第26話 王都ハルモニア
城壁が見えた瞬間、奏は足を止めた。
帝国で見たどの街よりも高い。
石は明るく、積み方に隙がない。
守るための壁というより、
形そのものが整っていた。
門へ続く道も整備されている。
荷馬車が並び、人の列が流れる。
騒がしいはずなのに、どこか静かだ。
声はある。命令もある。
だが、旋律がない。
奏はそれを、はっきりと意識した。
楽器の取っ手を握り直す。
国境の街でもらった服は、王都の空気に少し浮いている。
質素で、装飾もない。
けれど今は、それでいい。
まだ選ぶ途中だ。
門へ近づくと、鎧の男が前に出た。
背が高く、装飾の少ない実戦用の鎧。
頬には一本の傷跡。
暗い緑の目が、まっすぐこちらを見ている。
「止まれ。通行の確認だ」
低い声だった。
奏は頷く。
「……分かりました」
男の視線が荷物と楽器をなぞり、黒髪で一瞬止まる。
「名は」
「カナデです」
「騎士団長ガイウス・レーヴェルだ」
差し出された手を、奏は一瞬ためらいながらも握った。
触れた瞬間、男の指先がわずかに止まる。
手の硬さ。
体の軸。
立ち方。
楽師にしては妙だと、目が語っていた。
だがそれ以上は何も言わない。
「……入れ」
門が開き、王都の空気が流れ込む。
整っている。
きれいだ。
帝国の荒さはない。
それなのに、胸の奥が落ち着かない。
通りに入ると、市場が広がっていた。
布、果物、工具、薬草。
露店が並び、値段のやり取りが飛び交う。
生活の音はある。
笑い声もある。
それでも旋律はない。
その時、小さな声がした。
風に混ざるほどの短い旋律。
子どもの声だった。
奏は足を止める。
通りの端で、幼い子が口ずさんでいる。
次の瞬間、空気が固まった。
「やめろ」
身なりの整った中年の男が近づく。
「禁忌だ。口を閉じろ」
子どもが目を見開く。
何が悪いのか分からない。
ただ、怒られていることだけが分かる。
奏の胸が冷えた。
理解の前に切り捨てる視線。
帝国で浴びたものと、似ている。
子どもが震えた瞬間、横から少女が入った。
粗い布の服を着た、背の低い少女だ。
「すみません。すぐにやめさせます」
声は震えそうになりながらも、必死に押さえている。
「平民が口を挟むな」
男が吐き捨てる。
奏は一歩だけ前へ出た。
横にいたガイウスの気配が、わずかに動く。
止めない。
ただ見ている。
奏は子どもに視線を向け、ゆっくり首を振った。
今はやめろ、と。




