第44話 結び目
王宮の小部屋。
机の上に布袋が一つ置かれている。
中身は入っていない。
口だけが紐で強く縛られていた。
奏は机の前に立っている。
椅子は引かない。
護衛の女性が扉の横に立つ。
視線は袋と扉の両方を見ていた。
紐の端は短い。
結び目は中央に固まっている。
奏は言った。
「この結び方は荷を運ぶ人の結び方です」
護衛の女性が聞く。
「船の荷ですか?」
「それもあります」
「この付近なら、川の荷運びが多そうですね」
奏は袋を持ち上げない。
机の上のまま紐を見る。
「解く時に指の力がいります」
「急ぐとほどけないです」
「なぜそんな結び方を?」
「落としても解けないようにするためです」
護衛の女性が袋の端を見る。
「落とす前提ですか?」
奏が答える。
「落としたときに、誰にも拾われない場所なら、そのままでもいいですが」
「人が多い場所だと、拾った人が勝手にほどくので」
「落としても中身が盗られないように縛るのでしょう」
扉がノックされた。
二回。
護衛の女性が言う。
「入ってください」
扉が開く。
ガイウスが入ってきた。
靴の裏に砂が少し付いている。
「川沿いを見てきた」
奏は顔を上げない。
袋を見る。
ガイウスが続ける。
「子どもが三人いた」
「同じ言葉を言っていた」
護衛の女性が聞く。
「その言葉、子どもは誰に教わったのですか?」
「川の荷運びの男なる人物だ」
ガイウスは机の袋へ視線を落とす。
「袋も同じだった」
奏が言う。
「結び方も?」
「同じだ」
奏は小さくうなずいた。
「じゃあ男は一人じゃない可能性があります」
護衛の女性が言う。
「川沿いの男は一人ではない?」
「そう思います」
奏は袋の紐を指で軽く押す。
「この結び方は教えないと出来ない」
「習うのか?」
「見て覚えるんです」
ガイウスが腕を組む。
「荷運びの集まりか」
奏は首を振る。
「荷運びだけじゃないです」
護衛の女性が言う。
「他にもあるのですか?」
「弓の毛を束ねるとか」
部屋が静かになる。
ガイウスが言う。
「リアナの家か」
奏はすぐ答えない。
袋を見る。
「似てるだけで、同じとは言ってないです」
ガイウスは頷いた。
「分かった」
護衛の女性が言う。
「川を堰き止めますか?」
「無理だ」
ガイウスは即答した。
「川を堰き止めたら王都が止まる」
奏は言う。
「止めなくていいです」
二人が奏を見る。
「袋を見ればいいです」
ガイウスが聞く。
「どうやって?」
奏は紐を見る。
「結び目は癖が出ます」
「人ごとに違う」
護衛の女性が言う。
「指紋みたいなものですか?」
「それに近い」
ガイウスが袋を持ち上げる。
「この結び目を覚えろと?」
「はい」
奏は袋を見たまま言う。
「同じ結び目を探せばいい」
ガイウスは袋を机に戻す。
「川沿いの荷袋を全部見るか」
「全部じゃなくていいです」
奏は言う。
「落ちた袋だけ」
護衛の女性が言う。
「落ちた袋だけですか?」
「急いで動く人は袋を落としやすいです」
「荷運びの人は普通は落とさないですよね」
ガイウスが笑う。
声は出ない。
「わかった」
彼は扉へ向かった。
「袋を集める」
護衛の女性が言う。
「言葉を真似した子は?」
「誰に言われたか聞きますか?」
「もちろん」
ガイウスは扉を開ける。
「川沿いの結び目を全部見る」
扉が閉まる。
部屋は静かになる。
護衛の女性が言う。
「奏」
「はい」
「怖くないのですか?」
奏は少し考える。
「怖いです」
それから更に奏は続けて話した。
「でも音は出してないので」
護衛の女性が小さく息を吐く。
外で兵士の声がする。
「袋を持ってきた!」
扉が開く。
兵士が三つの袋を持って入る。
机の上に置いた。
奏は一つ目を見る。
紐の形が違う。
二つ目。
違う。
三つ目。
奏の手が止まる。
「これです」
護衛の女性が身を乗り出す。
「同じですか?」
奏は頷く。
「同じ結び目です」
兵士が言う。
「どこで拾った?」
「橋の下です」
部屋が静かになる。
護衛の女性が言う。
「橋の下にいると思いますか?」
奏は袋を見る。
「います」
外で足音が走る。
ガイウスの声が響く。
「橋を押さえろ!」
兵士たちが走り出す。
足音が遠ざかっていった。




