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追放された勇者は音楽家だったので、音楽で世界を変えることにします。  作者: 三門


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第13話 王女の依頼

 名前を知ってから、街の音が少しだけ違って聞こえる。


 昨日までと、何も変わらないはずなのに。

 石畳も、人の声も、冷たい風も同じだ。


 それでも、奏の中でははっきりと線が引かれていた。


 ――王女。


 あのローブの中にいたのが、ただの旅人ではなかったと知った。

 それだけで、昨日までの距離感が壊れてしまった気がする。


 今日は、短い曲だけを弾いた。


 生きるための音。

 誰かに届けるための音じゃない。


 終わると、いつも通り硬貨が落ちる。

 奏は礼も言わず、ヴァイオリンを下ろした。


 そのときだった。


 人の流れが、わずかに変わる。


 視線が集まるわけでもない。

 ただ、自然に道が空く。


 奏は顔を上げた。


 いた。


 ローブ姿の少女と、その半歩前に立つ女性。

 今日は、隠す気がないらしい。


 護る側が、最初から前に出ている。


 「……来たのか」


 思わず口に出た。


 ローブの少女が、軽く頷く。


 「少し、話がしたくて」


 声は落ち着いている。

 昨日と同じだ。


 だが、今日は周囲への意識が違う。

 護衛の女性の視線が、街全体を見ている。


 奏は一瞬、考えた。


 逃げることもできる。

 断ることもできる。


 それでも、足は動かなかった。


 「……ここじゃないほうがいいな」


 そう言って、演劇小屋の裏へ向かう。

 人目の少ない場所だ。


 護衛の女性が、一瞬だけ眉を動かしたが、何も言わずついてくる。


 壁に囲まれた狭い路地。

 風が少し弱い。


 奏は立ち止まり、二人を振り返った。


 「で、話って何だ」


 ローブの少女――アリアは、すぐに答えなかった。


 少しだけ間を置いてから、言う。


 「昨日のことを、整理したかったのです」


 「整理?」


 「はい。名を隠していたこと」


 謝罪の言葉ではない。

 言い訳でもない。


 事実として触れているだけだ。


 奏は肩をすくめた。


 「別にいい。もう分かった」


 そう言ってから、自分でも驚いた。


 本心だった。


 怒っていないわけじゃない。

 でも、それ以上に――疲れていた。


 アリアは、少しだけ目を伏せた。


 「ありがとうございます」


 その言葉は、軽くなかった。


 沈黙を破ったのは、護衛の女性だった。


 「本題に入ってください、アリア様」


 短く、無駄がない。


 アリアは小さく頷く。


 そして、奏を見る。


 「お願いがあります」


 いきなりだった。


 「弾いてほしい、ではありません」


 先に釘を刺すように言う。


 「話を、聞いてほしいのです」


 奏は眉をひそめた。


 「……音楽の話か?」


 「音楽の“前”の話です」


 アリアは言葉を選んでいる。


 その様子が、妙に現実的だった。


 「この国では、音楽はあまり良いものとして扱われていません」


 「知ってる。帝国じゃ、特にだ」


 アリアは首を振る。


 「帝国だけではありません」


 その一言で、奏の背中が少し冷えた。


 「理由は、一つではありません。でも……」


 アリアは視線を落とす。


 「私は、それが正しいとは思えません」


 強い言い方ではない。

 だが、迷いもない。


 奏は、黙って聞いていた。


 「あなたの音を聴いて、確かめたいと思いました」


 「何をだ」


 「音楽が、人を壊すだけのものなのか」


 その言葉は、重かった。


 奏は、すぐに答えなかった。


 壊す。

 その言葉に、思い当たる節がありすぎる。


 「……それ、俺に聞くか」


 絞り出すような声。


 アリアは、はっきりと頷いた。


 「あなたに、です」


 護衛の女性が、静かに息を吐いた。


 「危険を伴います」


 奏を見る目は、まだ厳しい。


 「この依頼は、あなたを守るものではありません」


 それでも、アリアは視線を逸らさない。


 「だから、強制はしません」


 「答えは、今でなくていい」


 奏は、地面を見た。


 石畳の隙間に溜まった砂。

 ここに来てから、何度も見てきた景色。


 「……考えさせてくれ」


 それが、精一杯だった。


 アリアは微笑まなかった。

 代わりに、深く頷く。


 「はい」


 護衛の女性が一歩下がる。


 「では、失礼します」


 三人の距離が、少しだけ開く。


 アリアは去り際に振り返った。


 「無理は、しないでください」


 その一言は、王女の言葉ではなかった。


 ただの、人としての言葉だった。


 二人が去ったあと、路地には風の音だけが残る。


 奏は、その場に立ち尽くした。


 依頼。

 王女の依頼。


 それは、命令でも、仕事でもない。

 ただの選択肢だ。


 ――また、面倒な話だ。


 そう思いながらも、胸の奥が少しだけざわつく。


 逃げ道は、まだある。

 でも。


 奏は、ヴァイオリンを抱え直した。


 答えを出す前に、

 自分の音と、もう一度向き合う必要がある気がしていた。

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