第43話 川沿い
裏門詰所。
机の上に銀貨が二枚、並べて置かれている。
灯りの下で、縁が同じように光る。
椅子に座らされた男は、両手を机の上に出している。
指先が落ち着かない。
爪が木を引っかく。
ガイウスが言った。
「もう一度聞く」
「銀貨二枚だと言ったな」
「その額は、誰が決めた?」
「……向こうだ」
「お前が勝手に言ったわけじゃない」
「二枚と言え、と言われた」
「そうだな?」
「……そうだ」
「その言葉も、決まってたか?」
「『王宮の中のヤツに言え』」
「『弁償しろ』」
男の指が止まる。
口が開いて、閉じる。
「……言えって」
ガイウスは視線を動かさない。
「二枚と言え、と言ったのは誰だ」
「声だけでいい」
男の喉が鳴る。
唾を飲み込む音がする。
「……低い声だった」
「男だと思う」
「一人か?」
「二人か?」
「一人だ」
ガイウスは机の銀貨を指で弾いた。
金属が一度だけ鳴る。
「暗いなら、顔は見えない」
「だが、声は聞こえる」
「若いか?」
「年か?」
「……低い声だった」
「男か?」
男はうなずく。
「背は?」
「俺より高い」
ガイウスは銀貨をもう一度鳴らす。
「なぜ二枚だ?」
男が顔を上げる。
「知らねえ」
「言われた通りだ」
「二人とも同じ額を言った」
男の指が止まる。
「他にもいるのか」
「いる」
ガイウスは短く言った。
「お前の他にも、同じ言葉で門に来た者がいる」
「同じ額を言った」
男の肩が落ちる。
「俺は、ただ言われただけだ」
「王宮の中の奴に言えって」
「その言葉も同じだ」
机の上の銀貨が揃っている。
二枚。
同じ向き。
詰所の扉が開く。
護衛の女性が入り口に立つ。
後ろに奏がいる。
奏は部屋の中へ入らない。
敷居の手前で止まる。
ガイウスが振り返る。
「すまない」
「もう少しだけだ」
奏はうなずいた。
机の上の銀貨を見る。
視線はそこから動かない。
ガイウスが男に言う。
「銀貨は、まだ受け取っていないな?」
「まだだ」
「では、誰が払う?」
「……川沿いの男だ」
「直接か?」
「仲介か?」
男は答えない。
ガイウスは銀貨を一枚取り上げた。
掌で包み、男の前に置き直す。
「銀貨二枚で人が動く」
「二枚と言えば来ると分かっている」
男は机を見つめる。
「俺は知らねえ」
「名前も、本当か分からねえ」
「川沿いの男は、本名ではないな?」
男は黙ったままうなずく。
ガイウスは兵士に目配せした。
「今日はここまでだ」
「川沿いの出入りを見張れ」
「銀貨二枚で依頼を出す奴を探せ」
兵士が返事をする。
奏は静かに息を吐いた。
扉の外で足音が止まる。
誰かが低い声で言った。
「また来たらしいぞ」
その声は小さいが、はっきり聞こえる。
「楽器を直せるらしい」
奏は銀貨から目を離した。
誰かが、銀貨二枚で人を集めている。




