第6話 境界の街にて
朝の空気は、夜よりも冷たかった。
奏は、街の一角で目を覚ました。
背中に伝わるのは、硬い地面の感触だけだ。
屋根のある場所ではない。
ただ、風を多少防げる壁際に身を寄せ、そのまま意識を失っていたらしい。
身体を起こすと、関節が軋んだ。
寒さは、夜よりもいっそう厳しく感じられる。
奏は、自分の身体を見下ろした。
衣服は、ほとんど残っていない。
最低限身を覆っているだけで、寒さを防ぐものは何もなかった。
息を吐くと、白くなる。
街は、すでに動き始めていた。
人の声。
荷車の軋む音。
遠くで鳴る金属音。
奏は立ち上がり、通りへ出た。
すぐに、視線を感じる。
好奇の目。
警戒の目。
そして、大半は――無関心。
衣服らしい衣服を身につけていない姿は、否応なく目を引いた。
子どもが、母親の袖を引いて何かを囁く。
母親は一瞬だけ奏を見て、子どもを引き寄せる。
店先に近づくと、店主は視線を逸らした。
追い払われることはない。
だが、声をかけられることもない。
――ここでは、そういう扱いなのだ。
街の中央に近い場所には、兵士の姿もあった。
帝国の紋章を付けた鎧。
だが、彼らは奏を見ても動かない。
身分を問うことも、止めることもなかった。
面倒事には関わらない。
それが、この境界の街の流儀なのだろう。
寒さが、容赦なく体力を削っていく。
店に入るという選択肢は、最初からなかった。
金がないからではない。
この姿で入れば、拒絶されると分かっていたからだ。
奏は、人通りの少ない路地へと足を向けた。
壁際に、古びた布を積み上げた露店がある。
商いとも言えない、場末の店だ。
年配の男が一人、そこにいた。
奏の姿を見ると、男は眉をひそめる。
「……凍死でもされると、寝覚めが悪い」
それだけ言って、男は布の束を一つ放って寄越した。
粗末な上着と、使い古しの防寒具。
決して良いものではない。
奏は一瞬、言葉を失った。
「……ありがとうございます」
そう言うと、男は肩をすくめる。
「礼はいらん。面倒が増えるだけだ」
それでも、布は取り返されなかった。
身に着けると、寒さは多少和らいだ。
指先の感覚が、少しだけ戻る。
だが、胸の奥は、相変わらず冷たいままだ。
助けられた、とは思えなかった。
ただ、生き延びるための最低条件を与えられただけだ。
通りへ戻ると、音が聞こえた。
弦を擦る音。
演劇小屋の前で、簡単な旋律が鳴っている。
だが、その音に足を止める者はいない。
呼び込みの声にかき消され、雑音のように流れていく。
奏は、足を止めた。
胸の奥が、かすかにざわつく。
それでも、近づくことはしなかった。
今はまだ。
音楽は、遠い。
立ち去ろうとしたとき、ふと気配を感じた。
誰かが、音の方を見ている。
周囲とは違う、静かな視線。
奏は気づかないまま、その場を離れた。
境界の街の片隅で、
音だけが、ひっそりと残っていた。




