第五章 VSマリス
「あ、アルブス……?」
「貴女、何言って……」
「――久しぶりだな、ヨウコ。お前が変わらない在り方で嬉しいよ」
驚くアサとルナを余所に、マリスは親愛感たっぷりな声で陽子の疑問に答える。
それを受け、陽子は確信に至る。
辛くても思い出したかった記憶が蘇った。
マリス。
悪意そのものであるため、そういう存在であるがために存在そのものが害悪とされ、悲しみを背負い続ける事を宿命付けられた悲し過ぎる存在。陽子にとって他の誰よりも助けてあげたかった存在。
「本当? 本当に、マリス……なの?」
「ああ。変わっていないから不思議か?」
「あ、ううん……。その、信じられなくて……」
「俺もだ。そういう風に動いたが、お前がセイバーになってくれるかどうかは賭けだったからな。もっとも、お前ほどセイバーに向いている奴はいないが」
「そ、そう、かな……? で、でも、私……」
明るくなった陽子の表情が陰る。
それを見て、マリスが首を横に振った。
「――十年前も言ったがあの事を気にするな。大人しく適当なところで終わっておけばよかったのに、お前と出会った事で柄にも無く『生きたい』と思ってしまった俺の落ち度だ。だから、お前が悔やむ事は無い」
「で、でも、私、私……、貴方を助けるって、一緒にいるって……なのに……」
言葉は最後まで紡がれない。後半にいくにつれて嗚咽が交じり、最終的に陽子は泣き出してしまった。子供の様に周りに目があるにも関わらずに。
そんな陽子を見て、マリスはため息をついて歩み寄り、そっと涙を拭いた。
「全く、泣き虫なのは変わっていないな……」
「だ、だって、私、私……」
「そう泣くな。俺が悪者みたいじゃないか」
「実際そうではないですか」「実際そうじゃん」
そこで置いてきぼりになっている二人は痺れを切らして突っ込んだ。
「――アルブス、水を差しますがどういう事なのです?」
「――マリス様、どういう事?」
刺々しさ全開で尋ねる二人。
泣きじゃくる陽子をあやしつつ、マリスが説明する。
「そう呆れてくれるな。先に断っておくが俺だってしたくてしたわけではない。大体、こうなってしまったのはお前の先代にも非があるのだぞ? もっとも、奴には奴の正義があり、常識的に見れば向こうの方が大衆に受けるが」
「それが分からないと言っているのです。先ほどヨウコをセイバーとするのが目的だ――という事を言っていましたが、それによって貴方が得られるメリットは何なのです?」
「どう転がるかはヨウコ次第だ」
「と言うと?」
「簡単に言えば、ヨウコが勝てば俺は潔く消え、俺が勝てばヨウコは俺の嫁になる、というわけだ。理解出来たか?」
「「「……はい?」」」
全員が呆然とした。泣いていた陽子ですらきょとんとしている。
「何だ? 理解出来なかったのか? なら、もう少し詳しく話そう」
一度咳払いし、マリスは続けたようとした。
しかし、それよりも早く我に返った陽子が詰め寄って問い質す。
「ちょ、ちょっと待って! 消えるって何!? 何でそうなるの!?」
その反応を見て、アサとルナは「嫁という方には突っ込まないのですね」「そうみたいだねー、ラブラブー」と完全に他人事のノリで反応するが、陽子はそれどころではなく、詰め寄られているマリスもそれどころではない。
「落ち着け、ヨウコ。ちゃんと説明するから」
「ほ、本当? 前みたく突然消えない?」
「消えないから離れろ。アサとルナの視線が痛い」
指摘を受けて陽子は慌ててマリスから離れた。
マリスは服の乱れを直し、一度咳払いしてから説明に入った。
「――さて、まずは名乗ろうか。俺の名は『悪意』。この身は万象万物の悪意の集合体であり、いるだけでも万象万物の悪意を増幅させてしまうが故に存在しているだけでも害悪とされ、セイバーと戦う事を宿命付けられている。そうだな……魔王だの邪神と言えば分かりや易いか。だがまあ、一方的に倒されるのも癪に障る故、毎度毎度巧妙に負けた振りをして逃げ延びていたわけだが、そんなある日、俺はヨウコと出会った。ここまではいいか?」
「マリス様、質問いい?」
「手短にな、ルナ」
「ほいほい。あのさ、何で攻めに転じなかったの?」
「私もそれが気になりました。どうしてなのです?」
マリスは口許を歪めた。
「ルナは分かるとして、守護者たるお前がそれを言うのはどうなのだ?」
「アルブスに、戦うばかりが解決ではない、と教えられたからです」
「そうか。先代もそれくらい殊勝だったら良かった物を。まあもっとも、どちらが悪と言えば無論俺になるわけだから致し方無いが」
「セイバーは救う者だから?」
「そういう事だ。続けるぞ?」
「どうぞ」「よろしくー」
「では、続ける。ヨウコ、暇だと思うがもう少し付き合ってくれ」
「おっけ。しかしまあ、今となっては懐かしいね」
思い出す様に呟く陽子。
マリスはため息をつく。
「懐かしいって……、死にかけておきながらよくそういう事が言えるな?」
声を出して驚くアサとルナ。
しかし、当人の陽子はあっさりとした反応を示す。
「それはそうだけど、だってあれ不慮の事故の一種じゃん? まあ、あれで死んでたら恨み言の一つや二つ言うけど、私はこうして生きてるからね」
「……つくづくお人好しだな。まあ、そんな真っ直ぐさが俺は好きだ。――さて、いい感じに話題が戻ったところで説明に戻る。ヨウコはまあ昔からこの調子でこっちの都合お構いなしで踏み込んでくるから対応が遅れ、気がつけばヨウコの家に厄介になっていた。居心地が良くてついつい甘えてしまってな」
マリスがそう言うと、アサは気配で、ルナは視線で陽子を見つめ、
「昔からあの調子だったのですか」
「貴女の家族って物好きの集まりなの?」
心底呆れ切った調子で言った。
陽子は肩を竦める。
「まあね。だけど、これでも控えめになった方なんだよ?」
「……マリス、続けてください」
「元セイバーに同じー」
突っ込むのが面倒になり、二人は先を促す。
それを受け、マリスは説明を再開した。
「しかしまあ、そんな時間は当然長く続かなかったわけだ」
マリスの表情が陰る。
「それからしばらくして、俺の居場所がセイバーに割れた。それを感じ取った俺はその時を年貢の納め時だと決め、セイバーに会いに行った。……今にして思えばこの時の選択は間違いだったのだろう。実際問題、その後は散々だった。ヨウコが俺の下へ来てしまうし、セイバーにはヨウコの事を誤解され、激情したセイバーの強攻から俺を守ろうとしてヨウコが盾となり、それを見た俺は激情に駆られてしまってセイバーを倒してしまったからな」
「そんな事が……」
呻くアサ。
陽子がフォローに入る。
「アサ、先代を責めないで。あの時のセイバーの判断は正しかった。マリスの性質上、セイバーから見た私はマリスに魅入られてしまっている、と判断されて当然だし、実際問題、マリスを助けたいと思っていたから魅入られてしまったと言われても反論出来なかったからね」
「嬉しい事を言ってくれる。それはそれとして、ヨウコの言う通りだ。あの時、下手を打ってしまったのは俺とヨウコであり、先代のセイバーの判断は正しかった。現実問題、俺はこうして自分勝手な事を行っているからな」
「とりあえず、二人がラブラブなのは分かったから先に進んでくれない?」
陽子とマリスのフォローをルナは一刀両断して先を促した。
陽子とマリスは互いを見合って苦笑し合い、その後説明は再開された。
「事が終わった後、俺は自分の力を使ってヨウコの応急処置をした。ちなみにアサがヨウコに乱暴を働いてしまったのもこれが原因だ。今のヨウコは俺の力で生き長らえている状態でセイバーから見た場合は敵性と見なしてしまうからだ。とまあ、そういうわけでヨウコを生き長らえさせたが、それによって俺は戦力を確保する必要性が生じた。ヨウコを生かす手前、ヨウコ以外には負けられなくなってしまったからだ。で、そんな時だ。先代のセイバーが協力を提案したのは」
「それがルナ?」
「え? どういう事?」
陽子の言葉に、ルナがきょとんとして尋ねた。
陽子は考えをまとめ、ルナの方を向いてから答える。
「いや、何と無くそう思ったの。私に似てるし、ルナさんとセイバーとなった私の防護服には通じる部分があったし、戦力が必要って話ならセイバーの力は持って来いなはず。で、セイバーの力が流用されてるなら、私に似てる理由は分からないけど、とりあえずセイバーに通じる物があるのは説明つくから」
言い終えて陽子はマリスを見た。
マリスは肯定を示す微笑を返して口を開く。
「ご明察。ヨウコとルナがそっくりなのはルナがヨウコの影から出来ているからだ。ヨウコの影を用いたのはセイバーの力は守護者と人間にしか扱う事が出来ないからだ。後はまあ、俺がヨウコと一緒にいたかったからというのもある」
「なるほど。それでルナさんとアルブスはそっくりなのですか」
「――となると、私は今のセイバーを手に入れるまでの代用品って事か……」
寂しげにルナは言った。
当然だ。あくまでも繋ぎ。それはマリスの言葉からでも窺い知れる。
でも、それを即座に否定する者がいた。
「ルナ、勝手に落ち込むな。俺は自分勝手な悪党だが外道ではないぞ」
マリスだ。不満全開という調子でルナに言い放つ。
「え? でもだって……、今のセイバーが手に入ったら私はいらないでしょ?」
「そう考えても無理は無いがそんな事を言った覚えは無いし、お前を代用品と思った事は一度も無い。それくらいの分別は持ち合わせているつもりだ」
「……じゃあ、私はマリス様と一緒にいていいの?」
「無論だ。もっとも、そうなるのは俺が勝った場合だが」
「消えるか嫁にするかって話?」
陽子が話を戻すと、マリスは首肯した。
「ああ。色々語ってきたがそういうわけで俺はヨウコ以外に負けられなくなった。俺が死ぬとヨウコも死んでしまうからな。それを回避するためにはヨウコを俺の敵とし、俺に勝利させる必要があった。ヨウコに負けたのなら俺は納得して消える事が出来るし、倒された瞬間にヨウコと同化する事で天寿を真っ当させる事が出来る。で、そのためには守護者とヨウコを引き合わせなければならなくなったわけだが、セイバーの打倒及びセイバーの力の流用だけでは次のセイバーは出張って来なかった故、ヨウコを傷物にした恨みを晴らそうと守護者に喧嘩を売った次第だ。この後の事は皆も知っている通りだ。説明は以上。これで大まかな疑問は解けただろう?」
「まだだよ。私を嫁にするってやつ」
「俺だけ褒美無しでは不公平だろう? だから、俺が勝ったらヨウコには一緒に生きてもらおうと思った。ちなみにマモリの許可は得たから安心してくれ」
「ご、強引だね……。というか、何許してんのよ……」
「嫌か?」
「こっちの生活に支障が出ないなら別にいいよ」
「あ、いいんだ」
「あっさりですね……」
呆れる二人に陽子はあっさり返す。
「そりゃ皆と離れ離れになるのは寂しいけど、一緒にいるって約束したし、私が下手打ったせいでこうなってるわけだから、負けた時はそれでもいいかなって」
「心配するな。俺が勝った場合、ヨウコは十年前に不慮の事故で死亡した事に記憶の改竄が行われ、それが正史である様に再構成される。ちなみにそうなっているのは俺がヨウコを表の住人として生き長らえさせているためだ」
「何とまあ、至れり尽くせりな話だね。というか、破格の条件過ぎない?」
「悪役を強要するからな。俺としては対等だと思っているよ」
「そうでも無い気がするけど……、まあ、マリスが納得してるならいいわ」
陽子はマリスに背を向けて距離を取り始めた。
マリスもそれに習い、陽子が歩いた分だけ離れる。
歩きながら陽子は言う。
「でも、悪いけど、負ける気は無いよ。負けられない理由があるからね」
「俺も負ける気は無い。持てる全てを賭させてもらう。……と、言い忘れていた。俺が負けた場合、ルナの事を頼んでも構わないか?」
「安心して。頼まれなくてもそのつもりだから」
「それを聞いて安心したよ」
七メートルほど離れたところで両者は足を止め、向かい合い、構えた。
「アルブス、健闘を祈ります」
その時、アサが言った。
陽子は不敵に笑って答える。
「容認しちゃっていいの? 私が負けたらどうするのさ?」
「平気です。私はアルブスが勝ってくれると信じていますから」
「止めてよ。そんなに期待されたら応えないわけにはいかないじゃん」
「応えてください。皆で一緒に出かけましょう」
「簡単に言ってくれるね。相手はこの世の悪意そのものだよ?」
「問題無いです。アルブスが前に進もうとする限り、その勇気を忘れない限り、太陽の力はアルブスを照らし続けてくれますから」
「――でも、夜を照らすのは月の役目だよ」
何時の間にか横に並んだルナが言った。
「どういうつもりです、アートルム?」
「止めるよ、アートルム。マリスにこれ以上間違いを続けさせないために」
「アルブスは物分かりが良くて助かるよ」
楽しげに言い、ルナはマリスの方を見た。
「そういうわけで、私はアルブスに協力するね」
「踏み出す糧となるならそれもまた有意義だ。今まで助かったよ、ルナ」
応じる声は軽い。まるでこうなる事が始めから分かっていた様に。
「今まで楽しかった。作ってくれてありがとう、マリス様」
「どういたしまして。――では、そろそろ始めるとするか」
マリスが、変わった。
闇が深くなったというわけでもなく、体に特別な変化が起こったわけではない。だがしかし、臨戦態勢に気持ちを切り替えた事で周りの空気が一瞬にして張り詰め、その鋭利さは動けば肌が切れてしまう、そんな錯覚を抱いてしまうほどだ。
変わったマリスが、余裕綽々と宣言する。
「先手は譲る。何時でも好きな時に始めてくれ」
それを受け、陽子とルナは頷き合い、同時に地を蹴った。跳躍した二人は矢の如くマリスに接近し、間合いに入るや同時に拳を繰り出した。
直後、落雷に似た轟音が轟き、衝撃によって地面が陥没した。
「――先手。確かに譲ったぞ」
だがしかし、マリスは二人の攻撃を苦も無く受け止めていた。
そして、マリスは攻勢に転じた。鋭く息を吐き、両手を左右に大きく開きながら掴んでいた二人の手を離す。左右に飛ばされながら、二人は危機を直感し、その予感は的中する。吹き飛びつつある二人が目にしたのは、自分達に手をかざしたマリスの姿。ついで、その手には黒い光が集束し、
「初手はサービスだ。しっかり耐えろ」
そんな言葉が紡がれるや、黒き光が発射され、二人に襲い掛かった。吹き飛ばされている事と流れる様な攻撃を前に、二人は防御する術しか持たず、黒き光線を真っ向から受けた。爆発が起こり、土煙が立ち込める。
「どうした? まさか――」
マリスは途中で言葉を止め、言い直す。
「――この程度ではないな」
土煙のカーテンを吹き飛ばし、二人が立ち向かってきたからだ。
接近し、気迫を乗せた一撃を二人は繰り出した。が、マリスはそれも苦も無く受け止めた。しかし、二人は止まらない。防御されたと分かるや、即座に次の攻撃を鏡に合わせた様な左右が違うだけで全く、全く同じタイミングで繰り出し続ける。一撃を通す事、二人の頭はそれだけを考えて我武者羅に突き進む。
「――やるな。では、少し強めに行くぞ!」
乱打の合間を縫い、マリスは振り上げた拳を地面に叩きつけた。轟音と共に地面が陥没し、衝撃波によって土煙が舞い、二人は煽られて距離を離される。が、二人は着地と共に体勢を立て直し、即座に立ち向かい、攻撃を仕掛けた。
しかし、その一撃は空を切るだけに終わった。捉えた、そう思われた瞬間、二人の目の前からマリスが消えたのだ。ぎょっとしつつ、二人はどうにか体勢を崩し、ぶつかる事だけは免れて位置を交代して土煙を巻き上げながら両足でブレーキングを行って飛び込んだ衝撃を無へと帰し、マリスの姿を探した。
「上です!」
答えは陽子の胸元から。
「正解だ」
直後、空から肯定が降り、ついで黒き光が二人に降り注ぐ。
まずい、と二人は思うが、そう思った時には黒き光は目前に迫り、二人は成す術無く受けるしかなかった。声もあげられない痛みが全身を駆け抜け、光の消滅と共に二人は糸が切れた操り人形の様に膝から崩れ落ちる。
「アルブス! アートルム!」
アサは呼びかけるが、二人は呻き声でしか反応出来ない。
「アルブス! アートルム! しっかり――」
「立てそうなら待つが、立てないなら立つな」
アサの呼びかけを遮り、降り立ったマリスが余裕綽々と言い放った。
グッと息を飲み、アサは尚も二人に呼びかける。
「アルブス、皆と一緒に出かけるのでしょう!? 私を連れて行ってくれると言ってくれたじゃないですか!? アートルム、貴女は自分の道を歩くと決めたのでしょう!? 私も貴女と歩いてみたいです! だから、だから――っ! お願いです! 立ってください! 無理は百も承知です! でも――」
「――はは。そんな姿になっても口だけは達者なんだね……」
よろよろと上体を起こしながらルナは冗談めかしく言った。
「あ、アートルム!」
「――ありがと。少し元気出た」
よろよろと上体を起こしながら陽子は苦笑交じりに言った。
「あ、アルブス!」
起き上がった二人を見て、アサは歓喜の声を上げた。
一方、そんな二人を見て、マリスは愉快そうに笑った。
「――立つか。しかし、そんな体でどうする?」
「……どうにかするよ。マリス様には悪いけど、アルブスやアサと一緒に歩く道は……それはそれで楽しそうって思っちゃったからね……」
「……それ同感。どう考えても楽しそう……。それでマリスもいれば完璧だけど……そういうわけには行かないみたいだし、マリスには悪いけど私はこっちでまだまだやりたい事があるし、この町や皆が好きだから……」
立ち上がり、二人は声高に同時に言い放ち、
「「私達は諦めない! 何としてでも貴方に勝って、必ず止めてみせる!」」
光を招来する。
「太陽の光よ! 全てを照らし尽くせ!」
「深遠の闇よ! 全てを包み込む安息をもたらせ!」
白き光が陽子の手に、黒き光がルナの手に降り注ぐ。
その瞬間、漆黒の世界を灰とも銀とも見える光が照らし尽くした。
光が溢れる中、
「ブレイブ……」
「ディスペア……」
二人は発射のための言葉を紡ぐ。
「「バスタァアアアッ!!」」
解き放たれた白と黒の光線は、螺旋を描いてマリスへと突き進む。その道中、二つの力は混ざり合い、膨れ上がり、漆黒の世界を照らし尽くしている灰とも銀とも取れる光と全く同じ光となり、より勢いを増して飛んでいく。
その一撃を放った後、二人は見た。
「「えっ――?」」
マリスの微笑を。
しかし、二人の驚きを余所に、灰とも銀とも取れる光はマリスを撃ち抜いた。
光が途切れ、闇が晴れる。空は暗く、夜の帳がすっかり降りていた。
が、そんな周りの変化はもちろん、勝利の余韻に浸っている暇など二人には無かった。目の前には膝から崩れ落ちるマリス。二人は慌てて駆け寄り、
「「馬鹿! 何であんな事したの!?」」
一斉に怒鳴った。その目は今にも涙が流れそうなほどに潤んでいる。
「――初めからそのつもりだったのだと思われます」
変身を解除し、人の姿に戻ったアサが物悲しげに言った。
「常識的に考えれば、ヨウコとルナが負ける展開は無しです。それにマリスはヨウコの事を何にも尊重していましたし、ルナの事も同じくらいに。だから――」
「……だから、わざと負けた? そう言いたいの……?」
ルナが恐る恐る口を開いた。アサは首肯する。
「何で!?」
陽子の怒号が夜の空に響き渡る。
「何で? 何でなの、マリス!? どうしてそこまで――」
「――その方が楽しそうだからだ」
陽子の言葉を弱々しいが満足げにマリスは遮った。
それに呼応する様に、マリスの体は黒い霧状となり、陽子の影と同化していく。
「俺がヨウコ達と一緒にいる方法はこれが最善だ。悪役として一緒に生きてもらうのもそれはそれで楽しそうだが、ヨウコにはやはり日の当たる場所が似合う。ルナも光に当たらせたいし、アサと何か約束したのだろう? で、約束を破らせてしまった時のヨウコは……、それはもう手に負えないほどだったからな……。それを知っている手前、約束を破らせたくはなかった……」
「でも、だからって……っ!」
「……心配するな。こうして触れ合えなくはなるし、話せなくもなるが……これでようやくずっと一緒にいられ、そうなれば俺はもう誰かを悲しませる事を止められる……。俺にとってこれほど嬉しい事は無い……。だから――」
一度言葉を止め、マリスは力なく微笑んだ。
「――笑って、くれないか? 湿っぽいのは一回で十分だ……」
「マリス……」
「――貴方とはちゃんと話してみたかったです……」
アサが無理矢理笑って言い、
「――マリス様……、命を、私を作ってくれてありがとうございます……」
ルナは優しく微笑みながら続いた。
二人を見て、陽子は裾で乱暴に涙を拭き、涙を堪えて気丈に微笑んだ。
三人の笑顔を見て、マリスは満足そうな顔をして呟く。
「――ありがとう。最後まで自分勝手で――」
言葉は最後まで続かない。
マリスは陽子の影となり、今はもう物言わぬ、自ら動いたりもしない。
消えたぬくもりをしっかりと抱きしめながら、陽子は空を仰いで呟く。
「――ホント、何処まで自分勝手なら気が済むのよ……」