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追放された勇者は音楽家だったので、音楽で世界を変えることにします。  作者: 三門
第2章

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第38話 修復

奏は、王宮の中の小部屋にいた。


机と椅子が一つ。

窓は小さく、外の光は壁に細く落ちている。


昨日と同じ部屋だ。


今日は外へ出ないように。

その指示は、ここへ入る前にアリアの護衛の女性に伝えられていた。


机の上には何もない。

奏は椅子に座らず、机の前に立ったまま、前に書いた順番を頭の中で並べていた。


親指。

人差し指。

中指。


押さえる位置。

動かす順番。

止める場所。


扉は少しだけ開いていた。


隙間の向こうで、護衛の兵士が立っている。

廊下の角が見える位置だ。


遠くで足音が鳴った。

二回。

少し間が空いて、また二回。


護衛の兵士が顔を角の方へ向けてすぐに戻す。


誰かが来た気配はある。

だが、小部屋の前までは来ない。


奏は机の端に指を置いた。

指先だけを動かす。


昨日書いた手順を、一つずつ頭の中でなぞる。


駒。

弦。

ペグ。


無理に回さない。

傾いたまま締めない。

油は使わない。


声は出さない。

音も出さない。


扉の外で、革の靴が一度だけ止まった。


「奏はそのままでいい」


ガイウスの声だった。

扉の外から聞こえる。


「殿下の指示も変わっていない。ゆっくり休むといい」


奏は扉の方を見て答えた。

「分かりました」


足音が離れていく。


護衛の兵士は扉の横に立ったまま、位置を変えない。


奏は机の前で手を止めた。

次に何を書くかではなく、今ある手順に抜けがないかを確かめる。


順番は合っている。

書き忘れた説明などもなかった。




アリアの私室。


リディアが戻り、扉の前で止まった。

「ガイウスから報告です」

「小部屋はそのままで、奏は新しく紙に書いていません」


アリアは棚の上に置いた布へ目を向けた。

布の下には木箱がある。


「近くで様子を探ろうとしていた人間は?」


「廊下の角に一人。小部屋の前には来ていません」


アリアは机の端を指でなぞった。


「今日は外に出ない。それで十分だわ」


「はい」


リディアは続ける。

「通路は変えました。昨日より人の少ない道です」


「いいわ」

アリアは短く答えた。

「紙は箱の中。奏も小部屋の中。今日はそこから動かさない」


リディアが頷く。

「承知しました」


その時、廊下で金具が小さく鳴った。


誰かが扉の近くで足を止め、すぐに離れた音だ。


リディアが一歩前に出る。


アリアは動かない。


 リディアは扉へ近づき、耳を澄ませた。


 廊下の向こうで、足音が一つだけ遠ざかっていく。

 扉の前には、もう気配が残っていない。


 リディアは扉を少しだけ開けた。

 廊下を見て、すぐに閉める。


「今のは、ただ通り過ぎただけでした」


 アリアは頷いた。


「見張るだけの人間でも、扉の近くまで来るようになったわ」


 机の上には何もない。

 紙はもう布の下だ。


 アリアは棚の前へ歩いた。

 布の端をつまみ、木箱の位置を少しだけ奥へずらす。

 棚の前に立ったまま、リディアへ言う。


「今夜のうちに、この箱をここから動かすわ」


「別の場所へ移しますか?」


「私室の中で。もちろん見える場所には置かない」


 リディアは短く返した。


「それならダミーで鍵のかかる箱を、もう一つ用意します」


「お願い」


 アリアは棚から手を離した。


「紙があると分かれば、探す人間が来るかもしれない。」

「それなら、見つからない場所へ先に移すわ。」

「バレてもいいようにダミーも置いて、ね」


 リディアが一歩だけ近づいて言った。

「奏には伝えますか?」


 アリアは少しだけ考えた。

 すぐには答えない。


「紙の場所までは伝えないでいいわ」


 言葉を区切る。


「でも、明日も同じ場所で待たせるのはやめるわ」


 リディアの目が動く。

「小部屋を変えますか?」


「変えたほうがいいわね。奏が居ることもバレてるでしょうし」


 アリアは机へ戻った。

 空いた机の上に指を置く。


「明日は部屋に居るだけにはさせたくないわね」


「では、何をさせますか?」


「直し方を見せてもらうわ」


 リディアは聞き返さない。

 次の言葉を待つ。


「工房には、紙を欲しがる人間が来た。」

「次は、紙ではなく、奏の技術を見たがる人間が出る」


 アリアは机から手を離した。


「それなら先に、こちらで見せられる範囲を決めなきゃ」


「どこまで見せますか?」


「直し方だけ。紙は見せないわ」


 リディアは頷いた。

「それなら以前頼んでいた」

「壊れた楽器を一つだけ持ち込ませますか?」


 アリアはその言葉で足を止めた。


「そうね……それがいいわ」


 答えは短い。


「工房から壊れた楽器を一つ預かる。奏には、その場で触らせる。」


「見るのは誰までにしますか?」


「私とガイウス。それから、必要なら工房の職人だけ」


 リディアが確認する。


「職人の弟子は入れませんか?」


 アリアは首を横に振った。


「まだ早いわ。人が増えると、見ている目も増えるでしょう」


 その時、扉が二回叩かれた。


 小さな音だった。

 リディアがすぐに扉の前へ出る。


「誰?」


 扉の向こうで、低い男の声がした。


「ガイウスです。工房から連絡が届きました」


 リディアが扉を少しだけ開ける。

 ガイウスは中へ入らず、扉の外に立ったまま話す。


「工房の職人からです。『壊れた楽器を持ち込むことができる』そうです」


 アリアはガイウスを見た。


「向こうから言ってきたの?」


「はい。弟子ではなく、年配の職人本人の言葉です」


 アリアは机の前で止まった。


 紙を守るだけでは、通りの空気は変わらない。

 だが、紙が無いないなら見ても直し方はわからない。


「分かったわ」

 アリアははっきり言った。


「明日、こちらで受けるわ。楽器は一つだけ。人はこれ以上増やさない。」


 ガイウスが短く返す。

「伝えておきます」


 リディアが扉を閉める。


 アリアは棚の布を見た。


 明日は、壊れた楽器がここへ来る。


 チャンスだ、と思った。

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