行間 報告その1
某マンションの一室にて。
「今帰ったぜー」
ディスガイアは挨拶しながら拠点に入った。
「あ、ディスガイア。お帰りー」
彼を出迎えたのは少女だ。
顔立ちは整っているが、抜きん出て良いというわけではない。濡れた烏の羽の様な長い黒髪が歩く動作に合わせて左右に揺れる。
その少女をまじまじと見て、ディスガイアはポツリと呟く。
「……やっぱり似てるな」
「? 似てる? 藪から棒に何言い出すの?」
「……なあ、アートルム。お前双子の姉妹っているか?」
「はい? いきなり何言ってるの? いるわけないじゃん。それとこの姿の時はルナって呼んで、って何度言えば分かってくれるの?」
「そうだよな……。でも、なら、何であそこまで似てるんだ?」
ディスガイアは取り合わずに奥へと進んでいく。アートルムと呼ばれ、ルナと呼んで、と自称した少女はその後をすぐさま追いながら尋ねる。
「もうさっきから何なの? それより手ぶらみたいだけどどうしたの?」
「色々あって手ぶらだ。責め苦は甘んじて受けるから勘弁な」
「色々? ……何があったの?」
そう言ったルナは至って真面目だった。しかし、ディスガイアは取り合わない。
「面倒だからまとめて説明する。それに報告は飯を食いながらでも可能だろ?」
「そりゃそうだけど……。ちゃんとマリス様の許可を取ってからだからね?」
「そんな事は百も承知だ」
ルナをあしらいながら、ディスガイアはリビングに通じる扉を開けた。
リビングには二人の男がいた。窓の外を見ている黒ずくめの男とソファに座り、ハードカバーの本に視線を落としているスーツを着た白髪碧眼の優男。
「遅かったな、ディスガイア」
「……本当に手ぶらなのだな。お前ともあろうものがどうした?」
先に反応した方がマリス、後に反応したのがディスカイという。
ディスガイアは荒々しくソファに座り、一息ついてから答えた。
「聞いていたなら分かるとは思うが、色々あった。で、大将。それに関しては飯を食べながら報告したいんだが、その無礼を許してもらえるか?」
「そんなの後にしなさいよ。どうせもう後の祭りなんだから」
そう言ったのはキッチンからルナと共に料理を持って出て来た妙齢の女だ。青みがかった黒髪は地につくほど長い。ラフな格好の上にエプロンをしている。名はディシー。アットホームな格好をしているが、ルナやディスガイア、ディスカイと同じくマリスを主とする従者の一人である。
ディスガイアは肩を竦めながら言う。
「確かにそうだが、それでも早い事に越した事は無いだろ?」
「それはそうだけど……。マリス様、如何致します?」
「聞こう。個人的には無しだが、興味深い事を言っていたからな」
「私に双子の姉妹がいるのか、って聞いてきたけど、それと関係ある?」
「大有りだ。……お、今日はカレーか。でも、何で急に?」
「何かね、マリス様が急に食べたくなったんだって」
「ふと食べたくなったのだ。深い理由は無い」
答えつつ、マリスは上座に座った。
「そっか。ま、そういう事もあるな」
「それよりディスガイア、暇なら用意手伝ってよ」
ルナに急かされ、ディスガイアは渋々立ち上がってキッチンに向かった。
一人増えた事により、用意は格段に早くなり、終わりかけという事も相成ってあっという間に終わった。準備が終わり、全員が席につく。
「では、諸君。今日も糧となる命に感謝して頂くとしよう」
マリスの前置きの後、全員で声を揃えて「いただきます」をする。
一口掬い、それを口に運びながらディスガイアは早速とばかりに口を開く。
「大将、単刀直入に聞くが、ルナに双子の姉妹っているのか?」
「いないが、それがどうした?」
「ねー、勿体振らないで早く教えてよー」
膨れ面で言うルナ。
ディスガイアはボリボリと頭を掻きながら答えた。
「邪魔されたんだよ。ルナにそっくりな原住民に」
「え、嘘? それホントなの?」
「他人の空似なのではないのか?」
即座に反論を述べるディスカイ。
「普通はそう考えるけど、実際に見た感想はどうなのよ?」
ディシーはその後に続いて、改めて意見を求めた。
ディスガイアは口の中の物を飲み込んでから答える。
「セイバーも見間違えただけじゃなくて喧嘩売ったくらいだ。俺だってセイバーに別人だと言われなければ実際に拳を交えるまで気付かなかったぜ」
「そんなに似てるんだ。それで? 邪魔されてどうなったの?」
「紆余曲折あって、そいつがセイバーの力を授与されたぜ」
「……お前、それをサラッと言うのはどうかと思うが?」
呆れ切った風情でディスカイは言った。
ディシーも同じ調子で言う。
「それ同感。ややこしくしてどうするのよ。まさかとは思うけど、その方が面白くなると思ったから、とか言ったら溺死させるわよ?」
「そういう気持ちが無かったと言えば嘘になるが、それ以上に相手を見誤った俺の完全な落ち度だ。あの嬢ちゃんは生身でもかなり出来るし、腕一本、それも利き腕折ったのにそれでも俺に向かってきやがった。その上、心が弱くなったセイバーを言葉と行動で奮い立たせた。敵ながら見事――」
「感心するな、阿呆」
ディスガイアの言葉をディスカイが手刀を浴びせながら遮った。脳天に決まったそれはかなり重い音がして、そのショックからディスガイアの手からスプーンがポロッと落ちた。慌てて拾った事でどうにか落下を免れる。
「ディスカイ! 何も殴る事はねぇだろ!」
「自業自得よ。ね、ルナ?」
「そうだね。ま、凄いとは思うけどさ」
ルナの言葉に渡りに船とばかりにディスガイアは乗っかった。
「だろ? いやー、本当に敵ながら見事だったんだぜ、あの嬢ちゃん」
「その者、セイバーとなった際に何と名乗った?」
不意に言葉を投じたのはマリスだ。
主であるマリスの言葉にはディスガイアも真面目に応じる。
「確か……白き勇気、セイバー・アルブス、だったと思うぜ」
「アルブス、か……」
「外見一緒でも中身はルナと正反対なのね」
マリスの呟きにディシーが反応した。
首を傾げてルナは尋ねた。
「ねぇ、ディシー? それってどういうこと?」
ディシーはおにぎりを一口頬張り、飲み込んでから説明した。
「向こうはセイバー、貴女はブレイカー。向こうは白で、貴女は黒。アルブスはラテン語で白、アートルムは黒なの。正反対と言ったのはそういうわけよ」
「なるほどー。ま、相手が誰だろうと私は負けないけどね」
元気良く言うルナ。そんなルナの頭をディシーは撫でる。
「ルナは健気ねー。でも、ルナは最後よ?」
「えー、どうして?」
「そんなのルナの最優先事項はマリス様の護衛だからに決まっているでしょ?」
「ま、興味が湧くのは分かるけどな」
楽しそうに言い、ディスガイアはスプーンを置いた。
量に違いはあるが、まだ全員の皿にカレーがある中、ディスガイアは早々に食べ終わっていた。一番多い量だったにも関わらず。
食器を洗い場に持っていき、ディスガイアはそのままリビングを出ていく。
「ディスガイア」
手がリビングのドアノブに触れた時、マリスに呼び止められた。
半身だけ体を向けて言葉を待つ。
「必ず戻れ。最悪、『大地の力』を向こうに渡して構わん」
その言葉に誰もが驚愕で言葉を失った。
いち早く我に返ったディスガイアが動揺したまま尋ねる。
「……正気か、大将?」
「無論。力はまた取り返せば問題無いが、お前の命は取り返しがつかんからな」
「だが――」
「分かったな?」
厳格で抗い難い声で言うマリス。
ディスガイアは一瞬たじろぎ、頷いて踵を返し、出て行きながら言う。
「了解だ、大将。じゃ、行ってくるぜ」