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追放された勇者は音楽家だったので、音楽で世界を変えることにします。  作者: 三門
第2章

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第39話 ヴァイオリン

翌朝。


王宮の裏門で、工房の年配職人が立っていた。


両手で箱を抱えている。

長さはあるが、あまり大きくはない。

楽器を入れる箱だ。


隣には弟子もいた。

胸の前で手を組み、口を閉じている。


門の前にいる兵が箱を見る。

次に、職人の顔を見る。


「工房から持ってきた。殿下の許可はある」

年配職人が言う。


兵士はすぐに門を開けない。

後ろへ半歩下がり、近くの兵に目で合図する。


しばらくして、ガイウスが来た。


「持ってきたのは一つだけか」


「一つだけです」


年配職人が答える。


ガイウスは箱の外側を見た。

蓋の紐、角、持ち手。

手を触れずに確かめる。


「ついてこい」


門が開く。


職人が中へ入る。弟子は工房へ戻った。

兵士は通りに誰もいないか確認してから門を閉めた。




王宮の中の小部屋。


机と椅子が一つ。


机の中央に、持ち込まれた箱が置かれていた。


奏は机の横に立っている。

楽器は肩に掛けたままだ。


アリアは部屋の中までは入らず、扉のすぐ内側で止まっていた。

リディアがその後ろに立つ。


ガイウスが職人へ言う。


「開けてくれ」


年配職人が箱を机の上へ寄せる。


紐をほどき、蓋を開ける。


中に入っていたのは、古いヴァイオリンだった。


胴の横に細い傷がある。

弦は一本だけ、ゆるんでいる。

駒も少し傾いていた。


奏の目がそこへ止まる。


年配職人が言う。

「昨日の紙を見て、気づいた」


奏は黙って聞く。


「うちのは、ここが前からずれていた。」

「あんたの直すところが見たい。だから、持ってきた」


アリアが短く確認する。


「今日は直しても、音は出さない。それでいいかしら?」


年配職人は頷いた。

「それで十分です」


アリアは奏へ視線を向ける。


「見てほしい。直せる所だけでいいから」


奏は小さく頷いた。

「分かりました」


奏は肩の楽器を外さず、そのまま机へ近づいた。

持ち込まれたヴァイオリンへ、両手を伸ばす。


まず、弦に触れる。

強く引かない。

ゆるみだけを指で確かめる。


次に、駒を見る。

真横から見る。

前へ回り、もう一度見る。


奏は駒の横に指を添えた。

「これは、強く締めないほうがいいです」


年配職人が身を少し乗り出す。

「理由は?」


「駒が前に倒れています。このまま弦を締めると、さらに傾きます」


奏は指で駒の角度を示した。


「先に弦を少しゆるめます。そのあとで、駒をまっすぐに戻します」


アリアが聞く。

「ここで直せる?」


「少しだけならできます。音は出しません」


「やって」


奏はヴァイオリンを机の上で動かし、持ち替えた。

弦を少しゆるめる。

一気には回さない。


年配職人が、その手元を見ている。


奏は駒に指を添えたまま、少しずつ位置を戻した。


次に、弦を戻す。

締めすぎない。

指で確かめて止める。


「ここまでです」

奏は手を離した。


「これ以上は、音を出して確かめる作業になります」


アリアはすぐに頷いた。

「今日はそこまででいいわ、ありがとう」


年配職人が机へ近づく。

自分の目で駒を見る。

横へ回り、角度を確かめる。


「……戻ってるな」

職人は小さい声で呟いた。


アリアが言う。

「音を出さない。けれど、今みたいな確認はできるわ」


年配職人は姿勢を正した。

「助かります」


アリアは年配職人へ視線を戻した。

「今日はここまで。楽器は持ち帰って」


年配職人は箱を引き寄せ、蓋を閉めた。

紐を結び、箱を抱え直す。


奏は机から一歩下がる。

自分の楽器には触れない。


年配職人が言った。

「次も、同じ形で頼めますか」


アリアはすぐには答えない。

机の上を一度見てから、職人を見た。


「人を増やさないなら、次も受けるわ」


年配職人は深く頭を下げた。


ガイウスが扉を開ける。

年配職人が先に出る。


机の上には、何も残っていない。


それでも、駒の角度だけは、来た時と変わっていた。




王宮の裏門の外。


年配職人が箱を抱えて門を出る。

ガイウスはその後ろまで付き、門の前で足を止めた。


少し離れた場所に、若い少女が立っていた。


服は飾りが少ない。

両手を前で重ねている。


以前に路地で見かけた少女だ。


少女はガイウスを見て、すぐに頭を下げた。


「……すみません」

声は小さい。


「工房の前で、紙の話を聞きました。紙は見せてもらえないって分かっています」


一度息を入れてから、続ける。


「でも、直すところだけでも見たくて……来ました」


ガイウスが聞く。

「名は?」


少女は顔を上げた。

「リアナです」


年配職人が、リアナを見る。

見覚えがある顔だったのか、リアナの顔で目が一度だけ止まる。


ガイウスは門を開けない。


「勝手に中へ入るな」


リアナはうなずいた。

「はい」


ガイウスは言葉を続ける。


「もし話があるなら、先に門の兵士に話を通せ。」

「紙は見せられないと思うが」


リアナはすぐに答えた。

「はい。分かりました」


ガイウスは門の前から半歩ずれた。

話は終わりだと区切るような動きだった。


「今日は帰れ」


リアナはもう一度頭を下げた。

「ありがとうございました」


三歩で向きを変え、そのまま通りの奥へ消えていく。


年配職人は箱を抱え直して工房へ戻った。

ガイウスは門の中へ戻る。


裏門の前には、もう誰も残っていなかった。

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