTシャツをさらす。

「なあ文香。俺が着ているこのシャツはいくらだと思う?」

「さあ?」

「一九八〇円だ。こんなにかっこよくて、一九八〇円。それなのにあっちはよくわからんゴリラの絵で、四九九八円もするんだぜ」

「シャツ一枚で四九九八円は高いね。あと平孫ちゃんのシャツは別にかっこよくない」

 文香の批評は聞こえなかったことにして、平孫は店内をあらためて見まわす。

不良系の店で買う服の中にも高額商品はあったが、どれもかっこよかったので適正価格だと思えた。だがこの店にならんでいる高額商品はどれもかっこよいとは思えなかった。

だから余計に高く感じてしまうのだろう。

そのとき、二人の背後からすっと忍びよってくる影があった。気配に気づいた二人がふりむくと、女性店員がにこやかな笑みをうかべていた。

「なにかおさがしですかぁ?」

 すると文香がすかさず、

「店員さん、いま流行りの服ってありますか? あるならおしえてほしいんですけど」

「かしこまりました。少々おまちください」

 店員は二人のそばを離れる。

 平孫が文香のほうを見ると、

「流行りものを着てたら、なんとなくオシャレっぽいっしょ?」

「……一理ある」

「でしょ。なんといっても、流行っているわけだし」

 しばらくして、店員が両手に商品をかかえてもどってきた。

「この服とかどうですか?」

 店員がもってきたのは、先ほどのゴリラTシャツのピンク色と、メンズ用のスキニーパンツだった。どちらもいままで着たことのないタイプの服である。

 平孫はわたされた二着に、疑いのまなざしをむける。

「これっすか?」

「はぃ。みんな押さえているって感じですよぉ」

「平孫ちゃん。とりあえず着てみようよ」

「……だな」

平孫は二着を手に試着室に入り、着がえてからカーテンを開けた。

「なあ、これどうなんだ?」

ピンクのシャツもスキニーパンツも肌にぴっちりと張りつき、着心地がわるく、身体のラインがうかびあがっていた。個性をかんちがいしたアーティストのようだ。それもそのはず、サイズはあっていても、それらはもともと細身の人が着ることを想定して設計されたもので、筋肉質な彼の身体にあわないのは当然であった。

「お似合いですぅ、お客様ぁ」

 だが平孫の思わくとは逆に、店員は感激したような声をだす。

「え、これが?」

「はい。お客様のお身体の立派さが、手にとるようにわかって、すてきだと思います」

「文香。おまえはどう思う?」

「最高やん」

文香は鼻息をあらくして、サムズアップをした。筋肉大好きな彼女からしたら、この服装は最高なのだろう。

 平孫はダメだと思っているが、女性二人はいいと言う。いま着ているこの服は、いままで平孫が着ていたような服とはまったくの別物だ。さらに女性二人のウケもいいときた。

平孫にはファッションのことはよくわからないが、店員はその道のプロである。

「じゃあ、これで」

「お買い上げありがとうございます! では会計のほうへ」

と、店員がレジにゆうどうしようとしたところで、文香が提案してくる。

「平孫ちゃん。一着だけじゃ意味ないから、もっと買っていったら?」

「……それもそうだな」

「では、こちらなんかもどうでしょうか?」

 言って店員は次の商品を進めてきた。


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