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第四章 VSブレイカー

 夕焼け空の下、ルナはうんざししながらトボトボと歩いていた。

 感情が赴くままに飛び出してきたまではよかったが、セイバーがいる町に到着した途端、行く先々で何度もそのセイバーと間違われた。ディスガイアからそっくりだとは聞いているが傍目から見ても相当似ているのだろう。

 だから、人目を避けるために脇道にそれた。

 その最中、ルナはぼんやりと考える。

 今のセイバーはどんな人物なのだろう、と。

 敵なのは分かっている。それにディスガイアに続いてディシーまでもが倒されてしまった。それによって二つの力が奪われてしまったし、何より仲間がやられた事に激しく憤りを感じているのも事実。

 でも、どうしてか心の底から憎む事は出来なかった。好戦的なディスガイアは強敵に出会えた事を嬉しく思っており、マリスによれば納得して負けを認めたとの事だし、ルナもディスガイアと会えなくなってしまった事が悲しく、許せないとは思うものの、その事を考える度に楽しそうに話すディスガイアの顔が過ぎるからか憎しみよりも会ってみたいという好奇心が先行するのだ。

 それに悪い人ではない、というのは分かった。間違われる度に向けられたのは純粋な感謝の言葉。老若男女はもちろん、如何にも柄が悪そうな人からでさえ、親愛感たっぷりで接せられた。そして失礼な態度だと自分でも思う反応をしたのにも関わらず、誰も何も言わずに明るく別れの言葉を告げて帰っていった。

 自分とそっくりなのに、自分とは全く逆の事をしている。

 だから気になるのかもしれない――それがルナの立てた仮説だ。

 何処か釈然としないのだ。正直に言えば不快感を覚える。無垢に向けられる様々な感謝の言葉は、完全なる被害妄想ではあるが、お前は何でそんな事をしているのだ、と言われている様にしか受け取れなかった。非難されている様な気さえしてくる。悪い事、いけない事をしている自覚はあったし、向こうは自分ではなく今のセイバーに対して言っているのだから勝手にそう考える自分がいけないのだが、それでもそうとしか受け取れなかった。

 そんな事を考えつつ、ルナは表通りに出た。

「あっ」

 そして、驚く声を聞き、誰かとぶつかった。不意打ちだった事や考え事をしていて対応を怠ってしまった事により、ルナはそのまま倒れそうになった。

 しかし、それは免れた。

 完全に倒れるより早く、ぶつかってきた相手に手を掴まれ、引っ張られた。

「大丈夫?」

「あ、はい。どうも――」

 ありがとう、と言おうとしたが二の句が告げなかった。

 正確には告げられなかった。

 ぶつかってきたのは、妙齢の女。買い物袋を携えているから、買い物帰りなのだろう。落ち着いた雰囲気をまとっており、驚く要素は普通ならない。

 でも、ルナの場合は違う。

 その人物はルナとよく似ていた。大人になったらこんな風になるのかな、と何となしに思える。それくらいよく似ていた。

「駄目よ、貴女。前を見て歩かないと危ないわよ」

「す、すみません……」

 柔らかく静かだったが何処か逆らい難い声で、ルナは思わず素直に謝った。

 すると、その女はルナの頭を撫で始め、朗らかな声でこんな事を言った。

「偉い、偉い。流石私達の娘に似ているだけの事はあるわね」

「似ている……?」

「どうして別人だと分かったのかって顔してるわね。当たり前じゃない。自分の娘を見間違えるほど耄碌したつもりはないもの」

「は、はあ……」

「あらあら。呆れられちゃったかしら?」

 可笑しそうに笑い、女は我が物顔でルナの右手を握って歩き出した。

 ルナは一瞬呆気に取られるも我に返って手を振り解く。

「な、何なのいきなり! 誘拐なら他を当たってよ! 警察呼ぶよ!?」

「残念だけどそれが分かるのは貴女と私達一家、後は今のっぴきならない事情で一緒に住んでいる子くらいだから諦めなさい」

 言うや、女はまたルナの右手を掴んだ。ルナは強引に振り解く。

「さ、さっきから何なの!? ルナを何処に連れていく気!?」

「貴女、ルナって言うのね。私はまもり。白浜まもりよ」

「し、質問に答えてよ!」

「せっかちさんね。余計なお世話をしようとしただけなのに」

「余計なお世話?」

「ルナちゃんは陽子――あ、陽子というのは私と大護さんの可愛い一人娘の事よ――そんな陽子を探している。でも、パッと見そっくりだから陽子に間違われるし、否定しても笑われるから満足に情報収集出来なくて途方に暮れていた」

 違うかしら、と含み笑いで締め括る女。

 驚きでルナは言葉を失った。

 まさにその通りだった。飛び出してきたものの、相手がいる町は分かるが肝心の相手が何処にいるかは分からない。聞いてみても白浜まもりと名乗った女の見立て通り、今のセイバーと混同されてまともに答えてもらえなかったのだ。

「だからまあ、一緒に来なさい。悪い話ではないと思うけど?」

 そう言って、まもりは右手を差し出してきた。

 その手を見つつ、ルナは思考を巡らせた。

 渡りに船ではあった。あったが、真意がまるで分からない。大体、そこまで分かっているという事は大凡の見当はついているのだろうし、自分の娘とよく似た子が自分の娘を探している、という状況を目の前にして遠ざけるならまだしも引き合わせる手助けとかはっきり言って理解不能で意味不明だった。

 そんな事を考えていれば、三度強引に右手を掴まれ、歩き始められた。

「ちょ、いきなり――」

「沈黙は肯定の一つよ。ま、騙されたと思って一緒に来なさい」

 酷く軽いノリだが、やはり何処か逆らい難い響きだった。

 ルナはため息をつき、その善意に免じて忠言した。

「……私を引き合わせる事、きっと後悔するよ?」

「出来る物ならやってみなさい。やると決めた私達の娘相手に出来るのなら」

 相変わらずノリは軽い。でも、そこには確固たる信頼があった。

 何なんだろう、とルナは疑問に思い、手を振り解かない自分が不思議だった。


「アサちんってずっと日本にいるのー?」

 今日も今日とてつつがなく、滞りなく放課後を迎えた二年一組。一人加わって四人娘になった陽子、アサ、明実、理香の四人は陽子の机の周りに集まって雑談に花咲かせていた。そんな時、明実がふとそんな事を言ったのだ。

 それを聞き、合点した様に理香は話に乗った。

「と、そうね。陽子、アサってずっとこっちにいるの?」

 陽子も合点したらしく、少し考えて降参し、アサに話を振る。

「あーっと、どうなんだろ? どうなの、アサ?」

「……その前に何の話なのです? まるで分からないのですが」

「え? 陽子、まだ話してなかったの?」

「ごめん。色々あって話すの忘れてた」

「もう……。陽子は自分の事になるとホントズボラなんだから……」

 ため息をつき、理香が説明に入った。

「私達、毎年長期休暇になると遠出するのよ。目的は正義感が強過ぎる何処かの誰かさんを強制的に休ませるためにね。ま、行く先々でもトラブルが起こる事もあるから全然休めなかったりするんだけどね。で、もうすぐ夏休みだから、まあそういうわけ。理解してくれた?」

「あ、はい。なるほど。そういうわけですか」

「そうそう。ところで理香ちゃん、言葉が刺々しいのは私の被害妄想?」

「安心して。純度百パーセントで非難してるから」

「ううっ……。理香ちゃん酷い……」

「自業自得だから諦めよー。後、話を反らさないでー」

「あ、あっちんまで……。アサ、二人が苛めるよー」

「それに関してはフォロー出来ませんのであしからず」

「四面楚歌、か……。はー、私は今猛烈に悲しい……」

「それでー、どうなのー?」

 うなだれる陽子を無視し、明実が話を進めた。

 アサはどう答えるべきか迷った。

 誘いそのものは嬉しいが、元より自分は住む世界が違い、この地に留まっているのも陽子に協力してもらっているからで、つまるところ事が終わればこの地に留まる理由は無くなる。それに何より、迷惑をかけている手前、用件が終わったのにこの地に留まり続けるのはまさに迷惑以外の何物でもない。

 散々迷った挙句、アサは当たり障りの無い返答を選んだ。

「……親に聞いてみないと分からないので何とも言えません。だから、私の事は気にせず、考えず、これまで通り皆さんだけで計画を立ててください」

「そっか。でも、それ無理。これって確定事項だから」

 陽子はあっさりと否定した。明実や理香もうんうんと頷いている。

 アサは一瞬きょとんとするが、すぐさま反論した。

「で、ですが、ヨウコ……、私にも事情が……」

「大丈夫。お願いすればきっと許してくれるよ」

「そ、そんな無茶苦茶な……。何の根拠も無しに……」

「無駄よ、アサ。こうなった陽子は梃子でも動かないわ」

 呆れ切った口調で言い、理香は立ち上がった。それに従い、陽子と明実も席を立ち、遅れてアサも席を立った。四人で教室を後にしつつ、理香は言う。

「じゃあ、陽子。アサの事は任せたから、行く場所は任せて」

「りっちん、海行こうよー。やっぱり夏は海に行かなきゃねー!」

「あっちん、私が山派なの知ってて言ってるわよね?」

「えー、でもでもー、夏はやっぱり海だよー!」

「全く……。じゃあ、陽子――に聞いても意味無いからアサに聞くわ。どっちに行きたい? リクエストがあればどうぞ」

「だ、だから私は……」

「もうさ、全部行けばよくない? アサって日本初めてだし」

 それを受け、理香は天啓を得た、という顔になる。

「それもそうね。じゃ、今年は色んな場所に行きましょうか」

「うわーい! よっちん、愛してるよー!」

 嬉々とはしゃぎながら陽子に抱きつく明実。

「私もだよー、あっちん。よし! 今年の夏は遊びまくるよ!」

「「おおーっ!」」

 陽子の掛け声に明実と理香はノリノリで乗っかった。

 そんな三人を見て、無粋だなと思い、アサは反論するのを諦めた。

 そんなこんなで一向は帰路につく。

 正門のところまで行くと理香の家の車が止まっていた。社長令嬢である理香は基本的に車で登下校する。家族でも付き合いがあるため、陽子や明実も気が向いた時や疲れた時は乗せてもらっている。

「りっちん、乗せてってー」

「はいはい。陽子とアサはどうする?」

「私達はパス。ちょっと二人だけで話したい事があるから」

 陽子がそう言うと、明実と理香の表情が一瞬だけ真面目になった。しかしそれは一瞬。その意図を汲み、二人は普段通りの顔に戻る。

「そ。じゃ、また明日ね」

「またねー、よっちん、アサちん」

「うん。またね、二人とも」

「また明日お会いしましょう」

 短いやり取りを済ませ、二人を乗せた車は走り去った。

 陽子とアサは車が見えなくなるまで見送ってから帰路につく。

「ヨウコ、話というのは?」

「ん? まあ、ちょっとね。と、その前に強引でごめんね」

 アサは首を左右に振って否定した。

「いえ。むしろお礼を言わなくては。ありがとうございます」

 陽子は首を傾げて尋ねる。

「どうしてお礼?」

「あ、いえ。行きたいな、とは思っていたので」

「なるほど。じゃ、どういたしまして。というわけで、本題に入るよ」

 アサは頷き、先を促した。

「どうぞ。でも、私に答えられる事にしてくださいね?」

「多分平気。あ、でも、答え難かったら答えてくれなくていいからね?」

「と言うと?」

「あのさ、アートルムってどんな子?」

「……やはり気になりますか?」

 何時か聞かれると思っていたから、別段驚きは無かった。

「うん、まあ。これだけ似てるって言われると流石にね」

「なるほど。では、私が知る限りをお教えします」

 一度咳払いしてアサは続けた。

「彼女は正式にはブレイカー・アートルムと言います。あ、ブレイカーというの本名ではなく、私達で言うところのセイバーと同じものだ、とお考えください」

「おっけ。と、そうだ。じゃあ、早速質問。ブレイカーって何?」

「あの装いからしてマリスが自分の手駒としてセイバーを真似て作り出した存在だと私達は見ています。あ、私達というのは私とデムの事です」

「ふむふむ。それで?」

「セイバーを模して作られているためか、その力は強大であり、一騎当千の将と呼べるほど。お恥ずかしい話ですが守護者と束になっても勝てませんでした」

「二対一で? 破壊者の名は伊達じゃないって事か……。他には?」

「後は……そうですね……好戦的で挑発的かつ高圧的なヨウコ、でしょうか?」

「好戦的で挑発的かつ高圧的な私、か……。本当にそんな感じなの?」

「ええ。ヨウコ、試しに余裕綽々と人を馬鹿にする感じで、この程度でセイバーなんて聞いて呆れちゃうね、と言ってみてくれませんか?」

「うん? えーっと、余裕綽々と人を馬鹿にする感じだっけ?」

「ええ。軽く見下す感じの目をしてくれると尚良しです」

「ふぅん……。余裕綽々と人を馬鹿にする感じ、ね……」

 陽子は一歩前に出て、指示された通りにアサに向かって言って見せた。

「――ふん。この程度でセイバーなんて聞いて呆れちゃうね」

 すると、アサは口をあんぐりとさせ、呆然としたまま聞いた。

「……ヨウコは役者の経験があるのですか?」

「演劇部の助っ人で何回かね。何で?」

「似過ぎているからです。本物かと思ってしまいましたよ……」

「そんなに? 顔がそっくりだからそう見えるだけじゃない?」

「いえ。一瞬ですが確かに今ヨウコとアートルムの姿が重なりました」

「ふぅん……。ま、そういう事もあるか」

 話題を打ち切る様に言い、陽子は話題を変えるようとした。

 その時、横から声をかけられる。

「あれ? 陽子ちゃん?」

 声をかけてきたのは恰幅のいい女だ。買い物籠を携えているから買い物の帰りなのだろう。

「あ、おばちゃん。こんばんは」

「はい、こんばんは。――って、そうじゃないさね、今帰りかい?」

「? え、ええ。そうですけど?」

「そうなのかい? なら……あれは他人の空似だったのかしらね」

 それを聞いて、陽子とアサは顔を見合わせた。

 アサが慌てて尋ねる。

「お、おば様! その方とは何処で出会ったのですか!?」

「ちょっと言ったところのコンビニだけど、どうしたんだい急に?」

「あ、え、えーっと、それは……」

 口ごもるアサ。

 陽子が助け舟を出す。

「まあ色々あってね。教えてくれてありがと、おばちゃん」

 言うや、陽子はアサの手を引き、教えられたコンビニに向かって走り出す。

「今日の今日とはね……。アサ、何か分からない?」

「わ、分かりません。すみません……」

「そう。じゃ、とりあえず急ごうか」

 頷き、二人は五十メートルほど先にあるコンビニに急いで向かった。

 コンビニに到着すると顔見知りの男性店員に首を傾げられ、あれもう着替えちゃったんだ残念、とがっかりされた。二人は礼を言ってコンビニを後にし、引き続き調査した。すると、目撃情報が出てくる出てくる。無視されただの、具合悪いのと言った気遣いの声や男性店員の様に服を着替えてしまった事に対する不満、ああいう陽子ちゃんもいいよねとか、陽子ちゃんって何時からツンデレになったのだの賛辞と受け取っていいのかどうか迷う情報と様々だ。

 しかし、肝心の探し人は見つからなかった。

「とりあえず、私にそっくりなのは確信出来たよ……」

 走り回った事で乱れた息を整えつつ、陽子は言った。

 その時、微弱な振動音が二人の耳についた。

「ヨウコ、電話が震えていますよ」

「みたいだね。気付かなかった」

 一息入れるついでに陽子は鞄から携帯電話を取り出して首を傾げる。震えていたのは着信を告げていたからでその相手はまもりだった。

「ママ? 何だろ、一体?」

 疑問に思いつつも陽子は電話を耳に当てる。

『陽子、今何処にいるの?』

「今? えーっと、家の近くの公園だよ。何で?」

『あ、そう。なら、早く帰ってきなさい。貴女にお客さんよ』

 その瞬間、陽子は嫌な予感がした。

「……ママ、まさかとは思うけどそんな事――」

『分かったなら早く戻ってきなさい。じゃあね』

 一方的に電話を切られてしまった。

 陽子は呼びかけたが、耳に聞こえてくるのは通話終了を告げる電子音のみ。通話を切り、携帯電話を鞄に突っ込んで家に向かって走り出した。

「よ、ヨウコ!? 急にどうしたんですか!?」

「ママがふざけた事をやってくれたの! 能天気にも程があるっての!」

「ふざけた事? 能天気? 何の話ですか?」

「家に着けば分かるわ!」


「ギスギスしてるわねー。食事中なのだから朗らかにいきましょうよ」

「……誰のせいだと思ってるのよ……」

 まもりの能天気過ぎる発言に、流石の陽子もツッコミを入れた。

 本日の白浜家の夕食は妙な空気が降りている。

 それもそのはず。上座にはまもりが座り、その前にはまもりから見て右側に陽子とアサ、左側には陽子とよく似た少女――ルナが座り、各々の目の前には人数分のご飯と味噌汁と麦茶、中央には大量のから揚げが盛り付けられた大皿と色取り取りの野菜のサラダが鎮座している。つまるところ、敵対者同士が一つ屋根の下で夕食を囲んでいるのだ。珍妙どころの話ではない。

 摘んだから揚げをよく噛み、飲み込んでからまもりが陽子の呟きに答える。

「まあ、私のせいよね。ごめんね、陽子。ルナちゃんが困っていたからつい。でも、陽子ちゃんだって人の事言えないわよね?」

「それを出されると辛いけど……なして家に連れて来たの?」

「ん? 街でゴスロリ着ている陽子を見かけたって聞いたから、あの子その手の服は嫌いなのにどういう事かなー、と思って探してみたら偶々偶然家の近くで出会ったのよ。で、一発で陽子が首を突っ込んでいる事象の関係者だって分かったけど、夕食の準備もあったし、家に連れて帰れば陽子とアサさんはその内帰ってくるから都合がいいかな、と思ったからよ」

「思いっきり強引だったじゃん……。九割方誘拐だよ、あれ」

 非難するルナ。

 申し訳なくなって陽子は謝った。

「えーっと、何かごめんね。私のママ、こういう人なの」

「べ、別にいいよ。困ってたのは事実だし……」

 そこにまもりが一言投じる。

「それより、早く食べなさい。冷めちゃうと美味しさ半減よ?」

 堪らずアサは反論した。

「……奥様、それは正しいのですが――」

「正しいのなら食べても問題無いでしょう? それにルナちゃんがやる気だったら貴女達今頃どうなっているか分からないわよ?」

 アサの言葉を遮り、まもりがもっともな事を言った。それは事実であり、アサは反論する事が出来ず二の句が告げなかった。まもりは言葉を重ねる。

「そういうわけだから、まずはご飯を食べましょう。ガチンコバトルはそれからでも遅くは無いでしょう? 違うかしら?」

 言い返せない一同。

 ため息をつき、陽子は箸を掴んでアサとルナの二人に進言した。

「とりあえず、食べよ。お腹空いたままじゃ満足に戦えないのは事実だし」

 それでも二人は渋っていたが、諦めた様にため息をつくと夕食に取り掛かった。

 まもりはそれを見て微笑み、空気を入れ替える様に話題を投じる。

「陽子、今度服を買いに行くわよ」

「へ? どうしたの急に?」

「私、ルナちゃんを見て思ったの。陽子はもう少し女の子らしい格好をすべきだって。実際問題、ルナちゃんはこんなにも可愛いじゃない」

「えー、やだよ、私。この髪だって邪魔くさいと思ってるのに……」

 陽子はポニーテールにしている髪を触りながら、心底嫌そうに言う。

「もう、贅沢ね。女の子に見られたいのでしょ?」

「その前に私は女だよ?」

「そうは言っても、陽子は中身男の子だからねー」

 残念そうにため息をつくまもり。

 アサもその意見に賛同を示す。

「それは同感ですね。アケミやリカも似た様な事を言っていました」

 さらにはルナも持論を述べる。

「私もマリス様とディシーに言われた。お前は女の子なんだからもう少し女の子らしくしろって。髪伸ばしたのも、こんな服着てるのもその一環だし」

「着てるって事はひょっとして嫌なの?」

 陽子がすかさず勢い良く聞くと、ルナは一瞬たじろぎつつも答える。

「う、うん。このフリフリした服は動き難いし、髪は戦う時邪魔だし。個人的には貴女みたいな格好の方が動き易くて好き」

「おおー! やっぱり似てるだけあるね! 私も断然そう思うよ!」

 身を乗り出して賛成意見があった事を喜ぶ陽子。

 一方、ルナはごはんと味噌汁を咄嗟に回収しながらうろたえる。

「な、何? 急に……」

「受け止めてあげて、ルナちゃん。陽子は昔からこんなだから、周りから男女とか女装男子とかよく言われて、誰も好意的に受け取ってくれなかったのよ。だから、好意的に受け取ってくれて嬉しいのだと思うわ」

「は、はあ……」

「そうなのですか?」

「ええ。ま、今じゃ天然の女たらしだけど」

「誰が日の本一の天狗よ!」

 バン、とテーブルを叩き、陽子は猛反発する。

「大体、私がこんな格好するのはパパとママのせいじゃん! 物心ついていない事をいい事にルナさんが着ている格好ばっかりさせただけじゃ飽き足らず、それが普通だからって教え込んで! おかげで私、小さい頃の話になると今でもあっちんと理香ちゃんに笑いのネタにされるんだよ!?」

「仕方ないじゃない。親という生き物は子の事になると馬鹿になるものよ?」

「開き直らないでよ! だからって限度があるでしょ、限度が!」

「成長したら着てくれないんだろうなー、と思っていたらついね」

「自分の趣味を娘に押し付けないでよ!」

「それはそれとして、大きな声を出さないの。行儀が悪いわよ?」

 冷静に諭された陽子は、毒気を抜かれた様にハッとして座り直す。しかしまだ興奮は冷めないのか、ガツガツと夕食を詰め込み始めた。

 それを見て、まもりとアサは口元を緩めた。

 そんな空気の中、ルナは唐突に箸を置き、

「――ごちそうさま」

 と短く言い、慌ててリビングから出ていく。

「ちょ――」

「陽子、アサさん」

 追いかけようとした二人をまもりの静かな声が止めた。

「気を付けていってらっしゃい」

 陽子は一瞬きょとんとするが、すぐさま元気よく頷き、アサに呼びかける。

「追うよ、アサ!」

「言われるまでもありません!」

 そして、二人は飛び出したルナの後を追った。


 ルナは走った。

 それは、あの二人を誘い出すためだ。

 あの場で始めるわけにはいかない。それくらいの節度は、優しくしてくれた人の事を巻き込まないくらいの弁えている。

 でも、それだけではない。

 あの空気は危険だった。

 闘争心と敵意が削られていく。それを明確に感じた。とても穏やかだった。あまりにも穏やか過ぎて現在の敵である今のセイバーはもちろん、元セイバーとさえ仲良くやれそうだ、と思ってしまったほどに。

 だけど、その瞬間、ディスガイアとディシーの顔が脳裏を過ぎった。すると、敵意が湧き上がり、あの場で始めてしまいそうになった。

「……何で、何で……」

 疑問が自然と口から漏れる。

 無性に腹立たしかった。

「……何で、貴女は首を突っ込んだの……?」

 憤りの対象は今のセイバーの行動。

 あの空気が今のセイバーの世界で日常。付け加えて、事の大きさに違いはあるが今のセイバーは日常の尊さを知っているはずだ。ルナですら分かっているのだから、皆から笑顔を向けられる今のセイバーが知らないはずはない。それがルナの立てた仮説であり、それは恐らく当たっている。出会ったばかりだが、そう感じた。守りたいからこそ守り、守った経験があるからこそそう感じた。

 だから、思わずにはいられず、妬まずにはいられない。

 やっぱり、睨んだ通りになった。

 元セイバーを見逃してから、何もかもが狂い始めた。奪った力は取り戻され、ディスガイアとディシーは倒されてしまい、もう会えなくなった。

 まだ欲張るのか、そう考えてしまった。

 皆で笑い合える環境があるのに、まだ笑顔を求めるのか。

 それが妬ましかった。私には出来る、と言われている気がして。

 同時に羨ましかった。守りきれている今のセイバーが。

「……何で、こんなに違うの……?」

 直に見て、あまりにも似ていたから驚いて何も言えなかった。鏡に映った自分を見ている様な錯覚にさえ捉われた。それだけそっくりだった。

 でも、そっくりなのは外見だけだった。

 相手は救い続けて笑顔を守り、自分は壊し続けて笑顔を失っている。

「……何で、何で……」

「――そんなの当たり前だろう。人の数だけ違いがあるのだからな」

 突然声が聞こえ、ルナは何かに足をひっかけ、派手に転んだ。

 まずい、と思い即座に受け身を取り、転がりながら体勢を立て直し、声の主を見る。そして驚いた。

「で、ディスカイ!? な、何でここに!?」

「それはこっちの台詞だな。お前こそ何でここにいる?」

「そ、それは……お、オレンジジュースを買いに来たの! マリス様が飲みたいって言ったから!」

「ふむ。それで? 肝心のオレンジジュースは?」

「そ、それは……こ、コンビニが見つからなかったの!」

「ほう。では、コンビニから出てくるお前を見たのは俺の勘違いか?」

「……っ!? ど、どうして――」

「知っているのかと聞きたそうな顔だな。簡単に答えると俺は空だからだ」

「そ、空? 何の話?」

「俺の本質の話だ。まあ、それはそれとして本題に入ってもいいか?」

「ほ、本題?」

「ああ。別れの挨拶と誤解を解きに来た」

 ルナは耳を疑った。

 別れ? 誤解? 一体何の話だ?

 驚くルナを余所に、ディスカイは話し始める。

「まずは謝っておこう。悪かったな、ルナ。知らなかったとは言え、誤解をさせたままで。で、早速だが誤解を解こう。ディスガイアとディシーは別に死んだわけではない。本来在るべき場所に還っただけだ」

「ど、どういう事……?」

「俺は空、ディスガイアは地、ディシーは海の思念であり、マリス様によって実体化しているに過ぎん。だから、人間で言うところの死の概念は無い。で、そんな事をしていた目的は確かめたい事があったからであり、それを無事に確かめられた時、俺達は元の姿に戻る様に構成されている。そういうわけだから、自分を責める必要は無い。俺達は元よりそういう存在なのだからな」

「な、何それ……? そんなの私……」

「知らないのも無理は無い。お前が慌てる事を分かっていたからこそ、マリス様もお前には沈黙を守ったのだろうからな」

 そう言って、ディスカイは懐に手をやり、取り出したそれをルナに見せた。ルナはぎょっとする。それは大空の力を結晶化させた物だ。そんなルナを余所にディスカイはそれを明後日の方向に投じる。

「ちょ、何してんの!?」

「心配するな。持ち主に返すだけだからな」

 ディスカイがそう言った時、明後日の方向で掴み取る音がし、ルナはそちらを見て、また驚いた。そこには陽子とアサがいた。

「いいのですか?」

「ああ。不要の長物である事は聞こえていただろう?」

「ええ。ですが、そこまでして貴方達は何を確かめたかったのですか?」

「些細な事だ。語る必要性を感じられないほどに、な」

 その時、風が吹いた。草木が揺れ、夕日が雲によって途切れる。

 少しして風が止み、ディスカイはその風にさらわれたかの様に消えていた。


 静寂が三人の下に訪れる。

「……ディスカイもいなくなっちゃった……」

 しばらくして、ルナという名の少女が物悲しげに口を開き、

「――皆、貴女のせいでいなくなっちゃったよ……」

 静かな怒りが込められた声でそう続け、小さく何かを呟いた。

 それに呼応する様にルナの姿が変化していく。黒のゴシックロリータは黒を基調として銀色の刺繍や装飾が施された防護服へ。その胸元には三日月をモチーフとしている銀色の装飾品が鈍く銀色に煌いている。

「言いがかりです。ヨウコは――」

「そうだね。私のせいって言えるね」

 反論したアサの言葉を陽子は静かに遮り、アサに右手を差し出した。何かを言いたそうにしたアサだが、状況への対応を優先し、陽子の手を握り返す。

 そして二人は変身の合言葉を紡ぐ。

「「サンパワー、インストレーション!」」

 夕焼け空を昼間に変える光の爆発が起こり、陽子はセイバーに変身する。

 変身後、アサは改めて言った。

「ヨウコ、貴女は悪くありません。元はと言えば――」

「違うよ、アサ。そういう事じゃないの。確かに向こうはいけない事をしてる。でも、私が関わった事であの子の周りが変化しちゃったのは事実だよ。だから、あの子が私に怒りを向けるのは至極当然の事。私がアサを馬鹿にしたディスガイアさんを許せなかった様に、ね。気持ちってそういう物だよ」

 だけど、と陽子は一度区切り、ルナを真っ直ぐ見つめて続ける。

「私はその事に関しては謝らないよ。間違った事をしてるとは思わないからね」

「そこまで物分かりがいいのに――」

 言葉を切り、ルナは地を蹴り、間合いに入るや叫びながら拳を放った。

「――何で首を突っ込んだの!?」

 陽子も拳を放ちながら叫んで答える。

「それでも放っておけなかったからだよ!」

 二人の拳がぶつかり、衝撃波が生まれ、轟音が夕焼けの空に響いた。

 二人は一進一退の攻防を繰り出しながら場所を移す。目指すは人気の無い場所。

 その最中、攻撃を繰り出し、放たれてくる攻撃を防御しつつ、ルナは叫ぶ。

「放っておけばいいじゃん! 全部上手くいってるからいいけど、何かが違ってれば状況を悪くするだけだし、最悪これまでの生活と変わっちゃうんだよ!? あんなに一杯の笑顔に囲まれてるのにそんな事して、馬鹿じゃないの!?」

 それは陽子もまた同じである。

「そんなの言われなくても分かってるよ! でも、放っておけないの! 嫌なの! パパは言ってた! 困った時はお互い様だから誰かが困ってる時はとりあえず手を差し伸べてあげろって! それでその人が笑顔になったらこっちも気持ちいいだろうって! 私もそう思う! だから放っておかないの!」

「それが馬鹿だって言ってるの! そんな事して失敗したらどうするのさ!? 怪我したらどうするのさ!? 死んだらどうするのさ!? そんな事になる危険があるのにやる事じゃないよね!? それなのに――」

 やがて二人はマンションの建設予定地に到着した。

 それに二人は気付いたが、無視した。戦い易くなっただけだから。

 それに何より、二人は自らの思いを貫く事しか考えていない。

 先に動いたのはルナだった。

 大きく振りかぶり、切った言葉の先を続けながら思いをぶつける。

「――何でそんな事するの!?」

 ルナが決めるつもりで叩き込んだ拳は、しかし届かず、受け止められた。

 衝撃波が巻き起こり、大地は陥没し、周囲の物が壊れる。

 それでもその一撃を受け止めた者は倒れない。

「――そんなの、決まってんじゃん」

 陽子は受け止めた拳を押し返す。それにより、ルナの隙が生まれる。

 ありったけの思いを込め、陽子は終わらせるための一撃を振う。

「その方がもっと、ずっと、楽しいからだよ!」

 その一撃はルナの腹部に直撃し、轟音と共にルナは吹き飛んでいく。乱暴に手足を振り、地面を何度もバウンドしながら転がっていき、やがて止まる。

 静寂が二人の間に降りる。

 その最中、二人は動かない。

 それから約五分。陽子は大きく息を吐き、荒げる息を整えながらルナに近づく。

「……そんな理由でよく戦えるね……」

 ふと声がした。弱々しいが何かが吹っ切れた様な清々しい声だ。

 陽子はルナに歩み寄り、微笑んで答える。

「些細だからこそ大切にしたいの」

「……だからこそ、か……。……うん。分かるよ、それ。私もそうだから……」

「なら、手伝ってくれない?」

 陽子は右手を差し出した。

 ルナは呆然とその手と陽子を見つめ、要領が得られずに尋ねる。

「……何?」

「後はマリスって人だけ。それでこの事象は全部片がつく。だから――」

 その時、陽子は胸に痛みを覚えた。

 ズキン、ズキン、ズキン――。

 痛みは増し、あまりの痛さに片膝をつく。

「ヨウコ? 一体どう――」

 アサが尋ねた時、天候に変化が起きた。

 空が急に暗くなった。

 否、そんな生易しい変化ではなかった。

 空が暗くなったと思ったの一瞬、次の瞬間にその場にいる者は闇の中にいた。

 黒、黒、黒――。

 満目漆黒。

 有り得ない異常なまでの変化がほんの一瞬で始まり、終わっていた。

 そうなった理由をアサとルナは知っている。

 分かるからこそ、二人は驚きで反応出来なかった。アサとしては自分が知っている気配よりもより強大になっていたから。ルナとしては隠れていなければいけないはずなのにこんなに堂々と現れたから。

 そんな二人を余所に、その疑問に答える様に変化の正体は平然と言葉を紡ぐ。

「――呼ばれた気がした故、お望み通りに馳せ参じた」

 声がした瞬間、声の主の輪郭が一瞬で明らかとなる。今となっては保護色となる黒ずくめ。ロングコートも中に着る衣服、ブーツ、帽子に至るまで全て黒。その様は闇をまとっていると言っても過言では無い装いだった。

「マリス……」「マリス様……」

 アサとルナの声が重なる。

 マリスと呼ばれた漆黒の男は、ルナ、アサ、陽子の順で見た。

 視線を感じ、陽子もマリスを見て、絶句した。

 ただし、その強さにではない。

 言葉を失ったのは、見覚えがあったからだ。

 知っている。悲しみに染まった瞳を。

 知っている。悲しみで傷ついた体を。

 知っている。悲しみを背負った心を。

 それに導かれるまま、陽子は無意識の内にこう言っていた。

「――マリス、なの?」

 声に、マリスは柔らかい微笑みで答えた。

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