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追放された勇者は音楽家だったので、音楽で世界を変えることにします。  作者: 三門


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第15話 小さな一歩

 朝の境界の街は、少しだけ静かだ。


 夜通し続いていた人の気配が薄れ、代わりに冷たい空気が残っている。

 店の準備をする音と、遠くの足音だけが響いていた。


 奏は、ゆっくりと歩いていた。


 答えは、まだ出ていない。

 王女の依頼のことも、音楽のことも。


 考えれば考えるほど、はっきりしなくなる。

 だから、今日は考えないことにした。


 人の少ない場所を選び、街の外れに向かう。

 壊れかけの建物の影。誰も使っていない路地の奥。


 ここなら、誰もいない。


 奏は立ち止まり、ヴァイオリンを取り出した。

 周囲を一度だけ見回す。


 誰もいない。

 見られていない。


 それを確かめてから、弓を持った。


 曲を弾くつもりはなかった。

 誰かに聞かせるつもりもない。


 ただ、音を出してみるだけ。


 弓を当てる。

 一瞬、ためらいが走る。


 それでも、止めなかった。


 短い音が、空気に落ちる。

 細く、小さい音。


 胸が少しだけ強く鳴る。


 次の音を出すまでに、間が空いた。

 濁って聞こえないか、耳を澄ます。


 ――大丈夫だ。


 怖さは消えない。

 でも、昨日よりは少しだけ、ましだった。


 奏は、ほんの数音だけ弾いた。

 音楽とは呼べない、ただの音の並び。


 それでも、最後まで弓を止めなかった。


 「……ふう」


 息を吐いたとき、背後で気配が動いた。


 奏は、びくりとして振り返る。


 そこにいたのは、子どもだった。

 まだ幼い、街の子だ。


 いつからいたのか分からない。

 ただ、じっとこちらを見ている。


 「……聞いてたのか」


 子どもは、少しだけ頷いた。


 逃げる様子はない。

 怖がってもいない。


 「へんな音だな」


 正直な感想だった。


 奏は、思わず苦笑する。


 「そうだな」


 子どもは少し考えてから、続けた。


 「でも、うるさくない」


 それだけ言って、走り去っていった。


 評価でも、称賛でもない。

 ただの感想。


 奏は、その場に立ち尽くした。


 胸の奥に、何かが残っている。

 嫌なものではない。


 怖さは、まだある。

 音が好きだとは、言えない。


 それでも。


 「……悪くは、ないか」


 小さく呟く。


 奏はヴァイオリンをしまい、街の方へ戻った。

 歩きながら、王女の言葉が頭をよぎる。


 ――確かめたい。


 何を、かは分からない。

 それでも、確かめること自体は、間違いじゃない気がした。


 断る理由は、まだある。

 逃げ道も、残っている。


 だが、完全に背を向ける理由は、少しだけ減った。


 それが、今日の一歩だった。


 小さくて、頼りない。

 それでも、確かに前に出た一歩。


 奏は、自分でも気づかないうちに、ほんの少しだけ歩調を早めていた。


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