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第一章 VSセイバー

 放課後の校庭にある大きな木の下にて。

「白浜先輩! わ、私と付き合ってください!」

 白浜陽子は告白された。

 相手は一年生の女子だ。顔立ちはかなり良い。日本人離れした美貌の持ち主だ。綺麗な金髪は異国の血を引いている証拠なのかもしれない。顔も雰囲気も可愛い系であり、守ってあげたくなる様なそんな少女だ。

 だが、少女だ。

 紛れも無くどう見ても女の子だ。

 どこからどう見ても可憐な女の子である。

 そして、陽子も生物学上はれっきとした女に分類される。

 陽子もまた何処からどう見ても女である。胸部には女特有の膨らみはあるし、引き締めているとはいえ女体の曲線美をしているし、制服だってちゃんと指定の女子用制服を着ている。男勝りな性格をしていようが、腕っ節が強かろうが、声が女子にしては低かろうが、とにかく女子だ。

 陽子にレズの気は無い。至ってノーマルだ。周りからは『困っている女の子を見るとすぐに首を突っ込んで見境が無い』だの『百合フラグ製造機』だの『男子には厳しいのに女子にはめっぽう優しい』だの言われている振る舞いをしているが、見境が無いのは認めているものの、そういう場面になってしまう事は男子よりも女子の方が多いだけであり、陽子としては女の子だけの味方をしているつもりは毛頭無く、周りが好き勝手に捏造誇張しているだけだ。

 でも、悲しいかな、陽子には心当たりがあり、こういう事は初めてではない。

 陽子は所謂同性からモテるタイプなのだ。

 意中の相手がいなかった、というのもあるがバレンタインには友達にしかチョコを上げた事が無く、その一方で同性から送られてくるチョコはどれも気合が入りまくった本命チョコであり、その量はダンボール箱十個に山盛りである。

 でも、陽子はノーマルである。

 周りからどう見られようと、とにかくノーマルだ。

 なので、泣かれるとしても陽子にはこう言う以外に選択肢は無い。

「……私の事を好きになってくれてありがと。でも、ごめん。私、貴女のその気持ちには答えられない」

 そう言って陽子は相手の反応を伺った。

「……あれだけの流れ星も駄目な物は駄目なんだね……」

 告白した少女は俯いて小さく呟いた。少しして頬を伝い、一つ、また一つと涙が落ちて地面を濡らす。が、すぐに裾で涙を拭き取ると、少女は顔を上げた。その顔は強がって笑っている事が問わずとも伺える笑みが浮かんでいた。

 そんな少女は尚も流れてくる涙を拭きながら言う。

「なら……好きなままでいてもいいですか?」

 強いな、と思いつつ、陽子は微笑で肯定する。

「私の事、嫌いにならないでくれてありがと」

 そう言って陽子は告白した少女に歩み寄り、ポケットから取り出したハンカチを差し出した。少女は一瞬きょとんとするが、すぐさま我に返ると恐る恐るといった感じでハンカチを受け取り、目尻に溜まる涙を拭いた。

 そして、一礼すると陽子の横を通り過ぎて校舎へと戻っていく。

「また学校でね!」

 陽子は手を振りながら、少女に大声で呼びかける。

 少女はピタッと足を止め、振り返り、手を振りながら言う。

「はい! また学校で!」

 そう言って少女は校舎に向かって走り始めた。

 そんな彼女を陽子は姿が見えなくなるまで手を振って見送る。

 完全に少女の姿が見えなくなると、陽子はやれやれとため息をつく。

「……はあ、ホント、何でこうなるんだろう……?」

 自覚が無いわけでは無いし、見境が無い事も認める。が、だとしても告白されるほどの好意を寄せられるほどの事をしたつもりはない。まして同性愛に目覚めさせるつもりなどもっと無い。こういう事がある度に自分の行動を省みてみるものの、行き着く先はいつもと同じ答えだ。

 もう一度ため息をつき、陽子はボリボリと頭を掻いてから、携帯型の音楽プレイヤーを取り出し、装備しながら校門に向かった。

 下校の道すがら、陽子は何と無しに空を見上げた。

 茜色に染まりつつあるが、まだ十分に明るい空が広がっている。それを証拠に外で行われる部活動の活気と気合が込められた掛け声や怒号が聞こえてくる。

「流れ星、か……」

 告白後輩少女が呟いた一言により、陽子は昨日の幻想的な風景を思い出した。

 昨夜、空には無数の星が流れた。一つ、また一つと夜空を駆けるその姿はとても美しく幻想的で刺激に飢えている人達の心をかなり満たした。実際問題、陽子の周辺のみならず、今日は耳を塞がなければ何処からでも聞こえてきた。ニュースでも大々的に取り上げていたから相当な事だったのだろう。

「でも、あれって結局何だっただろう?」

 そんな流星群だが、気がかりな事が一つだけある。

 専門家曰く、昨夜の流星群はおかしいらしいのだ。何でも、昨夜は何某かの流星群が見られる日ではなかったし、観測出来た数にバラつきはあるものの、世界各国の何処でも観測出来た事も不思議と言えば不思議だそうだ。

 だが、不思議に思っているのは専門家や専門的な知識を持った一般人くらいであり、それ以外の大多数に昨夜の流星群は好意的に受け取られた。不思議に思う者がいたとしても、陽子の様に改めて考えないとそう思わないくらいであるため関心度は低い。加えて、宇宙に思いを馳せるからか、専門家もあれこれ理屈を捻ったが、その後に『これでまた分からない事が増え、俄然宇宙への興味関心が強まり、この仕事を続けたいと励みになりました』と言った。それが本心なのか、視聴者を安心させるための方便なのかは微妙なところだが。

「……ま、私が考えたところでどうにもならないもんね」

 自分に言い聞かせる様に呟き、陽子はその事を考える事を止めた。

 その時、突然背後から誰かに肩を掴まれた。

 誰だ、と思いつつも陽子は即座に反応した。振り返りながらその手を外し、距離を取る。突然の事だったので驚いたためだ。

 それから肩を叩いた相手を見た。

 その人物は、掛け値無しの美少女だった。

 日本人離れした美貌である。染髪では決して出す事が出来ない自然な色合いである金髪と金色に輝く瞳は異国の血を引いている証だろう。白を基調として金の刺繍が施された法衣と思しき服装を着ているからシスターなのかもしれない。コスプレにも見えなくはないが、服装の精巧さは素人目にも本物であると認識させる何かがある。

 そんな美少女は何かを叫んでいて、その顔は怒っている様にしか見えない。

 どうしてだろう、と陽子は考えて、すぐさま理解に至る。内容を聞き取れないのは大音量で音楽を聴いているからで、怒っているのはこちらが声をかけて反応しなかったからだろう、と自己完結した。

 そう考えて、陽子は改めて謎の美少女を見つめ、記憶に検索をかける。ヒットはしない。同性だとしてもこんな掛け値無しの美少女に会っていたのなら忘れない。すれ違っただけだとしても同様だ。でも、出会った記憶は無い。

 理解に至ってから、陽子はようやく携帯型の音楽プレイヤーを外した。

「――貴女、どれだけ私の事を無視すれば気が済むのですか!」

 すると、耳をつんざかんばかりの怒号が陽子の耳をついた。

 耳鳴りする耳を押さえつつ、陽子は素直に謝った。

「ご、ごめんなさい……。音楽聴いていて聞こえなくて……」

「音楽? ……ああ、そういう事でしたか。ですが、大音量での使用は聴覚を低下させる恐れがあるので控えた方がいいです。そうしなければ、こういう状況になった時にも相手に不快感を抱かせる事も無くなりますから」

「ご、ごめんなさい……」

 口調は丁寧だが端々からとてつもなく刺々しさを感じたので、陽子はもう一度謝っておいた。相当根に持っているに違いない。でなければ、こんな言い方はまずしないだろう。悪い事をしたな、と思いつつ、陽子は話題を変える。

「ところで……その、何処かでお会いしましたか?」

 これはこれで相当失礼だな、と思ったが記憶に無いからどうしようもない。

 すると、謎の美少女から親愛感が消え失せた。

「……白々しいですね。もう忘れたのですか? それにその格好……そんな姿で人間社会に紛れ込んで今度は何をするつもりです?」

 そして、そんな事を言ってくる。

 陽子は直感した。別の誰かと見間違われている、と。

 そうでなければ電波だ。白昼堂々、とても堅気には見えない格好をしてそんな事を口にしたならまず普通ではない。普通と認識する方が無理な話だ。

 でも、謎の美少女は至って真剣だった。鬼気迫る物さえ感じられる。

 謎の美少女が本物だろうと、電波だろうと、その態度からは真剣な物しか感じられない。少なくとも、陽子にはそうとしか見えなかった。

 しかし、勘違いは勘違いだ。

 陽子は誤解を解く事を決め、早速行動に移す。

「それ、きっと人違いです。誰かと間違えていませんか?」

「戯言を。冗談も休み休み言いなさい、ブレイカー・アートルム」

「私は本当の事しか言っていませんが?」

「まだシラを切りますか。そんな飄々とした物言いをしておきながら」

「飄々って……これは素ですけど?」

「……話になりませんね」

 呆れ切ったため息を吐く謎の美少女。

 それはこっちの台詞、という言葉が喉まででかかったが、陽子はグッと飲み込んだ。言葉は通じるが、話は通じないこの美少女にそんな事を言えば、十中八九誤解が誤解を生み、取り返しがつかない事になる。既に九割方そうなっている気が果てしなくするが、その辺は目を瞑るとして誤解は誤解である。

 陽子は尚も否定を試みる事にした。

「あの、とりあえず落ち着いてくれませんか? それと――」

「――分かりました。そちらがその気ならこちらにも考えがあります」

 言うや、謎の美少女はポケットと思しき部分に手を突っ込んだ。そこから取り出したのは白を基調として金色の枠組みが施されている携帯端末。

 それを構えるや、謎の美少女はおもむろに叫んだ。

「サンパワー、インストレーション!」

 途端、目も眩む光が謎の美少女に降り注いだ。陽子は咄嗟に目を庇う。

 光の放流は一瞬。

 終わりを感じ、陽子は改めて謎の美少女を見てぎょっとした。

 彼女の姿は一変していた。金の刺繍が施された白の法衣は一変し、金の刺繍や装飾が各所に施され、白を基調とした胴衣へと変化していたのだ。布地の少なさと機能性が重視されたそのデザインは戦うための物だろう、と推測出来る。

「希望の光、セイバー・ルークス! 天に代わり、悪は絶対に許しません!」

 その姿、その名乗り口上を見聞きし、陽子は果てしなく嫌な予感に駆られた。

 そして、こういう時の予感は基本的に的中するものである。

 この時の予感もその類の物だった。

 変身を完了するや、謎の美少女は鋭く息をつき、右ストレートを放ってきた。

 内心舌打ちしつつ、陽子はその攻撃を鞄と腕で防御する。かなり早いが対応出来ない速さではなかった。陽子は「もしもの時のために」と幼少の頃から護身術を教えてくれた父親に感謝し、こんな時にそんな事を考えている自分に呆れた。

 その間にも謎の美少女の攻撃は留まる事を知らない。上下左右前後。縦横無尽に動き回り、正確無比な攻撃を陽子へと放った。

 でも、陽子はそれを全て時には防ぎ、時には捌く。彼女の攻撃は確かに正確無比である。速さも相成って止めるのは至難の業だろう。しかし、陽子としてはその正確無比さがありがたかった。機械の様な精密さ故に次の行動が読める。如何に早かろうが、先読み出来るなら素人でも防げない事はない。陽子は徒手格闘に関してならばそれなりに覚えがある。だからこそ、謎の美少女の猛攻も割と余裕をもって防ぎ、捌く事が出来た。

 十回ほど防ぎ、捌き切った時、謎の美少女が攻撃を止めた。が、それでも敵意は消えておらず、鞄で受け止められている拳にも力が入ったままだ。

「……どういうつもりですか、アートルム?」

「どういうつもりって何がですか?」

「何が、ではありません。何故変身しないのです」

「変身、ですか……。なら、貴女って所謂正義の味方ってやつなんですか?」

「……まだシラを切るつもりですか?」

「まだも何も私は本当の事しか言っていませんよ?」

「……まさかその姿で別人だと言い張る気ですか?」

「まあ、そういう事です。こんな時に何ですが、私は陽子。白浜陽子って言います。歳は十七で、所属は私立光瀬高等学校二年一組です」

 そう言った時、謎の美少女から敵意が消え、驚きに目が見開かれる。

「まさか、そんな……でも、ならば、その姿は一体……」

 そして、驚き冷めぬまま、謎の美少女は陽子を無視してブツブツと何かを言い始めた。陽子としては説明の一つも欲しいところだったが、彼女にものっぴきならない事情があるだろうし、誤解は解けた様なので黙考が終わるのを待った。

 でも、ただ待っているのも暇だったので、陽子は帰りが遅くなる旨を親に伝えるべく、母親にメールを送信する。困った人を見ると放っておけないのは、白浜家全員の病気みたいな物であり、家族全員お節介で巻き込まれ体質なのだ。なので、くどくどと説明は不要であり、メールの内容も『面倒な事になったから帰りが遅れます』という至極簡単な物で相手には伝わる。

「あ、あの……す、すみませんでした!」

 陽子が母親へのメール送信を完了させるのと、謎の美少女の黙考が終わるのはほぼ同時の事だった。陽子はメール送信完了のメッセージを見てから携帯をバッグに仕舞い、謎の美少女に応対する。

「頭を上げてください。私は別に気にしていませんから」

「で、ですが……」

 罪悪感に満ちた声だった。申し訳無さで一杯なのだろう。

 陽子はため息をつき、ボリボリと頭を描きながら話題を変える。

「それより、貴女、大丈夫ですか?」

「え、な、何がですか?」

「何がって、貴女怪我していますよね?」

「……っ」

 謎の美少女は息を飲んだ。

 やっぱり、と陽子は思った。正義の味方だから、というわけではないが正義の味方があの程度では正義の味方が廃る。というか、やっていけない気がする。でも、怪我しているならば話は別だ。それが例え一見平気そうだとしても。

「それで? どうなんですか?」

「だ、大丈夫です」

 肩を押さえながら言う謎の美少女。

 どう見ても大丈夫そうではない。無理をしているのが丸分かりだ。

 だが、薮蛇になっても困るので、陽子は納得した振りをして話題を変える。

「なら、いいです。それより、何であんな事を?」

「そ、それは――」

「――それは勿論、そいつは俺達にとっては敵だからだ」

 唐突に声がした。

 その声を聞き、謎の美少女は反射的に振り返った。

「また変なのが出た……今日は厄日だね」

 ため息交じりにぼやきつつ、陽子も来訪者を見た。

 いかつい顔をした巨漢だった。手足は丸太の様に太く、そんな隆々とした肉体を隠すのは茶色を基調として黒の装飾や刺繍が細部に施されているロングコート。その下には同色のつなぎの上下。七月になったこの時期に何とも熱そうな格好だが、汗一つ掻いていないところを見ると平気なのだろう。

「変な、とは随分なご挨拶だな。大体、何でお前がこんなところにいるんだ?」

「……ひょっとして、私に話しかけています?」

「あん? お前以外に誰がいるんだよ、アートルム?」

 またか、と陽子は内心で思った。アートルム。先ほど謎の美少女もその名で陽子の事を呼んだ。余程その人物と似ているのだろう。何とも迷惑な話である。

「でも、どうした? 今のセイバーはお前なら楽勝のはずだろう? 大体――」

「――ディスガイア、彼女は民間人です。ですから、私とは無関係です」

 ディスガイアと呼ばれた巨漢の言葉を、セイバーと呼ばれた謎の美少女は遮る。

 それを聞いたディスガイアは眉根を寄せ、改めてといった感じで陽子の事を見た。少ししてその顔に理解の色が広がる。

「ほー、確かによく見ると違うな。だとすると……はは、こいつは傑作だな! 誤認で守るべき対象に牙を向いたか! 語るに堕ちたな、セイバー」

 そして、ディスガイアは腹を抱えて笑い始めた。

 グッと黙り込むセイバー。

 そんな二人を見て、陽子はいても立ってもいられなくなった。

「――貴方は酷い人ですね」

「何?」

 ピタリと笑いを止め、鬼気迫る目で陽子を睨みつけるディスガイア。

「嬢ちゃん、今何か言ったか?」

「貴方は酷い人ですね、と言いました」

 しかし、陽子は黙らない。

「間違いは誰だってします。間違いは確かにいけない事です。でも、責めるのならいざ知らず、それを馬鹿にして笑うのはもっといけない事です。だから、貴方は彼女に謝るべきです。そして、自分を省みるべきです」

「いきなり説教とは、お前何様のつもりだ?」

「そちらから見れば、アートルムとか言う人にそっくりみたいですけど、生憎とただの通りすがりの女子高生です。でも、間違った事を言っているつもりはありません。貴方にも貴方なりの事情があるとは思いますが、だとしても他人の間違いを笑っていい理由には断じてならないはずです。違いますか?」

「偉そうだな。嬢ちゃんはそれだけ――」

 ディスガイアの言葉が途切れ、姿が消えた。

 姿を現したのは、陽子の背後。振りかぶった拳を陽子へと放っていた。

 舌打ちし、セイバーは駆け出す。が、距離的に間に合わない。

 セイバーの焦燥を余所にディスガイアは拳を振り下ろす。

「偉いのか!」

 直撃、ディスガイアもセイバーもそう思っていた。

 でも、そうはならなかった。

「――偉くないですよ」

 鞄と腕で陽子はその攻撃を見事に防御していた。

「なっ!?」「えっ!?」

 ディスガイアとセイバーの驚愕と困惑が入り混じった声が漏れる。

 そんな二人を尻目に陽子は言葉を継ぐ。

「私は一介の女子高生です。大した事が出来るとは思っていませんし、誰かに説教出来るほど生きていません――」

 でも、と一度区切りつつ、陽子は受け止める力を強める。

「――間違いを正すために動く事がいけない事だとは思わない!」

 強めた力で陽子はディスガイアを弾き飛ばした。

 その隙に陽子は距離を空ける。反応は出来たものの、受け止めた腕の痛みが取れない。良くてヒビ、悪ければ折れているだろう。それほどの衝撃だった。鍛え上げられたあの体は見掛け倒しではない。これ以上はもらえない。

「な、何て無茶な事を……」

 横から声がした。

 そちらを見れば、セイバーの心配そうな顔が飛び込んできた。

「はは。確かにちょっと無理したかも……」

 そう言うや、陽子はセイバーの手を持ち、走り出した。

「な、何を!?」

「体勢を立て直すための戦略的撤退です!」

 叫ぶ様に言ってセイバーを黙らせる陽子。

「逃がすと――」

 そんな陽子の耳に、怒気を孕んだディスガイアの声がした。

 陽子は振り返り様にバッグを投げつけた。

 投じられたバッグは吸い込まれる様にディスガイアの顔面に直撃する。

 それを一瞥し、陽子は改めて走り出そうとした。が、そこでセイバーに抱き抱えられてぎょっとする。

「な、何!?」

「落ちたくなかったらジッとしていてください!」

 言うや、セイバーは思いっきり地を蹴った。

 それにより二人は空の人となる。夕焼けに染まる町を一望出来る高さだった。

 陽子は驚きと感動で絶句するが、セイバーはそんな事気にせずに電柱の天辺から電柱の天辺に飛び移りながら逃走を図った。


 二人が逃げ延びたのは神社の裏手だ。

 木々で隠れる場所があり、かつ人気も無いからだろう、と陽子は推測する。

「助かりました。私の足じゃ逃げ切れるかどうか不安だったので」

 陽子は呼吸を整えるセイバーに礼を言った。

 今になって思えば無茶したものだ、と陽子は思った。無我夢中だったとはいえ、捉えきれない速さで移動する相手に対して逃走を図るなど無茶苦茶だ。セイバーがいなかったからどうなっていたか分からない。

「いえ、礼を言うのはこちらの方です」

 はて、と陽子は思い、礼を言われる様な事をしただろうか、と考える。

 でも、陽子が答えに至るより早く、セイバーから答えが投じられた。

「嬉しかったです。こんな私のために怒ってくださった事」

 その事か、と思いつつ、引っ掛かりに対して陽子は叱る。

「駄目ですよ、自分の事を「こんな私」とか言っては」

「でも、先ほどの話を聞いていたでしょう? あれは事実なのです」

 そう言って、セイバーは自分の両手に視線を落とした。

「私は貴女に乱暴を働きました。どうあっても許される事じゃありません。例え貴女が許してくれようとも、私は自分が自分で許せません……」

 そういう姿は神に対して懺悔する信徒の様だった。

 気まずい沈黙が二人の間に訪れる。

 しばらくして、セイバーは何かを決意した様に顔を上げた。

「貴女は逃げてください」

「いや、もう無理ですよ」

 陽子は空を仰ぎ、逃走が無理である理由を挙げていく。

「どんな理由があれ、私は手を出してしまいました。手を出さなければまだ逃れ様はあったでしょうけど、あそこまでやって見逃してもらえるとは夢にも思えません。貴女が敵だった場合、あれだけの事をした私を見逃してくれますか?」

「それは……」

「無理ですよね? 不安材料は少ないに越した事無いですから。それに私としてもあれだけの啖呵を切ってしまったので逃げたくないですし、一人で逃げても後味最悪なのでやっぱり逃げたくありません」

「気持ちは理解出来ます。でも、貴女の事情なんて知った事ではありません」

「ごもっともです。でも、私言いましたよね? 間違った事を正すために動く事がいけない事だとは思わない、と」

「それは分かっています。だからこうして――」

「それが間違いです。責任感が強いのは凄いと思うし、立派だと思います。でも、何でもかんでも一人で出来ると思ったら大間違いです」

 きっぱりと陽子は言い放つ。

 セイバーは一瞬たじろぐが、すぐさま反論した。

「何でもしようとは思っていません。私は貴女を守りたいだけです」

「そんな体で勝てるんですか?」

「貴女が逃げる時間くらいは稼げます」

「なら、その後は? その後、貴女はどうなるんですか?」

 セイバーからの反応は無い。それが意味するところは一つしかない。

 分かったからこそ、陽子は言及した。

「それは、何ですか? どうなるんですか? はっきり言ってくださいよ」

「……どうにかします。だから安心して逃げてください」

「安心して逃げて、ですか……」

 ため息交じりにぼやき、陽子はセイバーを振り向かせ、両肩を掴んで叫ぶ。

「それで私が喜ぶと思ってるの!? だとしたらそれも間違いだよ! 言ったよね!? そんなのは後味悪いから嫌だって! そんな事されても私は全く嬉しくないの! 助かるなら二人一緒! それ以外は全部却下!」

「な、む、無茶苦茶言わないでください! そんな夢みたいな事あるわけないじゃないですか! 大体、貴女は無関係――」

「なら、何で貴女は喜んだの!?」

「……っ」

「貴女言ったよね? 私が怒ってくれて嬉しかったって。私だってそう。私も貴女が馬鹿にされてるのが我慢ならなかったから怒ったの。どう? 私も貴女も無関係でも相手の事を思って行動したんだよ? その後だってそう。私は貴女を助けるために行動したし、貴女も私を助けるために行動したんだよ? なら、これからも二人でどうにか切り抜けようよ。私に出来る事があるなら協力するから」

「……それは、出来ません……」

 セイバーは顔を背けながら、歯痒そうに言った。

「私は……誤解から貴女に乱暴を働きました。貴女は無関係だったのに、貴女は守るべき対象の一人だったのに……。それだけでも許される事ではないのに、これ以上迷惑かけるなんて私には出来ません……」

「――なら、方法はあるって事だね?」

 陽子は不敵な顔で言った。

 しまった、という顔で慌てて口を塞ぐセイバー。

 でも、もう遅い。陽子の中の疑問は氷解している。

 ずっと疑問に思っていた。

 あの状況、ディスガイアにとって優先すべきはセイバーだ。それはセイバーを倒すために到来した、と受け取れる言葉から補強する事が出来る。

 だと言うのに、ディスガイアが狙ったのはセイバーではなく陽子だった。発言に怒り心頭した、とも考えられなくは無いがディスガイアにとって陽子は取るに足らない相手だったはずである。そんな相手は後回しで済む。それなのに、ディスガイアはセイバーではなく陽子を狙った。

 そして、先のセイバーの発言。

 何かある、と踏んでいた。

 自分が関われば、状況を打開出来る何かが。

 だから、それを引き出すためにかまをかけた。根は正直というか、律儀そうだが素直そうな人だからこちらの熱意を見せれば、向こうも応じてくれると思ったら案の定そうなった。

「やっぱりそういう事だったんだね。何だ、そういう事なら早く言ってよ」

「言って、って……っ!? だ、だ、騙しましたね!?」

「うん、騙したよ。でも、安心して。全部が嘘ってわけじゃないから」

 陽子はあっさりと肯定する。事実は事実。認めるしかない。

「だ、騙したよ、って……」

 セイバーは目を見開いて口をパクパクさせた。少しして怒気を隠さずに叫ぶ。

「ひ、開き直らないでください! 酷いです! あんまりです!」

 陽子は肩から手を離し、数歩下がって頭を下げる。

「その事は謝る。ごめんね」

 素直に謝った後、陽子はすぐに顔を上げ、真面目な顔になって続ける。

「でも、私達の気持ちは同じだって事がこれで判明したね」

「……だからと言って、貴女を巻き込む事は――」

 セイバーは言葉を切り、陽子を抱き抱えて横に飛んだ。

 そこへ上から何かが降り落ちてきた。振り落ちたそれ――ディスガイアは間髪入れずに転んだ二人に向かって拳を放つ。それには陽子が対応した。負傷している腕をやるつもりでその攻撃を防ぐ。が、今度の一撃は防ぐ事が出来ず陽子は推し負けて吹き飛ばされる。

「ヨウコさん!」

 吹き飛ばされる陽子をセイバーは受け止めた。が、それでも吹き飛ばされた勢いを殺し切る事が出来ずに二人はまとめて吹き飛んだ。

「……さっきのはマグレじゃねぇのか。アートルムに似てるだけの事はあるな」

 ディスガイアの呟きでセイバーは吹き飛ばされたショックから目覚め、まだ起き上がっていない陽子の事を気遣った。

「ヨウコさん、大丈夫ですか!?」

「……まあ、何とかね」

 陽子は起き上がろうとしたが、攻撃の余韻と盾として使った右腕を支えとして使おうとしたが右腕は完全に折れてしまっていたので支えとして機能せず、左腕を支えとしてどうにか上体を起こす事に成功する。

 そんな陽子を見て、セイバーの美貌に影が差した。

「……ご、ごめんなさい、私が不甲斐無いばかりに……」

「平気。右腕はこの通りだけど、それ以外は平気。だから安心して」

「で、でも、私、私……私がもっとちゃんと、強かったら……そうすれば……」

 罪悪感から自分を責めるセイバー。

「そうだな。お前がもっと強かったらそいつはそんな目にはなってないな」

 そんなセイバーに駄目押しするディスガイア。

 セイバーはハッとして、俯き自嘲し始める。

「そ、そうですよね……。私がもっと、ちゃんとしていれば……」

「全くだ。つまるところ、お前はセイバー失格だ」

「……そう……なのでしょうね……」

「そういう事。というわけで、お前が強引に使っている『太陽の力』を渡してくれ。そうすれば、お前は楽になれるし、そいつもこれ以上痛い目を見なくて済むし、俺も助かって皆万々歳だ。どうだ? 悪い話じゃないだろう?」

「……そうすれば、見逃してくれるのですか?」

 まずい、と陽子は直感した。

 セイバーは冷静な判断力を失っている。ただでさえ罪悪感でいっぱいなところへ駄目押し。精神的にこれはきつい。

「ああ。見逃してやる。上には俺から上手く――」

「私は平気だから!」

 何とかしないと、そう考えた時、陽子は行動を起こしていた。

 叫び、地を蹴ってディスガイアへと立ち向かう。動かない右腕を庇いつつ、攻勢に転じる。穏便に済ませたいところだが、話が通じる相手では無い事は先刻承知。ならば、後は力技で食い止めるしかない。

 それにディスガイアは応じた。楽しげに笑うや、陽子の徒手格闘に付き合う。

 始まったのは無謀なる戦い。陽子の攻勢を裁くディスガイアは余裕綽々だ。そればかりか、楽しんでさえいる。

 しかし、陽子にとっては戦闘の内容などどうでもよかった。

 重要なのはディスガイアを抑える事。

 それが目的なのだから、内容など二の次でいい。

 攻勢を緩めず、陽子はセイバーに向かって叫ぶ。

「見て! 私は平気! 大体、こうなったのは私の自業自得だよ! 私が自分の分も弁えずに出張ったからこうなってるの! 他の事もそう! 全部、全部! 私がそうしたいからそうしてるだけで、貴女は何も悪くない! 少なくとも、私はそう思わない! それにセイバーが何なのか分からないけど、それが額面通りの意味なら、私はそう思わない! だって、貴女は私を守ってくれた! 助けてくれた! だから――」

「減らない口だな、嬢ちゃん!」

 そこでディスガイアが攻勢に転じた。

 大仰に振りかぶられた一撃が陽子に襲い掛かる。

 その一撃を陽子は一瞥し、左手で軌道を反らす。それから回転しながら懐に踏み込み、振り返り様にディスガイアの腹部に目がけて蹴りを放った。

 それを受け、ディスガイアはよろめいた。

 その隙に陽子は言えなかった言葉をセイバーに向かって言う。

「だから、立って! そして、一緒にこの状況を乗り切るよ!」

「ヨウコさん……」

 そう呟いたセイバーを見て、陽子は内心で安堵した。

 暗い顔をしていたセイバーに生気が戻り、活気が溢れたからだ。

「! ヨ、ヨウコさん!」

 セイバーの叫びを受け、陽子はディスガイアの方に向いた。振り向いた先には攻勢に転じているディスガイア。陽子は鋭く息を吐き、地を蹴って後退する。それで一撃目は回避出来たが、即座に追撃が来た。陽子はそれを一瞥し、振りかぶられた手に蹴りを合わせ、その手を踏み台にして完全に距離を空ける。

「ヨウコさん、手を!」

 避けた先でセイバーが右手を伸ばしながら叫んでいた。

 陽子は改めてセイバーを見る。覚悟を決めた様な、何か吹っ切れた様なそんな表情。ともあれ、その顔はとても晴れやかであり、これなら大丈夫と思った。

 だから、陽子は迷わずその手に手を伸ばした。

 伸ばされた手と伸ばした手が繋がる。

 そして、セイバーは叫んだ。

「サンパワー、インストレーション!」

 その瞬間、光が溢れ、二人は光に飲み込まれ、ディスガイアは吹き飛んだ。


 光の中で陽子は浮遊感に包まれながらセイバーと向き合っていた。

「ヨウコさん、私が不甲斐無いばかりに無茶を重ねさせてすみませんでした」

 陽子は首を左右に振る。

「気にしないで。私は自分がしたい事をしただけだからね」

「……どうしてそんなに強いのですか?」

「私は強くないよ。もう二度と後悔したくないから精一杯頑張ってるだけ」

「後悔を埋める……?」

「うん。――昔、友達との約束を守れなくて物凄く悔しい思いをしたの。まあもっとも、あんまり悔しかったからか、何にも覚えてないんだけどね」

 陽子は自嘲気味に言った。

 どうしてか思い出せない苦く、辛い記憶。

 処理し切れない、忘れられない後悔だけが宙ぶらりんな過去の記憶。

 それを穴埋めしたい。それが例え、別の充実感、別の満足感だとしても。

「……こっちこそごめんね。素人の分際で出張ってさ」

 セイバーはぎょっとし、慌てて口を開く。

「あ、謝らないでください! ヨウコさんはヨウコさんなりに頑張ってくれました! そんな貴女に謝られたら……私は一体どうすればいいのですか?」

「でも、私が出張らなければこんな状況にはならなかったわけだし……」

「でも、そうしなければ私は貴女と出会う事は無く、そうなっていたら私は今後ずっと一人で何でも出来ると思い込んだ愚かなままだったと思います」

「ううん、それは無いよ。私が一番手だっただけで私みたいな人は、貴女の力になってくれる人はきっといるよ。もしかしたら、もっとスマートに――」

 そこで陽子は言葉を止めた。

 正確には止められた。

 セイバーが使っていない左手の人差し指を陽子の口に添えたからだ。

 陽子の言葉を遮り、セイバーは口を開く。

「私は貴女と出会えた事が嬉しいのです。私はそう思います」

 そう言ったセイバーは優しい微笑を浮かべていた。

 これ以上何かを言うのは野暮だな、と思って陽子も笑みを返す。

「ありがと。そう言ってくれて凄く嬉しいよ」

 陽子がそう言った時、セイバーの手の力が強まった。

 優しい微笑を真面目な顔に変え、セイバーは言う。

「――ヨウコさん、私の使命に付き合ってください」

 陽子は即座に応じる。

「私で良ければ喜んで」

 応じた瞬間、セイバーの手を伝って陽子にとてつもなく大きな何かが流れ込んできた。少ししてとてつもなく大きな力だと直感し、異世界の住人から戦う力を授けられる主人公はこんな気分なのかな、とどうでもいい事を考える。

 何でも出来る気がした。

 誰にも負けない気がした。

 だから、何でも頑張れる気がした。

 例えこの先、どんな困難が待ち受けていようとも。

 そこまで思って、陽子は瞼を開けた。

 飛び込んできたのは、神社の裏手とディスガイア。

 ディスガイアを直視した途端、陽子は自然と知らない口上を口にした。

「白き勇気、セイバー・アルブス! この勇気でどんな悪も挫いてみせる!」

 言ってから、陽子はハッとして自分の姿を見下ろした。

 制服は一変、白を基調として金の刺繍をあしらった防護服に変化していた。胸元に太陽をモチーフにした装飾品をつけているノースリーブのワンピースにスパッツ、足元にはブーツと凄まじい変化である。さらに髪が重いと思えば、増量して白の大きなリボンでポニーテール状に自動的にまとめられていた。

 つまるところ、これ以上無いくらいに変身していた。

 本当に変身しちゃったよ、と内心驚く陽子。

 が、相手はそんな驚愕と困惑、そして感動している暇を与えてはくれない。

「セイバーの力が授与されちまったか……。これはマリス様に報告しないとな」

 言いつつ、ディスガイアはおもむろに手を上げた。

「そんな事させると思いますか?」

「ああ。お前は俺の相手を出来なくなるからな」

 そう言った時、手には黒い光が出現し、それは球体を象った。

 そして、ディスガイアはそれを最寄りの木に向けて放った。すると、その木は黒い光に包まれ、その光はウネウネと動きながら変形していく。

「――っ! アンタ、その木に何したの!?」

「言っただろ? お前は俺の相手を出来なくなるって」

 ディスガイアが言い終えた時、木の変形が完了し、何の変哲も無かった木は木の化物へと変貌を遂げていた。その姿は禍々しく、一見で化物と分かる。

「じゃ、後を頼むぜ」

 陽子に背を向けるディスガイア。

「ま、待ち――っ!」

「と、そうだ。これ、さっきのお返しだ」

 陽子はすぐさま追いかけようと地を蹴ろうとしたが、ディスガイアが何かを投じてきたので反応が遅れた。何だと思えば、それは陽子が逃げる際に武器として使った鞄だった。だから、陽子は咄嗟に受け取ってしまった。

「ヨウコさん、前!」

 その時、何処からかセイバーの声が聞こえた。

 切迫した声に陽子は反射的にその場から飛び去った。直後、陽子がいた場所に鞭の様になった木の枝が叩き込まれ、その場所が砕かれ、凹む。

 冷や汗を背中に感じつつ、陽子はディスガイアがいた場所を見る。しかし、当然の様にディスガイアはその場所にいなかった。忽然と姿を消していた。

「ヨウコさん、今は目の前の敵に集中しましょう」

 すると、またセイバーの声が聞こえた。

 何処から、と着地しながら陽子は周囲を見渡す。

「ヨウコさん、こっちです、こっち」

 声がする方を見れば、胸元の太陽をモチーフにしているだろう装飾品の中心に埋まっている金色の宝石が声に合わせて明滅していた。

「……えーっと、セイバー?」

「はい。私ですよ、ヨウコさん」

 陽子が聞くと、応じる様に明滅する。

「大胆なイメチェンだね」

「率直な感想をありがとうございます」

「素直は反応をありがとう」

 陽子は相手を見据えながら話題を変える。

「とりあえず、どうすればいい?」

「まずは一定のダメージを与えてください。話はそれからです」

「一応聞くけど穏便に済ませる方法は?」

「残念ながらありません。聞く耳持ってくれませんので」

「そっか。……まあ、そういう事なら仕方ない、か……」

 ボリボリと頭を掻き、ため息をついて陽子は顔をあげ、構える。

「――そういうわけだから、悪いけど力技で行かせてもらうよ!」

 言うや、陽子は地を蹴り、木の化物へ立ち向かった。

 木の化物は雄叫びを高らかに上げて応じる。

 始まったのは一進一退の攻防。

 手数は陽子に分があり、威力は木の化物に分がある。木の化物はリーチが長い分、一発を凌げば陽子が攻勢に移れる。が、木の化物は見た目通りに頑丈であり、徒手格闘による乱打を浴びせてもまるで効いている気がしない。その上、その頑丈さを活かして木の化物は一撃に賭けた戦闘形式に変わり、その一撃は放つ度に精度が増していく。最初こそ大振りで粗末だったので回避したり、捌いたりする事は容易だったが、十を越える頃には難しくなり、二十を越える頃には困難になって受け止めざるを得ない攻撃へと変化していった。

「ヨウコさん、距離を取ってください!」

「策があるの!? そんなにダメージ与えた感覚無いよ!?」

 精度が増した攻撃を防ぎつつ、陽子は尋ねた。

「あるから言っています! 無理を承知でどうにかお願いします!」

「分かった! やってみる!」

 その時、木の化物が大振りな一撃を放った。

 陽子はそれを受け止めつつ、後退した。それにより木の化物の攻撃は陽子の後退の手助けをする形となり、双方の間合いは大きく開かれた。

 両足と治った右手でブレーキングし、完璧に勢いを殺してから陽子は尋ねる。

「それで? どうすればいいの?」

「手に意識を集中させてください。後は天が導いてくれます」

「天? なら、空に掲げた方が良かったりする?」

「その辺はご自由にどうぞ」

「了解! じゃ、いっちょやってみるか!」

 指示に従い、陽子は天に右手を掲げた。

 その時、何処からか光が飛来し、陽子の右手に振り落ちてきた。その光を受け、陽子の体は金色に輝き始めた。すると、脳内には言葉が浮かんできた。これが、セイバーが言っていた天の導きなのだろう、と理解しつつ、陽子はそれを紡ぐ。

「太陽の光よ、悪しき心を照らし尽くせ!」

 導きに従い、陽子は手に意識を集中させ、後ろに大きく振りかぶる。

 そして、ボールを投げる要領で右手を前にかざし、行使の言葉を宣言する。

「ブレイブ……バスタァアアアッ!」

 呼びかけに応じ、放たれたのは純白の光線。

 その反動は凄まじく、陽子は地面を削りながら後退する。

 だが、それに見合った結果は示された。

 木の化物へと直進したそれは、木の化物に直撃し、それに伴って化物へと変えてしまった黒い光が木から抜け落ちていった。

 光が消えると静寂が訪れ、何もかもが元通りとなった。

 出鱈目な事が起こっていた事を証明するのは、一変した陽子の姿のみ。

 そんな陽子の姿は静寂の訪れと共に光に包まれ、それが離れると元の制服姿に戻り、陽子から離れた光は一つに集合し、人型を象り、セイバーとなった。

「うわぁ、便利……。一体どういう仕組みなの?」

「え? さ、さあ……。どういう仕組みなのでしょう?」

「いや、聞いてるの私だし、私に聞かれても……。というか、知らないの?」

「え、ええ……。知らなくても不都合は無かったので……」

「そっか。ま、そういう事を突っ込むのは無粋な気もするから別にいいね」

 納得して陽子は疲れを吐き出す様に思いっきり息を吐いた。

 それから笑顔を作って話題を変える。

「しかしまあ、どうにかなっちゃったね」

「ええ。ヨウコさんのおかげでどうにかなりました」

 セイバーも笑顔で応じた。

 陽子は首を振って否定する。

「これは二人で勝ち取った勝利だよ。だから二人で喜ぼうよ」

 そう言って陽子はハイタッチを示した。

 セイバーは一瞬きょとんとしたが、すぐさま合点してハイタッチした。

 それから二人は笑い合った。

 一頻り笑った後、陽子は話題を変える。

「ところで、これからどうする? 行くところ無いよね?」

「その事の前に名乗らせてもらってもよろしいですか?」

「やっぱり本名は別にあるんだ?」

「ああ。セイバーは通称みたいなものなのです。私はアサと申します」

「アサ、ね……。アサ、アサ、アサ……」

 覚えるように何度も呟く。短い名前だったから覚え易かった。

「そ、そんなに連呼しないでください……。不思議と恥ずかしいです……」

 照れ臭そうに言われ、陽子は呟くのをやめ、話を変える。

「ところで、アサさんはこれからどうするの」

「それに関してはご心配無く。時にヨウコさん、何処へ行く時も必ず持ち歩く物は何かありますか? 肌身離さず持っていると尚良いのですが」

「持ち歩く物、か……。それならやっぱり携帯かな?」

 言いつつ、陽子はバッグから携帯電話を取り出した。

「確認しますが、それは確かですか?」

「うん。私腕時計はしないし、アクセサリーの類も邪魔だからしないから」

「そうですか。ならば、それを私の方に向けてしっかりと持っていてください」

「? よく分からないけど了解」

 指示された通りに陽子は携帯電話をアサの方に向けた。

 すると、アサの体は突如光の粒子となり、そうなったアサは入り込む様にして陽子の携帯電話に向かい、光の消灯と共にアサの姿は消える。

「……ホントに便利だね。どんな仕組みになってるんだか」

 ぼやきつつ、陽子は携帯を開いた。

「どうです? これで問題は解決ですよね?」

 待ち受け画面となったアサがどや顔で言った。

 陽子は思いついた素朴な疑問をぶつける。

「あのさ、つかぬ事を聞くけど、狭くない?」

「平気です。これで中々快適ですよ? 自分で歩かなくていいですし、この姿なら食料に困る事もありませんし、人に注目される事も無いので」

「そうなんだ。まあ、快適なら良かった」

「その割には不満そうに聞こえますけど?」

「ん? まあ別にいいよ。利便性考えたらこれがベストだからね」

「……ひょっとして人の姿のままが良かった、とかでしょうか?」

「まあね。折角新しい友達が出来たし、これから一緒に暮らす事になりそうだから一人っ子卒業でちょっと嬉しかったりしたからさ」

「……なるほど」

 呟くや、携帯が光だし、アサは人の姿に戻った。

「あれ? 大丈夫なの?」

「ええ。私がヨウコさんの持ち物と同化しようとしたのはヨウコさんの都合を考えての事でした。親御さんや周りへの説明が大変でしょう?」

「……ま、大変な事は大変だね」

 親や友人知人各位への説明は割とどうとでもなりそう、というかなるが、問題なのはそれ以外、特に学校の法的都合が難所だ。それに関して親に協力を申し込むつもりだったが、それでも大変な事に変わりは無い。

「そうでしょう? でも、ヨウコさんが問題無いのでしたら、私としてはどんな姿でも不都合は無いので、ヨウコさんのご希望に答えようと思った次第です」

「そっか。ありがとね、アサさん」

 そう言って陽子は右手を差し伸べ、そこでふと思った。

「そういや、変身すると変身前の怪我って治るもんなの?」

「ええ。折れたままでは不便で不利ですから」

「ますます便利だね。それじゃ改めて」

 陽子は改めて右手を差し出して続ける。

「帰ろうか、貴女が住む事になる私の家へ」

 アサはその手をしっかりと握り返して元気良く応じた。

「はい!」

 それから二人は仲良く帰路についた。

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