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第四章-4

「キミが学校を休んだのは、羊坂に合わす顔がなかったから。そういうこと?」

純の問いに、平孫がすこしだけあごをひいた。

――まさかそんなことになってるとは。

さすがの純にも、予想外だった。

純は頭をかき、それからため息をついて言った。

「これから、どうするの?」

「これからって」

「あわす顔がないっていっても、学校には行かなきゃいけないし。嫌でも羊坂とは顔を合わせなきゃならない。ケリをつけなきゃいけないだろ」

「……」

「ひきこもりでもなるつもり? それとも学校でもやめる?」

「……それもいいかもな。羊坂さんも、俺なんかと顔を合わせたくないだろうし」

 自虐的なことを言って、平孫が笑った。おそらく冗談だろう。冗談だと思いたい。だがいまの彼の精神状態からいって、本気で言っているのかもしれない。

 どちらにせよ――気に食わなかった。

「きょう学校を休んだのだってきっと、俺と会いたくなかったからだ。絶対にそうだ。もう俺のことなんかきらいになってるだろうし、俺は――」

「不動。顔は痛いか?」

 平孫の独白をさえぎって、純はそう問いかけた。

「なんだよ、いきなり。まあ、それなりに」

「そうか。だったらまあ、わるいな」

 純は腰をあげ、ベッドに寝そべる平孫の胸倉をつかんだ。そして無理やり身体をおこして、かたくにぎった拳を彼のほほに全力でたたきこんだ。

 吹っ飛んだ平孫はベッドから落ち、押入れのふすまに背中から激突した。衝撃ではずれたふすまが、平孫の上におおいかぶさったが、彼はそれをすぐに押しのけて立ちあがる。

「なにしやがる!」

 怒った平孫がつかみかかってきた。ものすごい迫力だったが、純は一歩もひかず、

「それはこっちのセリフだ! てめえこそなにしてやがる!」

「ああ!?」

「いまお前がやるべきことは、家でぶーたら弱音を吐くことじゃないだろ!」

 純は感情をむき出しにする。

「羊坂はお前と会いたくないから学校を休んだと言ったな。羊坂がそう言ったのか? お前の憶測だろうが!」

「言ってねえよ! でも、そうに決まってる! きらわれたに決まってんだろ!」

「決まってない!」

 平孫に負けじと、純は声を張りあげた。

「お前が助けようとしてくれたってことぐらい、あの子だってわかってるはずだろ!」

「だ、だったらなんだよ!」

「恐がられたのは、お前の言うとおりだと思う。彼女の性格から言って、それはそうだろうな。でも、彼女がお前をきらいになったどうかは、まだわからないだろ」

「…………」

「たしかめずにおわっていいのかよ。なあ?」

 平孫が純の胸倉から手を離し、ふるえる声で言った。

「だってよ、恐いんだよ。たしかめたら、きらいって、はっきり言われるかもしれないんだぞ? 好きな人からきらいって言われるって考えたら――恐いだろ?」

「恐いな」

 純は同意した。

「けど、このまま放置していい話じゃない。お前がまだ羊坂のことが好きで、彼女のことを思うんだったら、きっちり向き合わなきゃいけない。その結果きらわれたとしても」

「……辛いな、それ」

「ああ。けどな、仮にきらわれていたとしても、そしたらまた、好かれるようにがんばれよ。最初にもどっただけさ。またやり直せばいい」

「……簡単に言ってくれるな」

「お前は一人じゃない。僕がいるし、中村だっている。またサポートしてやる」

 まっすぐ平孫の目を見すえて、純は言った。

「……わかったよ」

 ぽつりとつぶやき、平孫がうれしそうに笑った。

「おまえさ、見かけによらず熱いのな」

「うるせ」

 先ほどのやりとりを思い出して、急に恥ずかしくなった純は、ぶっきらぼうに言った。

 それから平孫が、急に屈伸運動をはじめた。

「よし。行ってくる」

「行ってくるって、どこに?」

「羊坂さんに会ってくる」

 まさかの展開に、純は目をしばたく。

「い、今からか? どこにいるのか、わかってんのか?」

「学校を休んだんだろ? だったら家だ」

「家の場所は?」

 平孫は首を振った。

「知らん。でも近くのバス亭ならわかるから、そこらへんを探す」

「あ、明日、学校に行けばいいだろ」

「今すぐ会いたいんだよ。会って伝えたいんだよ!」

 そして平孫は部屋の中にもかかわらずクラウチングスタートのかまえをとって、

「いってきまーーーーーーーーっす!」

 部屋から飛びだした。階段を駆けおりるはげしい足音のあと、玄関とびらの開く音がした。部屋の窓を開けて下を見ると、家の前の通りを平孫の姿を全力疾走する姿がみえた。

 そして窓から姿が見えなくなったところで、

「……アホだ。アイツ」

 と、純はつぶやき、それからスマフォを取り出した。


          ※


「ウチな、平孫ちゃんとやよいっちって、似てるなーって思うんだ」

 文香は言って、やよいの頭をなでる。

 つややかな黒髪を、クシですくように。

「やよいっちは自分のせいで平孫ちゃんを傷つけたって思ってるっしょ? たぶんね、平孫ちゃんもおなじこと思ってるよ。自分のせいで、やよいっちを傷つけたって」

「そんな……不動さんは、なにもわるくないのに。だって、わたしを助けてくれた」

 うるんだ瞳でこちらを見あげるやよい。

 文香はうなずく。

「うん。でもそれは、やよいっちもおなじっしょ? にげればよかったのに、にげずにとめようとした。その気持ちは、平孫ちゃんといっしょだと思うよ」

 やよいがうつむいた。

「……でも、わたしはなにもできなかったし、なによりそれが原因で……」

「そんなこと言ったら、一番の原因は、からんできた不良じゃん」

「それは……」

「やよいっち。ウチから言わせてもらえば、どっちもわるくない。それなのにどっちも自分がわるいと思ってる。これって、ボタンをかけまちがえてるだけじゃん」

 文香はやよいの肩をだく。

「だからおしえてやらないと。平孫ちゃんに、ちがいますよー。あなたわるくないですよーって。で、それを伝えるのは――やよいっちじゃないとダメっしょ」

「…………」

「自分を責めるのはいつでもできるし、いくらでもできる。だけど責めたところでなにもないじゃん。苦しいだけじゃん。だったら自分を許せるように行動しようよ」

「自分を、許す……」

 やよいはつぶやき、それから髪の毛の毛先を指でねじる。

 そんな彼女を見ていたとき、文香のスマフォが鳴った。文香はベッドから立ちあがり、スカートのポケットからそれをとりだし、画面を見る。純からの着信だった。

 通話ボタンを押し、耳元に当てる。

「ジュンジュンじゃん。どうしたの?」

『あー、なんというか、おかしなことになった』

「え? 平孫ちゃんになんかあったの?」

 ちらりとやよいを見ると、顔色が変わっていた。そしてやよいがそばにきて、純の声に対して聞き耳を立てた。文香も彼女が聞こえるように、やや腰をまげる。

『なんかあったというか、その、走りだした』

「は?」

『不動と羊坂の間でなにがあったかってことは、聞いたか?』

 横目でやよいを見てから、文香はうなずいた。

「うん」

『それでな、アイツ、羊坂に自分がどう思われているか聞くために、羊坂の家に行くって走り出したんだよ』

「……アホだ」

『しかも、わかってないんだよ、家』

「は!?」

『だからバス亭に行って、そこのあたりを探すって。携帯ももっていってないんだよ』

「信じられない……」

「……わたし、いかなきゃ」

 文香はやよいのほうを見る。彼女は、凛とした顔つきなっていた。

「え? やよいっち?」

「電話の声、聞こえましたから。わたし、不動さんを迎えに行ってきます。伝えなきゃ」

「いやいや、やよいっち。そんなことせんでも、電話なり明日学校で――」

「いってきまーーーーーーーーーーすっ!」

 やよいは叫んで部屋から飛びだした。

 あまりのことに文香が呆然としていると、受話器のむこうから純の声が届いた。

『どうした。なんか今、いってきまーっすって』

「やよいっちも、走りだした」

『……マジか』

「……マジだ」

 二人はしばらくちんもくし――どっと笑いだした。

「アホだ! 二人そろってアホだ!」

『ほんとだな。まさか、羊坂まで走りだすとは』

「いや、意外でもないよ? だってあの子、平孫ちゃんに似てるしね」

 そういって、文香は笑った。


          ※


 夕焼けに染まった住宅街を、平孫は走っていた。足を振り上げ、手を振って、一秒でも早くやよいのところに行きたくて、わき目も振らずに全力疾走している。

 まるで車で走っているときのように、風景がうしろに流れていき、通行人たちがあらわれてはうしろに流れていき、おなじく建物もあらわれてはうしろに流れていく。

 息があがって、胸が苦しくて、いちど立ちどまってしまえば楽なのに、でもそうせずに平孫は必死に、肺がつぶれたってかまわない覚悟で、ただひたすらに目指した。

 そして――

 目的のバス亭のそばで、苦しそうにひざに手をついているパジャマ姿の少女を見つけたとき、なぜここにいるのだろうと思いながらも、平孫の口元は自然とほころんでいた。

 バス亭まであと二メートルというところで平孫は足をとめて、むかいあう少女――羊坂やよいとおなじようにひざに手をついて、あえぐように深呼吸をする。

 二人はバス亭の前で息をととのえて――そして、同時に顔をあげて、

「ごめんなさい!」

 と、こんどは同時に頭を下げた。

 二人はふたたび顔をあげて、互いの顔をみあわせ、きょとんとした。そしてしばらく見つめあったあと、ぷっ、と吹き出して、ついには腹をかかえて笑った。

 笑いすぎて目じりにうかんだ涙を指でぬぐってから、平孫は言った。

「ベンチに、すわろうか」

「はい」

 二人はベンチにすわる。肩が接するくらいに近かった。

 二人の正面は車道で、いくつもの車が駆けぬけていき、エンジン音がひびいていた。それをBGMに、しばらく二人は無言で車をながめ、呼吸をととのえた。

 そして――

「あの」

 と、またも同時に言った。平孫は手をあげる。

「あ、じゃあ俺からいいかな」

「はい」

 平孫はベンチにすわりなおし、やよいのほうに顔をむけてから、頭をさげた。

「この前はごめん。その、恐がらせてしまって」

 やよいもまた、平孫とおなじようにすわりなおして、首を振った。

「いいんです。わたしを助けてくれるためって、わかってますから」

「そっか」

「むしろわたしのほうこそごめんなさい。助けてくれたってわかってるのに、あんな恐がったりして、不動さんを傷つけてしまって」

「いいんだ。大丈夫だから」

 平孫は言って頭をかいた。そのほほから、汗がたれた。

「あの、俺のこと、嫌いになったりしてない?」

 やよいは首を振った。

「ぜんぜん。不動さんはわたしのことを、許してくれますか?」

「許すもなにも、はじめから俺は羊坂さんに怒ってないから」

「……ありがとうございます」

 やよいはほほえんだ。

 そして平孫は立ちあがった。

「あんまり遅くなるとよくないし、送るよ。こんどはちゃんと」

「はい」

 やよいも立ちあがり、うなずいた。

肩をならべて、きたときとはちがって、いっしょにゆっくりと住宅街を歩く。あの日のように、互いに口を開かずに心地よい無言を共有していた。

しばらく歩き、真っ白な高級マンションの前で立ちどまった。

「ここの五階なんです。わたしの家」

「そうなんだ。大きいね」

 マンションの入り口前で、二人はむかいあう。

平孫が見おろし、やよいが見あげる形で。

「それじゃ、また明日。学校で」

「はい」

 やよいがうなずいたのを確認して、平孫は自分の家のほうへと歩きだした。

 そのときだった。

「あの」

 よびとめられ、平孫はやよいのほうをふりむいた。

「どうかした?」

「前に聞けなかったことを、聞いてもいいですか?」

「なに?」

 問うと、やよいはいちど足元を見おろしてから、顔をあげた。

 うるんだ瞳に、強い意志の光が宿っていた。

「あの日、不動さんはわたしを屋上によびだして、なにを話そうとしたんですか?」

 おさまっていたはずの心臓の鼓動が、ふたたび早鐘を打ちははじめた。

 やよいはまっすぐにこちらを見すえている。

 平孫は急に、ここが北校舎の屋上のように思えてきた。いま、あの日の再現がされているような気分だった。では――やるべきじゃないのか。

 あの日でできなかった告白を、いま、ここでするべきじゃないのか。

 平孫はやよいのそばにより、ごくりとつばをのみ、頭をかいた。

 そして――言った。

「と、友だちになりたくてさ……それだけなんだ」

「……そう、ですか」

 やよいはいったい、平孫にどんな答えを期待していたのだろうか。彼女は残念そうに顔をうつむけて、それからちいさく笑って言った。

「それじゃ、おやすみなさい」

 どこか痛々しさを与える笑顔をうかべたまま、やよいはマンションの入り口のほうに歩きだした。遠ざかっていく彼女のちいさな背中。近いはずなのに、遠く感じた。

 ――ダメだ。

 そう思ったとき、平孫はあの日とおなじように、やよいの手をにぎった。

 やよいがふりむく。

 黒髪がおどり、うるんだ瞳が平孫の目に飛びこんできて――

「好きだ」

 言えなかったその言葉が、口からこぼれおちた。

 やよいの目が大きく見開かれ、うるんだ瞳がちいさくゆれ、目の端に涙がたまった。そのままこぼれおちるかと思いきや、涙はこぼれずに彼女の目の中にとどまった。

 そしてやよいは――太陽のような笑みをうかべた。

「わたしも好きです」


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