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追放された勇者は音楽家だったので、音楽で世界を変えることにします。  作者: 三門


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第10話 違和感の正体

 数日が過ぎていた。


 奏は、相変わらず境界の街にいた。

 演劇小屋の近く、雑音に紛れる場所。


 生き延びることはできている。

 それだけだ。


 演奏をすれば、硬貨が数枚落ちる。

 パンと、温かい飲み物を一つ。

 夜を越える最低限。


 それ以上でも、それ以下でもない。


 音は変わらなかった。


 抑えたまま。

 濁らせないように。

 自分を押し殺したまま。


 弾くたびに、胸の奥が少しずつ擦り切れていく。


 ――これでいい。


 そう言い聞かせているのに、

 あの声が、何度も浮かぶ。


 「音が苦しそうでした。」


 演奏の途中、奏はふと気づいた。


 人の流れが、微妙に変わっている。


 気のせいかと思った。

 だが、何度も同じ感覚を覚える。


 人と人が、ぶつかりそうでぶつからない。

 奏の周囲ではなく、少し離れた場所で。


 視線を巡らせる。


 いた。


 深いフードを被ったローブの人物。

 今日も顔は見えない。


 距離は保たれている。

 だが、そこに“いる”という事実だけが、妙に強い。


 奏は、無意識に弓を引く力を弱めた。


 最後の音を落とすと、喧騒が戻る。


 拍手はない。

 硬貨も、いつも通りだ。


 だが、演奏を終えたあと、

 彼女の前に立つ店主の反応が、ほんの一瞬だけ違った。


 視線が泳ぎ、言葉を選ぶような間。


 「……代金は、これで」


 ローブの人物が差し出した硬貨を、

 店主は深く確認もせずに受け取った。


 その仕草に、奏は引っかかりを覚える。


 金の種類が違うわけでもない。

 量が多いわけでもない。


 それでも、態度が違う。


 育ち。

 所作。

 言葉の選び方。


 ――場違いだ。


 その違和感が、確信に近づいていく。


 奏がヴァイオリンを片付けていると、

 酒の匂いをまとった男が、ふらりと近づいてきた。


 「おい、姉ちゃん」


 ローブの人物に向けられた声。


 その瞬間だった。


 一歩、誰かが前に出る。


 音もなく、自然に。

 男とローブの人物の間に。


 女性だった。


 表情は動かない。

 だが、視線だけで空気が変わる。


 「……近づく理由を」


 低い声。短い言葉。


 男は一瞬だけ言葉に詰まり、

 「なんだよ」と吐き捨てて去っていった。


 何事もなかったかのように。


 奏は、その一連をはっきりと見ていた。


 偶然ではない。

 護られている。


 間違いなく。


 ローブの人物は、こちらを見ていなかった。

 けれど、その場を離れもしない。


 奏は、胸の奥に溜まっていたものを、ようやく言葉にした。


 「……あまり、ここに来ないほうがいい」


 ローブの人物が、ゆっくりと振り向く。


 フードの影の中で、視線が合った気がした。


 「あなたも、同じでしょう」


 返ってきた声は、落ち着いている。


 奏は、言葉に詰まった。


 否定できない。

 自分も、ここにいるべき人間じゃない。


 「……それでもだ」


 奏は続ける。


 「無理に来る場所じゃない」


 一瞬だけ、ローブの人物の肩が揺れた。


 寒さのせいか。

 それとも――疲れか。


 ほんの一瞬。

 それだけで、彼女が“普通の人”に見えた。


 「……気遣いは、ありがたいです」


 そう言って、彼女は一歩下がる。


 奏は、その動きに、妙な焦りを覚えた。


 「俺は――」


 言いかけて、止まる。


 何を言うつもりだったのか、自分でも分からない。


 ローブの人物は、少しだけ首を傾けた。


 待っている。


 奏は、深く息を吸った。


 「……名前くらい、聞いてもいいか」


 言葉にした瞬間、胸が締め付けられる。


 彼女は、すぐには答えなかった。


 沈黙。


 街の音が、遠く感じる。


 やがて、静かな声が返ってきた。


 「……今は、名乗れません」


 拒絶ではない。

 けれど、踏み込ませない線。


 奏は、それ以上何も言わなかった。


 ローブの人物は、軽く頭を下げる。


 「……また、来ます」


 そう言い残して、踵を返した。


 背後で、あの女性が自然に位置を変える。


 今度は、はっきりと分かった。


 彼女は、護っている。


 奏は、去っていく背中を見つめながら、

 静かに呟いた。


 「……ただの旅人じゃないな」


 それでも。


 それでも、あの耳だけは本物だ。


 音を、音として聴いている。


 その事実だけが、

 胸の奥に、確かに残っていた。

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