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追放された勇者は音楽家だったので、音楽で世界を変えることにします。  作者: 三門
第2章

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第45話 目印

 王宮の小部屋。


 机の上に布袋が三つ置かれている。

 口はどれも紐で縛られている。

 結び目の形はばらばらだ。


 奏は椅子を引かず、机の端に立っていた。

 目線だけで、紐の位置と結び目の向きを追っていた。


 護衛の女性は扉の横に立っていた。

 扉の内側から一歩。

 廊下の音が聞こえる角度で頭を少しだけ傾けていた。


 廊下で靴音が止まった。

 金具が触れる音が一回。


 護衛の女性が言う。

「入ってください」


 扉が開く。

 ガイウスが入ってきた。


 右手に細い縄を巻いた木片。

 左手に小さな布切れ。

 どちらも濡れている。


 ガイウスは机の空いた場所に木片を置いた。

 次に布切れを、木片の横に広げた。


「橋の下にあった」

「結び目は袋と同じ形があった」


 奏は目線を縄へ移した。

 縄の端は短い。

 指でつまめない長さまで切られている。

 結び目は一つ。


 奏が言う。

「ほどかないでくれたんですね」


「ああ」


 護衛の女性が布切れを見る。

 布は指二本分の幅。

 端が裂けている。

 角に小さな結び目が一つある。

 結び目は指先で作れる簡単なものだ。


 護衛の女性が言う。

「これは何ですか?」


 ガイウスが答える。

「荷の目印だ」

「橋の下に落ちてた」


 奏は布切れへ手を伸ばさない。

 距離を詰めずに目で追う。


 奏が言う。

「結び目が簡単すぎます」

「これは誰でも作れます」


 ガイウスが短くうなずく。

「その通りだ」

「だから厄介だ」


 護衛の女性が言う。

「捕まえたのはいますか?」


「一人押さえた」

「縄を結んでた男じゃないが」


 ガイウスは木片の縄を指で叩く。

 縄は動かない。

 結び目も崩れない。


「縄を結ぶ役は逃げた」

「押さえたのは、目印を付ける役だな」


 奏が聞く。

「目印をどこに?」


 ガイウスが布切れを指で押さえる。

「箱の取っ手だ」

「布を結んで、結び目を外側に向ける」

「それだけで仲間が分かる」


 護衛の女性が言う。

「どの箱を動かすか、先に決めてるんですね」


「そうだ」

「押さえた男は、箱を三つ見て」

「一つだけ触って、すぐ離れた」


 奏が言う。

「触る場所は決まってますか?」


「決まってた」

「取っ手の根元だ」

「指がそこに入る」


 奏は机の上の布袋を見る。

 袋の口。

 紐の端。

 短く切られた端。


 奏が言う。

「縄は手間をかけてますね」

「ほどかれたくないから」

「目印は逆に簡単です」

「付けるのが速いから」


 護衛の女性が言う。

「役が分かれていますね」


 ガイウスが言う。

「分かれてるな」

「銀貨二枚で雇われる奴も別だ」


 奏は視線を上げない。

 声だけ小さく出す。

「門の外で騒ぐ役ですか」


「そうだ」

「殿下の命令で門は開けないが」

「外で声を大声を出して、噂を撒き散らしている」


 護衛の女性が一歩だけ机へ寄る。

 布切れの結び目を目で追い、すぐ止まる。


「噂は、どこから?」


 ガイウスが答える。

「市場の外れの川沿い」

「橋の近くで同じく騒ぐ奴らがいる」


 奏が言う。

「噂話は止められないですね」


 ガイウスが答える。

「噂は放っておく」

「先に、動いている人間を押さえる」


「橋の下で目印を付ける者」

「箱を運ぶ者」

「その二つを先に捕まえる」


 ガイウスは机の布袋へ目を向ける。

「袋が落ちた場所が橋の下だった」

「だから橋を押さえた」

「そこに目印の役がいた」


 護衛の女性が言う。

「捕まえた男は何を話したんですか?」


 ガイウスは机の端へ目線を落とす。

 息を一回入れ替える。


「名は出していない」

「呼び方だけを言った」


 奏が聞く。

「呼び方?」


「『川の親方』だ」

「それ以上は何も言っていない」


 護衛の女性が言う。

「親方が命令するということですか?」


「親方が金を出して」

「役ごとに人を動かしている」


 奏は布切れを見る。

 簡単な結び目。

 布の端。

 裂けた繊維。


 奏が言う。

「布は新しいですか?」


 ガイウスが答える。

「新しい」

「染みは少ない」

「だが、切り口がまだ荒い」


 奏はうなずく。

「作ったばかりですね」


 護衛の女性が扉へ目を向ける。

 廊下の靴音が近づいて止まる。


 ノックが二回。


 護衛の女性が扉の前に立つ。

「誰ですか?」


 柔らかい声が返る。

「私ですわ」


 護衛の女性が扉を少し開ける。

 アリアが廊下側に立っていた。

 部屋へは入らない。

 扉の縁に片手を添えて止まっている。


 アリアの視線が机へ向けられる。

 縄。

 布切れ。

 布袋。


 アリアが言う。

「捜索が進んだのね」


 ガイウスが言う。

「橋の下に目印役がいました」

「縄の結び目は袋と同じ形がありました」


 アリアが布切れを見る。

 眉が少しだけ寄る。

 でも声は荒くならない。


「その布で、箱を動かすの?」


「その布が付いている箱は、仲間が運ぶ箱です」

「布が無い箱には触りません」

「だから布は合図です」


 アリアは扉の縁を軽く握り直す。

 指先が白くなる前に力が抜ける。


「奏は?」


 ガイウスが答える。

「ここに残しています」

「外には出していないです」


 アリアが奏を見る。

 奏は目線を上げない。

 机の上の縄を見ている。


 アリアが言う。

「奏」

「今、分かることだけでいい」

「おしえて?」


 奏は短く返す。

「はい」


 奏は机の布切れを見る。

「目印が簡単すぎます」

「これならば誰でも真似できます」

「同じ布を結ぶ人が増えると」

「関係ない箱にも布が付いてしまいます」


 アリアが言う。

「そうなると?」


 奏は答える。

「兵士が全部の箱を止めて確かめることになります」

「その間に、本当に動かしたい箱は別の場所へ運ばれます」

 アリアがうなずく。

「分かった」


 ガイウスが言う。

「ここからは二つに分ける」

「橋の下の見張りを増やす」

「川の荷の箱は止めない」

「止めたら町が困る」


 アリアが言う。

「そうね、止めるのは王宮の箱だけにして」

「王宮が出す箱は、紐も封も全部こちらで決めるわ」

「勝手に布や結び目が付いたら、その場で分かるから」


 ガイウスが一拍止まる。

「どういう意味です?」


 アリアが答える。

「王宮から出る箱だけ、こちらで封をする」

「紐の結び方も決める」

「違う結び方が付いていたら、その場で分かる」


 護衛の女性が言う。

「箱を誰が運びますか?」


 アリアは少しだけ目線を落とす。

 迷っている。


「運ぶ役が必要です」

「外で揉めても、止める役も必要です」


 ガイウスが言う。

「当てはあります」

「年配の職人が、信用できる家を知っています」


 アリアが言う。

「リアナの家ね」


 護衛の女性が目を動かす。

 奏の表情を覗き込む位置には入らない。

 扉の横のまま、廊下も見える角度を保つ。


 ガイウスが言う。

「口が堅いですし」

「物を乱暴に扱わないです」


 アリアが言う。

「特別扱いはしないわ」

「まずは決まりを守れるか、ね」


 奏が小さく言う。

「リアナには」

「箱の持ち方だけ伝えてください」

「余計な事情は言わなくていいです」


 アリアが少し笑う。

 口元がほんの少しだけ緩む。


「わかったわ」

「それでいく」


 ガイウスが言う。

「次は木箱に入れて持って来てもらう」

「箱は門の外では開けない」

「中身は小部屋に入ってから、こちらの指示で見せてもらう」


 護衛の女性が言う。

「門の外で、知らない人に話しかけられるかもしれません」


 ガイウスが答える。

「外は兵士を増やして警戒態勢にする」


 アリアが言う。

「リアナに嫌な思いはさせないで」

「見張りはなるべく近づかない位置で」


 ガイウスがうなずく。

「承知しました」


 廊下の奥で短い呼び声がした。

「ガイウスさん!」


 足音が一度止まり、次に速くなる。

 伝令の声が近づいてくる。


「橋の見張りが、布の束を見つけました!」

「同じ結び目が二つあります!」


 ガイウスが体を廊下側へ向ける。

 扉の内側に立ったまま、声だけ返す。


「場所は?」


「橋の下の石段です!」


 ガイウスが言う。

「そこを押さえろ」

「勝手にほどくな」

「袋ごと運べ」


 伝令の足音が遠ざかる。


 アリアが言う。

「ガイウス、行って」

「私はここで待つわ」


 ガイウスが廊下へ出る。


 護衛の女性が扉を閉めた。

 金具が小さく鳴る。


 小部屋に静けさが戻る。


 アリアは廊下側に立ったまま、扉の隙間から呼ぶ。

「奏」


「はい」


「今日、眠れそう?」


 奏は机の縄を見る。

 固い結び目。

 短く切られた端。

 指でつまめない長さ。


 奏は言う。

「大丈夫です」


 アリアが息を吸う。

 それでも声は落ち着いている。


「明日も無理はしないで」


 奏は小さくうなずく。

「分かりました」


 扉の外で、護衛の女性が言う。

「殿下、こちらへ」


 ドレスの裾が擦れる音が一回。


 奏は机の上を見る。


 縄。

 布切れ。

 布袋。


 奏は指を動かさない。

 視線だけで、布切れの小さな結び目を数える。


 一つ。


 次は同じ結び目の袋が二つになる。


 机の上の結び目は、ほどけないまま残っていた。

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