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王都セリアス

灰の谷を吹き抜ける風は、もはや冷たくなかった。

風が古い土や木を押し退け、大地を叩く。草の芽が顔を出しはじめ、小鳥が枝の上で鳴き、空を渡る風が穏やかに歌う。

秋の訪れを祝うかのように落ちた木の実がコロコロと足元へと転がってくる。


 それは、約束の証――。

 真白は谷を振り返り、そっと微笑んだ。


「風さん、またね」

 肩の上でノワールが尻尾を揺らす。

「別れの挨拶が多い女だな」

「出会いが多いってことだよ」

「……そうかもな」


 調査隊のレオンが手綱を握りながら声をかけた。

「奇跡だ…!こんな数刻も経っていないのに…」


「真白殿、王都へ戻ります。陛下がお会いになりたいと。すぐにこの事も報告せねばなりません!」

目を輝かせながら早口でまくしたてる。


「はい。行きましょう。」

興奮気味なレオンに少年の心をみつけ、愛らしさを覚えながら返事をする。


---


 王都セリアス――。リュミエール国の首都。

 白壁の城と尖塔が連なるその都市は、遠くからでも威厳に満ちていた。

 城門前には衛兵がずらりと並び、王の命を受けた“調和の奇跡”の報告を待ちわびていた。


 馬車が城門をくぐると、人々の歓声が上がった。

 風が戻ったという噂はすでに王都に届いており、

 「加護をもたらしたもの」が来るという知らせに民たち好奇心の光で満ちていた。希望を見るような顔をしているものもいれば、畏怖を抱くものもいた。


 真白はその視線に少し戸惑い、ノワールを抱きしめた。

「なんだか、落ち着かないね」

「おまえがやったことはそれくらいのことなんだよ」

「そうかな……助けたいって思っただけなんだけど」

「それが一番むずかしいんだ。できるやつは少ない」



---


 謁見の間は、金と白の広間だった。左右に3本ずつの白い大きな柱があり、金で模様が描かれている。あれは花…のモチーフだろうか。

 天井には古の聖霊を描いた壁画があり、その中央に座す王は深い碧の衣をまとっていた。


 セリアス王――老いを感じさせぬ凛々しい眼差しの人だった。

 その視線が真白に注がれる。


「そなたが、真白か」

「はい。真白と申します」

 真白は静かに頭を下げた。

 ノワールも隣でぴたりと座り、月の瞳で王を見上げている。


「聞いておる。そなたの力で、村に活気がもどり、農作物は育ち、灰の谷に再び風が吹いたと」

「私の力ではありません。風の聖霊と、人々の思いが、約束を叶えてくれたんです」

「……約束、か。実に優しい言葉だ」


 王はゆっくりと立ち上がった。

 その背後に広がる窓から、柔らかな光が差し込み、玉座の影を淡く照らす。


「我が国は長きにわたり、自然を恐れ、支配しようとしてきた。

 その傲慢が、いつしか我らを貧しくしたのだろう。

 そなたはそれを思い出させてくれた。風も、動物も、人も、皆この国の一部であることを」


 王の声は広間に静かに響き、誰一人として息を呑む音さえ立てなかった。


「ゆえに、真白よ」

 王は片膝をつき、剣を捧げ持つ。

「そなたを“調和の使い”として任ずる。

 人と自然とを結び、国に加護をもたらす者として、我が名においてこれを授ける」


 その言葉に、真白は目を見開いた。

 真白は胸に手を当て、深く息を吸った。

「……ありがとうございます。でも、私はただ、助けを求める声に答えているだけなんです」

「それこそが、加護の本質であろう」


 王は玉座の傍らに置かれた地図を指し示した。

「北の湖畔に小さな領地がある。名を“セイラン”という。

 そこは昔、動物と人が共に暮らしていた地だ。

 そなたにその土地を預けよう。共生の拠点として、好きに使うがよい」


「領地を……私に?」

「過去何人か人を遣わせたが、長く続く者はおらんかった。この国を豊かにする者は、剣ではなく、心を持つ者だ。

 そなたはその資格を持っている」


 真白の目に光が宿った。

「……ありがとうございます。必ず、この地を“笑顔で生きられる場所”にします」


 王はうなずき、近くの侍従に目配せした。

 銀の杯が運ばれ、王がそれを掲げる。


「この加護の使いと、セリアスの未来に祝福あれ」


 杯が高く掲げられた瞬間、窓から一陣の風が吹き抜けた。王の衣を揺らし、旗をはためかせ、真白の髪を優しく撫でた。

 その風の中に、確かに聞こえた――


 『約束、忘れないよ』


 真白はそっと目を閉じ、微笑んだ。

 ノワールが小さく鳴いた。

「……風さん、ちゃんと見てるね」

「まったく、見張られてるみたいだな」

「ふふ、安心できるでしょ?」

「まぁな。おまえがどこに行っても、風が味方だ」



---


 数日後。

 真白とノワールは新たな拠点“セイラン”へと向かっていた。

 王都から馬車で半日ほどの距離。

 湖のほとりには、古びた館と草の茂る庭があった。


 扉を開けると、埃の匂いがした。

 けれど、窓から差し込む光はあたたかかった。


「ここが、私たちの場所になるんだね」

「悪くねぇな。風通しもいい」

「ここを拠点に、いろんな場所へ行こう。助けを待ってる子たちが、まだいる」

「おう。次はどこの約束を果たすんだ?」

「まだわからない。でも……声が聞こえたら、また行くよ」


 真白は館の外に出て、湖の水面を見つめた。

 風が穏やかに流れ、木々を揺らす。

 その音が、まるで誰かの笑い声のように聞こえた。


「ねぇノワール。人と動物と風が、みんなで笑っていられる国って、素敵だね」

「おまえがその中心にいるんだ。忘れんなよ」

「うん。……約束する」


 真白がそう言った瞬間、風がふっと強く吹き、湖面がきらめいた。

 その光は、まるで聖霊の祝福のようだった。


「さぁ!新しい生活のはじめに、掃除からしなくっちゃね!風も手伝ってくれるかな」



---


 そして、遠く王都の塔の上でも、その風が吹いていた。

 王は窓辺に立ち、そっと目を閉じる。

「――どうか、あの者に加護があらんことを」


 風は答えるように、王の頬を撫でて過ぎていった。



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