第3話 居場所のない勇者
玉座の間は、奇妙なほど静かだった。
先ほどまで漂っていたざわめきは消え、そこに残っているのは、奏を“処理すべきもの”として見ている視線だけだ。
誰も、もう彼に興味を持っていない。
皇帝は玉座に深く腰を下ろしたまま、奏へ再び視線を向けることはなかった。
まるで、存在そのものが視界から消えたかのように。
代わりに前へ出たのは、将軍だった。
「聞いた通りだ」
低く、感情のない声。
「貴様は勇者ではない。我が帝国において、使い道はない」
奏は口を開こうとして、言葉を失った。
否定したい。
説明したい。
自分は無価値ではないと、言いたい。
だが、何を言えばいいのか分からなかった。
音楽が、この世界で何を意味するのか。
それを、どう説明すればいいのか。
将軍は、そんな奏の沈黙を当然のものとして受け止めたようだった。
「よって、処分は追放とする」
処分。
その言葉が、胸の奥に冷たく落ちる。
「帝国の保護は一切ない。国境までは案内するが、それ以上は関知しない」
まるで、壊れた道具を捨てる手順を読み上げるような口調だった。
奏は、ぎこちなく息を吸った。
「……それで、終わりですか」
自分でも驚くほど、声は静かだった。
将軍は一瞬だけ奏を見たが、すぐに視線を逸らす。
「十分だろう。命があるだけ、温情だ」
その言葉に、反論はなかった。
兵士が二人、無言で奏の両脇に立つ。
腕を掴まれることはなかったが、それは配慮ではない。
“抵抗しない存在”として扱われているだけだ。
玉座の間を出る。
長い廊下を歩かされる間、兵士たちは一切言葉を発しなかった。
鎧と床が擦れる音だけが、やけに大きく響く。
高い窓の外には、帝国の街が見えた。
武装した市民。
行き交う兵士。
剣を誇らしげに腰へ下げる若者たち。
この国では、強さが価値なのだ。
音楽の入る余地など、最初からなかった。
城の奥へ進むにつれ、空気が冷たくなっていく。
最後に辿り着いたのは、巨大な城門の前だった。
門番の兵士が、短く指示を出す。
「ここまでだ」
奏の足元に、小さな袋が放られた。
金属の音。
中を覗くと、金貨が数枚入っている。
「……これだけ?」
思わず漏れた言葉に、兵士は肩をすくめただけだった。
「道中で死ななければ、十分だろう」
城門が、ゆっくりと開いていく。
外には、整備されていない街道と、その先に続く荒野が広がっていた。
人影はない。
振り返っても、誰もこちらを見ていない。
兵士たちは、すでに仕事を終えた顔をしていた。
「戻るな」
淡々と、そう告げられる。
「次は、ない」
奏は一歩、外へ踏み出した。
次の瞬間。
――轟音。
巨大な城門が、背後で閉じられた。
土埃が舞い、空気が震える。
振り返っても、もう門は動かない。
そこにあったのは、冷たい石の壁だけだった。
奏は、しばらくその場に立ち尽くしていた。
怒りはなかった。
悲しみも、驚くほど湧いてこない。
胸の中にあるのは、ぽっかりと空いた空洞だ。
音楽しかなかった人生。
その音楽が、ここでも切り捨てられた。
――それでも。
風が吹く。
草が揺れる音が、微かに耳へ届く。
奏は気づいた。
まだ、音は聴こえている。
それだけで、今は十分だった。




