第42話 リアナ
廊下。
裏門側の詰所から離れると、空気が少し冷える。
石の床に靴音が続く。
護衛の女性が先を歩く。
奏はその半歩後ろを付く。
曲がり角で止まった。
向こうからガイウスが来る。
「奏、ここで止まってくれ」
「一度、殿下に話をする」
奏はうなずいた。
護衛の女性も止まる。
ガイウスは一度だけ廊下の端へ寄った。
扉の前で立ち止まった。
ノックは二回したが、すぐに返事がない。
ガイウスは扉を少し開けた。
「殿下。今、よろしいですか」
アリアの声が返ってくる。
「うん……入って」
扉がもう少し開く。
ガイウスだけが中へ入った。
護衛の女性は外に残る。
奏も廊下で待つ。
扉の向こうの声は大きくないが、壁に当たってこちらまで届く。
「裏門の件は?」
アリアの声は短い。
最後が少しだけ止まる。
「捕まえた男はこちらの質問に答えています」
「『川沿いの男』と呼ばれる相手に言われたそうです」
「銀貨二枚で動く約束でした」
殿下が息を吸う音がする。
吐く音は聞こえない。
「……これ以上こういう者は増えるかしら?」
「同じ言い方をする者がもう一人いました」
「素性はまだ割れませんが」
少し間が空く。
アリアが言い直すように言う。
「分かった」
「奏には近づけないで」
「はい」
ガイウスが続ける。
「あと、もう一件あります」
「リアナという娘の件についてです」
殿下の返事が少し遅れる。
「……あの子」
「中へ入れたの、早いと思う人もいるわね」
「年配の職人がリアナの名を出しました」
「『あの家なら問題ない』と」
殿下が一拍止まる。
「なぜ?」
「リアナの家は、昔、弓の毛を扱っていました」
「弓の毛を束で仕分けて、湿気を避けて保管する」
「松脂も、袋に詰めて渡していました」
殿下が小さく息を吸う。
「……でも、今は?」
「店は閉じています」
「仕事が無くなり、道具だけは残ってるみたいです」
「年配の職人は父親の事をよく知っているそうで」
「仕事は実直で、口は堅く」
「顧客の事は誰にも話さない」
「そのやり方を、娘もしていると」
アリアが言う。
「だから、入れたのね」
「はい」
「奏に一人で抱えさせたくありません」
アリアはすぐには返さない。
「……うん」
「でも、きちんと守れるか見ないとね」
「はい」
アリアが続ける。
言葉の途中で一度止まる。
「リアナは……抜擢って言うほどじゃないけど」
「まずは、決まりを守れるかを見るわ」
「しばらくは、必ず護衛を付けてちょうだい」
「わかりました」
「本日、リアナは言いつけどおり一人で来て」
「奏の言う通りの事を守りました」
「今日の時点で、それは確認できました」
扉の向こうで、アリアが息を吐いた。
「分かったわ」
「次に来た時は、私も見るわね」
「顔を見ておきたいから」
「はい」
少し間が空く。
「ガイウス」
「奏に、余計な話はしないで」
「心配させたくない」
「承知しました」
扉のきしむ音。
ガイウスが廊下へ戻ってくる。
奏は視線を上げない。
護衛の女性の肩が少し動く。
ガイウスが言った。
「殿下が許可した」
「リアナは次回も入れる」
奏はうなずいた。
「詰所での件はどうするんですか?」
「続ける」
「川沿いの男を探さねばならない」
「銀貨二枚で人が動くのは安い」
「それが一番まずい」
護衛の女性が一歩だけ動いた。
靴底が石を押す音が小さく鳴る。
奏は廊下の石を見た。
靴音が遠くで一つ止まった。
次の足音が来る前に、息を一回だけ整えた。




