第29話 王宮への道
朝の光が石畳を白く照らしていた。
宿の前で待っていたのは、昨日と同じ軽装の騎士だった。
ガイウスは短く顎を引くだけで、余計な挨拶はしない。
「行くぞ」
それだけ言って歩き出す。
奏は楽器を持ち、少し遅れて後を追った。
王都の空気は静かだった。
人は多い。
店も開いている。
荷車も行き交う。
だが旋律はない。
劇場らしき建物は見えるが、外に流れる音はない。
昨日の市場のざわめきが、別の街のことのように思える。
「王宮は遠いのか」
奏が聞くと、ガイウスは前を向いたまま答える。
「歩いて十分ほどだ」
短い。
それ以上は説明しない。
通りを進むにつれて、建物が変わっていく。
石はより白く、装飾は細かく、窓は高くなる。
足音がよく響く。
それでも不思議なほど、反響が残らない。
音が広がらない造りだ、と奏は思った。
広間ならなおさらだろう。
帝国の玉座の間を思い出す。
あの時は呼ばれた瞬間に値踏みされた。
「名を呼ぶ必要すらない」
あの声はまだ耳の奥に残っている。
今回は違う。
少なくとも拒絶から始まってはいない。
だが利用されない保証もない。
奏は楽器の取っ手を握り直す。
選ぶのは、自分だ。
やがて視界の先に城が見えた。
白い石で築かれた巨大な建物。
塔は高く、壁は厚い。
威圧ではなく、整然とした強さを感じさせる。
門の前には兵が立っていた。
奏が近づくと視線が集まる。
武器を見る目だ。
楽器はこの国では武器に近い扱いなのだろう。
ガイウスが一歩前に出る。
「王宮の呼び出しだ」
短いやり取りの後、門が開く。
その奥にもう一人の女性騎士が立っていた。
銀に近い髪を後ろで結び、軽装の鎧を身につけている。
視線は冷静で、無駄がない。
奏を見る目に敵意はないが、警戒はしている。
名は知らない。
だが王女の近くにいた人物だと、すぐに分かった。
女性騎士は軽く会釈するだけで、何も言わない。
ガイウスが小さく合図を送る。
「ここからは王宮内だ。余計な動きはするな」
命令というより確認だった。
奏は頷く。
足を踏み入れる。
石の床はよく磨かれている。
外よりもさらに静かだ。
音が吸い込まれていく。
この場所で音を出せば、どう響くのか。
考えた瞬間、自分で打ち消す。
まだ鳴らさない。
まだ決めていない。
王宮の奥へと続く廊下を前に、奏は一度だけ深く息を吸った。
「行くだけだ」
小さく呟く。
選ぶのはまだ自分だ。
そのまま城の奥へと歩き出した。




