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追放された勇者は音楽家だったので、音楽で世界を変えることにします。  作者: 三門


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第14話 答えの前に

 夜になっても、街は完全には静まらない。


 遠くで人の声がして、どこかで金属が触れ合う音がする。

 境界の街は、眠りが浅い。


 奏は、借りている部屋の中で椅子に座っていた。

 灯りは小さなランプひとつだけ。


 ヴァイオリンは、膝の上にある。


 弾こうと思えば、すぐに弾ける。

 弓も、弦も、指もある。


 それなのに、音を出していない。


 ――王女の依頼。


 その言葉が、頭の中で何度も浮かんでは消える。


 弾いてほしい、ではなかった。

 命令でもなかった。


 「話を聞いてほしい」


 たったそれだけのはずなのに、胸の奥が落ち着かない。


 奏は、弓を持ち上げた。

 弦の上に、そっと置く。


 一音だけなら、いい。

 誰に聞かせるでもない。


 そう思った瞬間、指が止まった。


 音を出す前の、あの一瞬。

 胸が、ぎゅっと縮む。


 出した音が、また濁って聞こえたら。

 自分の音が、自分で嫌になったら。


 奏は、弓を離した。


 「……やめだ」


 小さく呟いて、ヴァイオリンを膝から下ろす。


 帝国で切り捨てられたときのことが、頭をよぎる。

 音楽家。

 それだけで、価値がないと決めつけられた。


 今度は、王女だ。


 立場も、距離も、まるで違う。

 それでも、また同じになる気がしてならない。


 奏は立ち上がり、部屋を出た。


 夜風が冷たい。

 昼間より、人は少ない。


 通りを歩くと、顔見知りの店主が声をかけてきた。


 「今日は弾かないのか?」


 何気ない一言。

 責める様子はない。


 「……ああ」


 短く答える。


 店主は、それ以上聞かなかった。

 それが、この街の距離感だった。


 少し歩いたところで、奏は足を止めた。


 視線を感じた気がした。


 振り返るが、誰もいない。

 ただ、人の流れがゆっくりと続いているだけだ。


 ――気のせいか。


 そう思おうとして、思いきれなかった。


 昼間、護衛の女性が見せていた視線。

 あれと、少し似ている。


 奏は、肩をすくめて歩き出した。


 部屋に戻ると、ランプの前に座る。

 ヴァイオリンは、床に置いたままだ。


 断ることはできる。

 逃げることもできる。


 この街に留まって、何も知らないふりをして生きることも。


 でも。


 奏は、ヴァイオリンを手に取った。

 今度は、ケースにしまうためではない。


 布で、丁寧に拭く。

 弦を一本ずつ確かめる。


 音は出さない。

 ただ、触れるだけ。


 それでも、胸の奥が少しだけ落ち着いた。


 「……まだ、終わってないか」


 自分に言い聞かせるように呟く。


 答えは、まだ出ない。

 それでいい。


 ただ、ヴァイオリンを遠ざけるのはやめた。


 奏は、楽器を手の届く場所に置いたまま、灯りを落とした。


 境界の街の夜は、相変わらず眠りが浅い。


 そして、奏の迷いも――まだ、続いていた。


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