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追放された勇者は音楽家だったので、音楽で世界を変えることにします。  作者: 三門
第1章 追放と決断

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番外編② 申し出の裏側

 宿へ戻っても、耳が静かにならなかった。


 通りの端で聴いた音が、まだ胸の奥に残っている。




 あれは禁忌の音ではない。


 少なくともアリアには、そう感じられた。




 部屋の灯りは小さい。


 窓の外では街のざわめきが続いている。




 アリアはローブのまま椅子に座った。


 護衛の女性が、扉の近くに立っている。




 「危険です」


 短い声だった。


 感情を抑えた声。


 判断だけがある。




 護衛の名はリディア。


 アリアが外へ出る時、必ず付いてくる者だ。




 「分かっています」


 アリアはそう返した。


 自分でも驚くほど、声が落ち着いていた。




 リディアは一歩も動かない。


 守るべき相手を前にした時の姿勢を崩さない。




 「王女が、あの男に近づく理由はありません」


 「街の噂です」


 「帝国領に近い場所で、人が集まる」


 「それだけでも危険です」




 正しい。


 正しいからこそ、息苦しい。




 アリアは一度目を閉じた。


 あの音を思い出す。




 派手ではない。


 だが、細くもない。


 芯がある。


 そして、誰かを傷つけるための音ではない。




 「……確かめたいのです」


 アリアは言った。


 言葉を選ぶ。


 命令ではなく、説明をするために。




 「音楽が禁忌だという教えが」


 「本当に国を守っているのか」


 「それとも、何かを隠しているのか」




 リディアの視線がわずかに鋭くなる。


 政治の匂いを感じ取った目だった。




 「禁忌は、王国の柱です」


 「疑えば、揺れます」




 「揺れているのは、最初からです」


 アリアは静かに返した。




 リディアが言葉を止める。


 王女の口から、その言い方が出るとは思っていなかったのだろう。




 アリアは続けた。


 話すべき順番がある。




 「帝国が勇者召喚を行ったという報せを、私は聞いています」


 「ですが、詳細は持たされていません」


 「成功か失敗か」


 「それだけです」




 帝国の儀式は、周辺国にとって脅威だ。


 だから情報は回ってくる。


 だが、核心は渡ってこない。




 アリアはローブの袖の中で手を握った。




 「もし帝国が、本当に勇者を得たのなら」


 「王国の未来に関わります」




 リディアは頷いた。


 そこまでは同意できる。


 危険を知る者の頷きだ。




 「だからこそ、なお危険です」




 アリアは否定しない。


 否定できない。


 危険なのは事実だからだ。




 それでも。


 あの音を、放っておけなかった。




 アリアは思い出す。


 通りの端の男の姿を。




 黒い髪。


 この大陸ではほとんど見ない色。


 夜のように深く、光を吸い込む色。




 服は質素だった。


 王都の人間なら、見落とす。


 だが姿勢だけは崩れていなかった。




 そして、音。




 拍手を求めない。


 人を集めようともしない。


 鳴らして、止める。


 それだけだ。




 まるで。


 自分のためにしか弾いていないようで。


 それでも、誰かの心に届いてしまう音だった。




 「……明日、もう一度行きます」


 アリアは言った。




 リディアの眉がわずかに動く。


 反対の言葉が出かけて、飲み込まれた。




 「条件があります」


 リディアが言った。


 反対ではない。


 守るための条件だ。




 「人の流れに紛れて動きます」


 「距離が近すぎる場所には立ちません」


 「声をかけるのは、状況を見てからです」




 アリアは頷いた。


 その条件は、むしろ必要だった。




 翌朝。


 通りは昨日よりも人が多かった。


 市場が動き、噂が広がる速度が早い街だ。




 アリアはローブで姿を隠したまま、通りの端を見つけた。




 男は、そこにいた。


 同じ場所。


 同じ姿勢。


 楽器を抱えている。




 近づきすぎない。


 視線を合わせすぎない。


 自分に言い聞かせながら、距離を測る。




 それでも、胸が少しだけ速くなる。


 理由は分からない。


 ただ、あの音の続きを知りたかった。




 男が視線を上げた。


 こちらを見たかどうかは分からない。


 だが、一瞬だけ空気が止まった気がした。




 アリアは息を整える。


 そして一歩だけ前へ出た。




 「おはようございます」




 返事はすぐには来ない。


 その沈黙が、拒絶ではないことが分かった。


 男は、言葉を軽く扱わない。




 やがて、低い声が落ちた。


 落ち着いている。


 早口ではない。


 必要以上に感情を乗せない。




 短い言葉なのに、よく通る声だった。




 声を聞いた瞬間、理解した。




 この人は、誰かを言葉で押す人ではない。


 押すのではなく、耐えてきた人の声だ。




 アリアは言葉を選んだ。




 命令ではない。


 お願いだ。


 王女である前に、一人の人間としての頼み。




 「あなたの音を、聴かせていただきました」


 「もう一度、きちんとお話がしたいのです」




 男はすぐに頷かない。


 その迷いが、むしろ誠実に見えた。




 やがて短く答えが返る。


 声は変わらない。


 だが拒絶でもない。


 ただ距離を保つための声だった。




 その距離が、今のアリアには必要だった。




 話の中で男は恐れていることを隠さなかった。


 国に関わることが怖い。


 音を道具にされるのが怖い。




 アリアは驚かなかった。


 その恐れは、王族の立場にいる自分にも分かるからだ。




 国はときに守る。


 そして、ときに使う。




 だからアリアは条件を受け入れた。




 王都へ来る。


 だが決めるのは彼。


 少しでも利用だと感じたら、その時点で帰る。




 それは王女にとって不利な条件だ。


 周囲から見れば、弱い交渉にも見える。




 だが、それでいいと思った。




 彼が選べる形でなければ、音は死ぬ。




 禁忌を変えるのは、力ではない。


 押しつけでもない。




 選ばれた音だけが、国を変える。




 だからアリアは押さなかった。


 代わりに、支える場所を選んだ。




 別れ際。


 男がぽつりと言った。




 「……王女らしくない言い方だな」




 その言葉に、アリアは一瞬だけ息を止めた。




 嬉しいわけではない。


 だが、軽くもない。




 自分が“王女”ではなく、


 “自分”として見られた気がした。




 「そうかもしれません」


 「ですが、そうありたいと思っています」




 ローブの下で、指先がわずかに震える。


 冷えではない。




 アリアは歩き出した。


 リディアが少し離れた位置で人の流れに溶ける。




 王都へ戻る馬車の中。


 アリアは窓の外を見つめた。




 風が流れる。


 街が遠ざかる。




 依頼はもう言葉になっている。




 音のない国で。


 あの音を、生かすために。




 次に会う時、彼は選ぶだろう。


 そして自分も、選ばれる側になる。




 その予感だけが、


 胸の奥に静かに残っていた。


※次回より第2章に入ります。


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