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序章 バッドエンドの後も物語は続く

 世界には規模の大小はあるが、ひっきりなしに悲劇が起きている。

 この日起きたその事象もそんな有り触れた悲劇の一つだ。


「――この程度がセイバーなんて聞いて呆れちゃうね」

 そう言ったのは黒き少女。全身黒ずくめ。機能性と美麗さを兼ね備えた防護服は多少破損しているものの、廃墟と言えるレベルで散々な状態な周囲に比べれば軽微であり、それは彼女の実力の高さを無言で物語っている。

「……ぐっ」

 対し、相対するセイバーと呼ばれた白き少女は満身創痍。純白の防護服は服の形を保っている事が不思議なほどに破損し、肌蹴た部分からは痛々しい痣が垣間見え、肩で息をするほど呼吸は乱れ、紡ぐ言葉は本来ならば簡単なその行為も難儀と容易に窺い知れるほど掠れている途切れ途切れの返答だった。

 セイバーは鋭く息を吐き、激痛走る体に鞭を入れて地を蹴った。その動きは彼女の外見からは想像出来ないほどに早く、鋭い。そんな動きで間合いを詰めるや、黒き少女に向かって右ストレートを放った。

 その攻撃を黒き少女は苦も無く受け止めた。舌打ち一つし、セイバーは残してある方の左で攻撃を放った。が、それよりも早く黒き少女が右ストレートで割り込んだため、セイバーは咄嗟に左手を防御に回す。しかし受け切れず、骨が軋み、筋肉が悲鳴を上げながらそのまま遥か後方へと吹っ飛ぶ。

 セイバーを吹っ飛ばした後、黒き少女は笑みを湛えて拍手し始めた。

「立派、立派。でも、本当に足掻く事しか出来ないみたいだね」

 そう言って、黒き少女は後ろを振り向いて尋ねる。

「――マリス様、いい加減飽きて来たから終わらせても良い?」

 黒き少女が振り向いた先には、黒ずくめの男がいた。ロングコートとズボンで素肌という素肌を隠し、つばの広い帽子をしっかりと被った何処からどう見ても一見で怪しい人物と仮定出来る装いをしている。

 この者――マリスと呼ばれたこの者こそが、この惨状を作り出した元凶だ。その手腕は鮮やかにして迅速。制圧までの所要時間は僅か半刻。それを行って尚、男の衣服に乱れは無く、周りには暴虐な破壊の爪痕がいくつも刻まれている。

「もう良いぞ。こちらは片付いたからな」

 マリスの背後には巨大な扉があり、その扉は何重もの黒い鎖によって封鎖されている。黒き少女が行っていたのは、作業完遂のための時間稼ぎだ。

 それを見て、黒き少女は首を傾げる。

「何で封印なの? 倒しちゃった方が後々面倒じゃないと思うけど」

「いや、封印で良いのだ。というよりもそうする他無い、という方が適切か。アレを倒してしまうとバランスの管理までこちらで行わなくてはならないからな。――ところでアートルム、窮鼠猫を噛む、という諺を知っているか?」

「? いきなり――」

 アートルムと呼ばれた黒き少女は、突然言葉を止めた。

 沈黙を守っていたセイバーが、疲れも痛々しさも感じさせない素早い動きでアートルムを飛び越え、その後ろにいるマリスへと急襲したのだ。

「マリス様!」

 虚を突かれた事により、アートルムは動けない。攻めに転じる事は可能だが、それ即ち主人であるマリスを巻き込む事になってしまうからだ。主人を思うが故にアートルムは動けない。セイバーの作戦勝ちである。

「マリス、貴方だけは何としても倒します!」

 アートルムの驚愕を余所に、セイバーはマリスへ右ストレートを放った。力強く振われたそれはかつてないほどの力と敵意が込められている。

 衝撃波が巻き起こり、アートルムは風圧に負けて吹き飛ばされる。

「――その気迫と前向きさは賞賛に値するぞ、セイバー」

 そんな中、平然とした声がした。

 セイバーの顔が動揺に染まる。決死の攻撃はマリスには届かなかった。後手だったにも関わらず、マリスは左手でその攻撃を平然と受け止めていた。

「だが、悪いな。生憎と俺にも負けられない理由がある」

 言うや、マリスはセイバーを蹴り飛ばした。セイバーは咄嗟に左手で防御するが、重く鋭く早い攻撃はそんな防御を物ともしなかった。

「きゃあああっ!」

 悲鳴を上げながら吹き飛ぶセイバー。

 そこへアートルムが追撃を加える。

「これはおまけだよ! ディスペア……バスタァアアアッ!」

 かざされた左手から放たれたのは黒き光線。その黒き極光は真っ直ぐと吹き飛んだ白き少女へと向かい、遥か遠方で爆発音が巻き起こった。

 その瞬間、無数の流星が夜の闇を切り裂きながら流れた。

 流星群をジッと見つめつつ、アートルムは尋ねる。

「追う?」

「目標に一番近いのは?」

 冷静に応じるマリス。アートルムが口にするまでもなく、流星群はセイバーが逃走を図るために行った工作、と推測しているからだ。

「少し待って。……ディスガイアかな」

「なら、ディスガイアに一任する」

「私はまだまだ行けるよ?」

「そんな身なりで外を出歩くつもりか?」

 マリスの言い分はもっともだった。

 アートルムの装いは見られない事も無い。が、女体である事を考慮すると話が変わってくる。さして破損していないとはいえ、傍から見れば十代後半の少女に見える者が常識的に見て露出度とボロボロ具合で注目されてしまうだろう装いで外出するのは色々とまずい。

 指摘されたアートルムは、自分を見下ろしてから尋ね返す。

「私は平気だよ?」

「俺が気にする。それに手負いのセイバーなら、お前自ら出向く必要性は無い」

「私が出向いた方が確実だよ。それなのにどうして?」

「一方的過ぎる、というのもつまらないからだが?」

「……その余裕は命取りになる気がする」

 顔を俯かせ、不安げに言うアートルム。

「なら、俺の命運はそこまでなのだろう。所詮この世は弱肉強食だからな」

 それを聞いてアートルムは顔を上げるが、マリスが突然頭に手を置き、優しく撫で始めたので完全に上げる事が出来ず、突然の行動に驚いて固まってしまう。

 マリスはアートルムの頭を撫でながら、不安を拭う優しい口調で口を開く。

「だが、安心しろ。この選択が間違っていたとして、お前が危惧する状況が現実となってもタダで終わってやるつもりはない。それはお前も同じだろう?」

「――うん。私はこの世に生んでくれた恩を返しきってないからね」

「なら、不安に思うな。そんな気持ちでは勝てる勝負も勝てんからな」

 そして、マリスはその場を後にした。アートルムもその後を追う。


 かくして一つの悲劇は終わり、流星群は夜空を疾駆する。

 その様はまるで、物語を終わらせないために文と文を繋ぐ橋の様だった。

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