プロローグ
MF文庫の新人賞において、一次落ちした作品です。問題点を指摘していただく投稿しました。よろしくおねがいします。
プロローグ
不動平孫は、河川敷のみずぎわにしゃがみこんで、朝の陽ざしできらめく水面をのぞきこんだ。
強面の顔がうつっている。目には虎のような目力があり、眉間にはしわがより、ほほには青い打撲のあとがある。十五歳とは思えない迫力であった。
平孫は、口の端が吊りあがっているだけで目はまるで笑っていない、悪魔のような笑みをうかべる。
「わるくないな、スカーフェイスも。――ん?」
よく見ると、ポンパドールを組みあわせたリーゼントヘアーがくずれていた。ケンカの時に髪をつかまれたせいだろう。ポマードをつかって念入りにセットしたのに。
平孫の目じりがけいれんする。
短ランの胸ポケットからクシをとりだし、水面を鏡にして髪をととのえる。手なれたもので満足のいく形にもどすのに時間はかからなかったが、怒りは消えなかった。
平孫はふりかえり、眼光の鋭いまなざしで、足元を見おろす。
平孫以上に傷だらけの顔をした三人の高校生がたおれていた。三人のうち二人は苦しそうにうめき、もう一人はギラギラとした挑戦的な目で平孫を見あげている。平孫の身長は一八五センチもあり、見あげる彼の目には巨人のようにうつっているかもしれない。
「由緒正しい漢の髪型をみだすたぁ、おまえらそれでも男か」
平孫が巻き舌でまくしたてると、見あげる男が言い返してきた。
「ふるくせえ格好しやがって、このクソッタレの通り魔が」
「あ? ふるくなんかねえよ。つーかだれが通り魔だバカヤロウ」
「てめえだよてめえ! いきなりなぐってきやがって!」
男は叫び、傷にひびいたのか表情をゆがめる。
平孫は男を指さす。
「いきなりもなにも、ふざけたことをかましていたのは、おまえらのほうだろ」
「……」
自覚があったのか、男は口をへの字にまげた。
河川敷ぞいの土手道を歩いていた平孫は、その道中で三人組が一人の男子高校生をおどして金をうばっている現場に出くわし、すぐに助けに入った。
その結果が、現在の状況だった。
「……てめえ、あのガキの知りあいかなんかか」
男の言うガキとは、カツアゲから助けた高校生のことだろう。
平孫は正直に答える。
「初対面だ」
「……お節介やろうが」
「反省の色がねえな」
と、平孫はおちていたボストンバック風の通学鞄をひろった。
ファスナーをおろし、中から一冊の漫画本をとりだす。十年前に連載がはじまり、一年前に連載をおえた漫画――喧嘩班長シリーズの第十巻だった。痛んだ表紙には主人公の伊達ミキオがえがかれていて、その髪型と服装は、平孫のそれにそっくりだった。
平孫は本を自分の顔に重ね、伊達ミキオに成りきって言った。
「いいか、ヤス」
「ヤスじゃねえよ」
「弱い者いじめはな、かっこわるい奴のやることだ。おまえも男の子なら、弱い者を助けるようなかっこいい奴になりやがれ。わかったかバカヤロウ」
「だからヤスってだれだよコラァ!」
男がほえた。が、また傷にさわったのか顔をしかめる。
平孫は漫画本をどかし、白けきった顔を見せる。
「ヤスって言ったら、ミキオの舎弟にきまってんだろバカヤロウ」
「ああ? てめえなにほざいてんだよ、コラァ」
「喧嘩班長の名コンビだぞ。知らないのか? じゃあいまの名台詞も?」
「あの長々とした口上のことか? 知るわけねえだろバカ」
そこまで言って、男の顔色が変わる。
「……ちょっとまて。まさかおまえ、さっきの漫画のセリフを真に受けておれたちにケンカを売ってきたのか?」
「そうだ」
平孫は真顔でうなずく。男はなにかうすらさむいものを見るような目で平孫を見やる。
「バ……バカじゃねえのか、てめえ。たかが漫画の言うことを――」
「んだとゴラァ!」
平孫は高速で拳を振りおろした。
「――きあヴゅ!」
脳天に一撃を食らった男は、きみょうな声をもらして地面に突っ伏した。
男をちんもくさせた平孫は、拳をひきもどしながら、
「俺のバイブルを言うに事欠いて『たかが漫画』と抜かしやがったなこのゲロ豚野郎! おまえはこの作品のすばらしさがわかってねえからそんなふざけたことを言えるんだ。俺はこの作品のおかげで人生が変わった。それこそこの喧嘩班長があるからいまの俺があるってくらいにな。それにも関わらずてめえは『たかが』といって作品を、作者を、そして全国にいる喧嘩班長ファンを侮辱しやがった! てめえそこに居直りやが――っておい」
と、うごかない男の肩をゆさぶった。反応はない。
仰向けにする。白目をむいていた。
平孫は舌打ちをし、残りの二人に怒りをぶつけようと思ったが、二人の姿が見当たらなかった。あたりを見まわすと、土手道を走る二人のうしろ姿を見つけた。
怒っている隙に、にげだしたようだ。
「けっ。仲間みすてるたぁ、男の風上にもおけねえな」
平孫は毒づき、漫画本を鞄にもどし、その場を去った。
――数分後。
平孫は通学路にあふれる高校生にまじって、在学する愛真高校にむかっていた。怒りはすでにおさまり、肩で風を切って歩いていたら、急にだれかが背中に飛びついてきた。
「うおっ!」
よろけるが、きたえられた足腰のおかげでなんとか踏みとどまる。
重みのました左肩のほうを見ると、
「こけねーとか平孫ちゃんすっげー。ぱねーっしょ」
案の定、幼なじみの女子高生――中村文香の顔があった。
ボブカットの下にむじゃきな笑みをうかべる彼女は、セーラー服の上に若草色のジャージをはおり、プリーツスカートをはいていて、それらの袖や裾からのびる手足を平孫の首や腰にからませて、彼の背中にしがみついていた。そんな格好をしていたらスカートがめくれてそうだが、それはリュックサックのように背負った通学鞄でガードされていた。
彼女にむかって、平孫はもんくを言う。
「いきなり飛びつく奴があるか。猿かバカヤロウ」
「猿じゃないって。カナブンです」
「余計にいやだよバカヤロウ。早く降りろ」
文香がかなしそうな顔をする。
「平孫ちゃんはウチに学校まで歩けって言ってんの? とんだ人でなしっしょ」
「虫けらのおまえに言われたかねえ、よっ」
――がすっ。
平孫が頭突きをかますと、文香はつぶれたカエルのような声をもらして落下。しりもちをついた彼女は、まっかなデコをおさえて叫んだ。
「産まれたらどうすんの!」
「なにがだよ」
てきとうなことばかり言う文香を放って進むと、彼女はおってきて、平孫の横にならんだ。文香の身長は平孫よりも低く、その頭は彼の肩の高さにあった。
「平孫ちゃん機嫌わるいっしょ。顔に傷あるけど、またケンカしたの?」
「ケンカはした。でも機嫌がわるいのはおまえのせいだ」
「そんな冷たいこと言わないでよ……。身体を重ねた関係なのに」
ほほをそめてもじもじする文香を横目に、平孫は冷静に言った。
「おんぶしただけだろ」
「そうとも言うね」
文香はケロッと表情を元にもどす。表情がコロコロ変わる女の子だった。
「それはそうと傷みてあげんよー」
「いいよ、別に」
「いいからいいから。好意には素直に甘えるのがいいっしょ。ね?」
そこまで言うならと立ちどまると、文香はスカートのポケットからとりだした絆創膏を手にゴキブリのようなうごきで平孫の背中をはいあがって彼のほほにそれを貼った。
「さ、出発しよ」
――がすっ。
「おまえを信じた俺がバカだった」
「平孫ちゃん、頭の中も外もかたすぎぃん」
なんて言いながらも、二人はまたならんで歩きだす。
「おまえのほうが頑固だろバカヤロウ。もうおんぶはあきらめろ」
「だって歩くのダルちんだし、それに二人乗りで学校に行くって青春っしょ?」
「どこが?」
「彼氏の自転車の荷台に乗って、その背中にだきつく。どう? まぶしいっしょ?」
「だったらまず彼氏つくれよ」
投げやりに言うと、文香はうなずいた。
「彼氏ならつくったよ」
変な間のあと、
「――え? まマジ?」
と、平孫の足が止まった。
子どものころから文香とはつるんでいるが、彼女がだれかと恋人になったという話はいちどもきいたことがなかった。それなのに。――まさかそんな。
置き去りにされた気分だ。
「紹介するよ」
文香は通学鞄からとりだしたスケッチブックを開いた。見開きに、白馬にまたがる男性ボディービルダーの絵がえがかれていた。
文香はそれを自分の顔に重ねて、
「どうも、彼氏のプロ・テインです」
「別の意味でつくっちゃってるじゃねえか! だましたなバカヤロウこのやろう!」
平孫の怒鳴り声に、周りにいた学生は身体をふるわせて迷惑そうな顔をしたが、
「平孫ちゃんは素直ですなー」
と、文香は笑った。
「ただ彼氏をつくるとしたら、たぶんこういう人だと思うよ」
「バカヤロウだな、てめえは」
「えー、ダメ? ムキムキだよ? 黒光りだよ?」
「……おまえはどうしてそうなっちまったんだ」
怒りを通りこしてあきれてしまう。昔はもっとおとなしい女の子だったのに、と平孫がこめかみに痛みを覚えたとき、
「平孫ちゃん……。脱皮しない蛇は死ぬんだよ」
と、彼女は遠い目をした。
「あ? なんだよ、それ」
「人間は変わってナンボってことっしょ。――平孫ちゃんには、わからんでしょうな」
「どういう意味だよ」
バカにされた気がして、平孫が声を低くして聞き返すと、
「あ、そうだ。平孫ちゃんに言わなきゃいけないことがあった」
「なんだよ」
「おはよう」
「いまごろかよ!」