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追放された勇者は音楽家だったので、音楽で世界を変えることにします。  作者: 三門
第1章 追放と決断

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第25話 選んだ一歩

 朝の空気は澄んでいた。


 国境に近いこの街は、いつもどこか落ち着かない。

 だが今朝は、風の音だけが静かに流れている。


 奏は通りの端に立ち、楽器を抱え直した。


 昨日の夜、答えは出なかった。

 けれど、考えることから逃げないと決めた。


 それだけで胸の重さは少し形を変えていた。


 足音が近づいてくる。


 振り向かなくても分かる。

 この数日で、何度か感じた気配。


 奏が視線を向けると、ローブの人物がいた。

 人の流れから少し外れた位置で、止まっている。


 距離は近すぎない。

 その立ち位置だけで、相手が押しつける気がないことが伝わってくる。


 「おはようございます」


 声は落ち着いていた。

 昨日と同じ、よく通る声。


 奏は小さく頷いた。


 「……来たんだな」


 ローブの人物――アリアは短く頷いた。


 「お時間は大丈夫でしょうか」

 「無理ならまた改めます」


 急かさない。

 逃げ道を残したまま、話を始めようとしている。


 奏はそれを見て、深く息を吸った。


 逃げ道があるからこそ、選べる。

 選べるからこそ、向き合える。


 「……大丈夫だ」


 アリアは礼をするだけで、それ以上は言わなかった。

 言葉を奪わない。


 奏は視線を落とし、楽器の取っ手を握りしめる。


 「正直に言う」

 「国って言葉が、まだ怖い」


 口にした瞬間、胸の奥が少しだけ痛んだ。


 帝国での追放。

 価値を測られた視線。

 使えないと切り捨てられた瞬間。


 「国に関わったら、また同じになる気がする」

 「音楽が俺の手から離れて」

 「誰かの道具にされるんじゃないかって」


 奏は顔を上げた。


 「だから――すぐに『はい』とは言えない」


 アリアは、黙って聞いていた。


 否定しない。

 言い訳もしない。

 ただ、受け止める。


 それが奏には、ひどく珍しかった。


 「あなたの不安は、正しいと思います」


 アリアは静かに言った。


 「国はときに人を守り、ときに人を使います」

 「私が王女だからこそ、その両方を知っています」


 奏は目を細めた。


 うわべの綺麗事ではない。

 王女としての言葉だ。


 アリアは続ける。


 「だから私は、あなたに命令しません」

 「そして、あなたの音を、私のものにしたいわけでもありません」


 奏の指先が、わずかに緩む。


 「……じゃあ何なんだ」


 奏が問い返すと、アリアは迷いなく答えた。


 「国として知りたいのです」

 「そして、必要なら守りたい」

 「それができるかどうかを、私自身が確かめたい」


 守りたい。


 その言葉は甘く聞こえるはずなのに、甘さがなかった。

 約束ではなく、覚悟として置かれている。


 奏はしばらく黙った。


 すぐに信じられるわけがない。

 けれど、信じようとする余地はある。


 奏はゆっくりと言葉を選ぶ。


 「一つ、条件がある」


 アリアの目が、わずかに鋭くなる。

 条件を聞く目だ。


 「王都へ行く」

 「でもそこで何をするかは、その場で決める」

 「一度だけ、音を出すかどうかも――俺が決める」


 奏は一息置き、さらに続けた。


 「もし、少しでも『利用される』って感じたら」

 「その時点で帰る」

 「それでもいいなら、話は進められる」


 奏の胸の奥で、何かが固まった。


 逃げる決断ではない。

 飲み込まれる決断でもない。


 自分の足で進み、自分の足で戻れるようにする。


 それが、今の奏にできる精一杯だった。


 アリアは、すぐに頷いた。


 「はい」

 「その条件を受け入れます」


 迷いがない。

 即答だ。


 奏は思わず、目を見開いた。


 「……いいのか」


 「いいのです」

 「あなたが選ぶべきだと思います」

 「選べない形で連れていくなら、最初から頼むべきではありません」


 奏は息を吐いた。


 胸の奥の緊張が、少しだけほどける。


 「……王女らしくない言い方だな」


 アリアは一瞬だけ目を瞬かせ、すぐに表情を整えた。


 「そうかもしれません」

 「ですが、そうありたいと思っています」


 アリアはローブを整え、踵を返す。


 「では、また改めて」

 「日程が決まり次第、お伝えします」


 奏は頷いた。


 アリアの背中が人の流れに溶けていく。

 少し離れた位置に、周囲を見張る女性の影が一瞬だけ見えた。


 護衛だろう。

 あの王女は一人で歩いているように見えて、そうではない。


 奏はその事実に、妙に安心した。


 王女もまた、危うい場所を歩いている。

 自分と同じだ。


 アリアが消えたあと、奏は通りの端に座り込んだ。


 楽器の蓋に手を置く。


 弾くつもりはなかった。

 だが指先が自然に動く。


 ほんの短いフレーズ。


 誰に聞かせるでもない。

 拍手も、歓声もいらない。


 ただ自分の中に音を戻すための音。


 奏はすぐに手を止め、蓋を閉じた。


 答えはまだ先だ。


 それでも足はもう止まっていない。


 奏は楽器を抱え、立ち上がった。


 王都へ向かう一歩はもう始まっていた。


※これにて第1章完結です。

第2章より王都での物語が始まります。


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