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追放された勇者は音楽家だったので、音楽で世界を変えることにします。  作者: 三門
第1章 追放と決断

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第23話 王女の申し出

 昼前の通りは、穏やかだった。


 人の流れはいつも通りで、昨日の出来事を話題にする者もいない。

 あの短い演奏は、騒ぎにはならなかった。


 それが、奏には少しだけ救いだった。


 楽器を抱え、通りの端に腰を下ろす。

 今日は、まだ弾くつもりはない。


 音を出す理由は、昨日ひとつ見つけた。

 だからといって、毎日鳴らさなければならないわけでもない。


 そんなことを考えていると、足音が近づいてきた。


 顔を上げると、ローブの人物が立っている。

 昨日も見た姿だ。


 距離は、近すぎない。

 だが、立ち止まる位置がはっきりしていた。


 「少し、お時間をいただけますか」


 落ち着いた、よく通る声。

 聞き覚えがある。


 奏は一拍置いてから、静かに頷いた。


 「……少しなら」


 それだけで十分だと判断したのか、ローブの人物は一歩だけ近づいた。

 周囲を確かめ、人の視線がないことを確認してから、フードを下ろす。


 淡い金色の髪が、光を受けて静かに揺れた。

 小柄な体躯に似合う、整った顔立ち。

 澄んだ青の瞳は感情を誇張せず、それでいて見逃さない。


 派手な装いはない。

 化粧もほとんどない。

 それでも、目を引かずにはいられない。


 ――作られた美しさではない。

 そこに在るだけで、周囲の空気を整えてしまう。


 奏は、息を呑んだ。


 「……王女?」


 彼女は小さく頷いた。


 「アリアと申します」

 「ハルモニア王国の、第三王女です」


 驚きはあった。

 だが、奏は跪かなかった。


 ここは宮殿ではない。

 帝国領の、国境に近い街だ。


 そして、彼女もそれを求めていない。


 「突然名を明かしてしまい、申し訳ありません」

 「ですがこれ以上、隠したまま話すわけにはいかないと思いました」


 奏は視線を逸らさず、黙って聞いた。


 「……話、とは?」


 アリアは一度、息を整えた。


 「あなたの音を、聴かせていただきました」

 「誰かを従わせるための音ではなく」

 「立ち止まっていた人が、もう一度前を向くきっかけになる音だと感じました」


 奏の指先が、わずかに動く。


 「私は、王女として」

 「その音を、国として知る必要があると判断しました」


 奏は、すぐには返事をしなかった。


 帝国。

 召喚。

 追放。


 国という言葉が、胸の奥を刺激する。


 「……それは、簡単な話じゃない」


 自然と、言葉が出た。


 「国に関わるってことは」

 「俺の音楽が、俺だけのものじゃなくなる」


 アリアは、迷いなく頷いた。


 「はい」

 「だから、無理にとは言いません」


 即答を求めない。

 説得もしない。


 ただ、事実だけを置いている。


 「私は、お願いに来たわけではありません」

 「選択肢を、お伝えしに来ました」


 奏は、その言葉に少しだけ目を見開いた。


 「……選択肢?」


 「はい」

 「ハルモニア王国の王都で」

 「一度だけ、音を奏でてほしい」

 「それが、私の申し出です」


 報酬の話はなかった。

 地位の話もない。


 あるのは、静かな覚悟だけだ。


 奏は、楽器に視線を落とした。


 音楽は、逃げ場でもあった。

 同時に、縛りでもあった。


 「……すぐには、答えられない」


 アリアは、その言葉を遮らなかった。


 「分かりました」


 それだけだった。


 「急がせません」

 「考える時間は、必要です」


 奏は顔を上げる。


 「……待つ、って言ったな」


 「はい」

 「それが、正しいと思います」


 アリアは一礼し、ローブを戻した。


 「今日の話は、ここまでにします」

 「また、日を改めて」


 そう言って、踵を返す。


 去っていく背中を、奏は見送った。


 国の話をされた。

 逃げたくなる気持ちも、正直あった。


 それでも。


 押しつけられなかったことが、胸に残る。


 奏は、楽器を抱え直した。


 答えは、まだ出ていない。


 だが――考えることから、逃げるつもりもなかった。


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