行間 報告その3
「今帰ったぞ」
帰宅したディスカイはリビングに入り、思った事をマリスに尋ねた。
「ルナの姿が見えないが?」
リビングはシンと静まり返っていた。そこにかつての騒がしさは無い。ディスカイは別段静寂が苦手ではないが、騒がしい事が当たり前となっていただけに妙な静けさが降りている。それはそれとしているべきはずのルナの姿が見当たらない。買い出し当番はディスカイであり、それ以外に外出する理由も目的もないルナがいないのはどう考えてもおかしい。
だとすれば、いない理由は一つしかない。
「行かせたのか?」
「いや、買い出しだ。急にオレンジジュースが飲みたくなったのでな」
「……それを世間一般では行かせた、というのではないか?」
ディスカイが呆れると、マリスは肩を竦め、苦笑交じりに言った。
「そう呆れてくれるな。本格的に実力行使されては堪らないのでな」
そして右手を見せた。その手は小さな手形の火傷だと思しき傷跡が痛々しくくっきりと残っていた。それと誰がやったのかは問うまでも無い。
だから、ディスカイは部屋に視線を移して話題を変えた。
「……ここも静かになったな」
「楽しい時間は早く終わると相場が決まっているからな」
「楽しい、か……。まあ、有意義な時間ではあった。感謝する」
「礼には及ばん。俺は好き勝手にやっただけだからな」
「つまり、年貢の納め時、というわけか?」
「仕方ないさ。少なくとも、俺に関しては」
即答だった。
「始まりが些細な事だ。だから、終わりが呆気無くなるのも必然だろうさ」
「些細、か……。だとすると、今のセイバーを知っているのか?」
「知っていたらどうする?」
「別に何も」
ディスカイの返答は軽い。
「元より俺達が主に従っていたのは単なる気まぐれだ。ディスガイアとディシーには思うところがあったみたいだが、あんな存在に出会ってしまったら還らぬわけにはいかない。大体、主はそれが目的だったのだろう?」
「大体も何も俺はお前達には初めからそう言っただろう。人に失望するのは結構だがそれは直に見て確かめて見たからでも遅くは無いのではないか、と」
「なら、ルナは? ルナにはどう言ったのだ? そもそも、ルナとは何だ?」
「ルナは俺の浅ましい執着の具現だ。駄目だとは分かっていたが、どうしてもあの太陽の光が忘れられなかった。だから月を作った。合理的な理由もあるがそんなのは後付けだ。実際問題、最初に考えたのは心の隙間を埋めたかっただけだからな。だから改まって言葉にして何かを伝える必要は無い」
「太陽の代用品、か……。全く以って浅ましい。自分勝手にも程がある」
「心配するな。自覚はある」
平然とマリスは言ってのけた。
「この際だ。ついでに暴露しておこう」
「何を?」
「俺の本当の目的。自分勝手俺様自己中である俺が人に失望するのは早過ぎる事を教えるためにこんな事をしたと本気で思っていると思うか?」
ディスカイは一瞬きょとんとするが、程無くして可笑しそうに笑い始める。
「――清々しい。全く以って清々しい。お節介、余計なお世話、ありがた迷惑――言い方はあるが強過ぎる善意は示し方によっては悪意と大差無いからな。深淵の中で生きてきた主にとってあの太陽が如き光はさぞ眩しく、それでいて美しく見えた、というわけか。本当に清々しい。あまりにも清々しくて憤りよりも呆れよりも賞賛が先に出てくるほどにな」
愉快そうに言い、ディスカイはリビングの出入り口に向かいながら続ける。
「では、俺も還るために行くとする。曲りなりではあったが、俺達を一堂に集まる機会と場を設けてくれた事を感謝する。騒がしくはあったが楽しかった」
「先ほども言ったが礼には及ばん。それより――」
「案ずるな。ルナには何も言わん。ただでさえ泣かせる事になるのにそこに今聞いた事を教えたら悲しみの上塗り。そうなっては後味最悪で還るに還れん」
厳格に答え、ディスカイはリビングから出ていく。
「達者でな、ディスカイ」
マリスの見送りに、ディスカイは手を振って答えた。